ディストピアのろくでなし

コラム

第1話

スーツ姿の男が車の後部座席に乗せられ、その左右には警察官が座る。


すでに運転席にいたもうひとりの警察官が、アクセルを踏んで車を出発させた。


男が俯いていると、横にいた警察官ふたりが突然彼の腕をつかみ、手錠をかけた。


「な、なんだよこれ!? 事情聴取じゃなかったのか!?」


「君の会社に泥棒など入っていない。だから事情聴取など必要ないのだ。これは税金を払えなくなった君への当然の対応だ」


男が声を荒げて身を乗り出すと、助手席に座っていた男が冷たい声で話を続ける。


みなみ大輝梨だいきり。両親は幼い頃に交通事故で死亡。祖母も大学卒業後に病気で亡くなっている。現在は大手食品会社で営業部に所属。この経歴に間違いはないか?」


「ちょっと待ってくれよ! 税金ならちゃんと払って――」


「君には奨学金の支払いもあっただろう。それを計算したところ、支払いが不可能なことが確定した」


警察官が言葉をさえぎって口を開くと、大輝梨は飛びかかるかの勢いでさらに身を乗り出そうとしたが、左右に座る警察官に押さえつけられてしまう。


それでも暴れ続ける彼に、警察官は静かに言う。


「税金を払えなくなった者は指導院に連行される。もう諦めるんだな」


「だから金ならなんとかなるって! 次の契約は取ったんだ! 疑うなら取引先に訊いてみてくれよ!」


「君の言う会社なら先週倒産したぞ。放漫経営が続いていたみたいだ」


「そ、そんな……」


大輝梨は両目を見開いていた。


さらに身を震わせながら、口も開きっぱなしになってしまっている状態だ。


だが、すぐに顔を強張らせて暴れ始める。


「下ろせ! 下ろしてくれ!」


いくら暴れようが彼を取り押さえている警察官たちからは逃れられない。


そもそもすでに手錠をかけられた状態で、さらに車の中に逃げ場などない。


無駄なことだというのに、それでも大輝梨はまるで岸に打ち上げられた魚のように身を振り続けた。


「離せ、離せよ! やっと苦労が報われ始めたんだ! なんとか大学を卒業して仕事も決まってこれからなんだよ、俺は!」


「君の事情など知らない。我々は仕事をするだけだ。恨むなら自分の生まれを恨むんだな」


狭い車内で、大輝梨は完全に取り押さえられた。


左右の腕の関節を決められ、動かせば痛みが走る。


苦痛で表情を歪ませた大輝梨は、頭を下げると暴れるのを止めた。


「な、なんで俺がこんな目に遭うんだよ……。父さんも母さんもちっちゃい頃に死んじまって……。婆ちゃんに育ててもらって……」


弱々しい声と共に、車のカーマットに水滴が垂れる。


「ようやく恩返しできるって思ってたら病気になっちまって……。入った会社は足の引っ張り合いで誰も信用できなくて……。そん中でやっと契約取れたと思ったのに……潰れたのかよぉ……」


静まり返った車内に、大輝梨のすすり泣く声だけが聞こえていた。


そんな大輝梨のことなど気にせずに、車は街の中を走り続けていたが、その前にいきなり何者かが飛び出してきた。


「うわ!? なんだよ!? これ以上の不幸がまだ起きんのかよ!」


急ブレーキで大輝梨は車内で転がった。


事故でも起こしたのかと思った彼が声を荒げると、助手席にいた警察官が飛び出してきた人物に声をかける。


「危ないじゃないか。さっさと退いてくれ」


「ヤダね」


他人をからかうかのような声を出し、飛び出してきた人物はゆっくりと車へと近づいて来る。


飛び出してきた人物はマウンテンパーカーのフードを深く被っていた。


顔はよく見えない上に小柄だったせいで男女の区別がつきにくかったが、声からして男だということはわかる。


助手席にいた警察官は、ため息をつくと車から降りた。


そして、近づいてくるマウンテンパーカーの男を追い払おうと、その手を伸ばす。


「がッ!? き、貴様――ッ!?」


警察官は苦痛の声を出して、その場でうずくまった。


それからマウンテンパーカーの男は、膝をついた警察官の頭に持っていたスタンガンを当て電流を流した。


助手席の警察官が倒れると、大輝梨の左右に座っていた警察官ふたりは車を飛び出す。


ふたりに対して、マウンテンパーカーの男はナイフを投げた。


放たれたナイフは警察官ふたりの手に命中。


すでに握っていた拳銃を落とし、マウンテンパーカーの男は流れるような動きで車のフロントガラスに飛び乗って、警察官ふたりの顔面を蹴り飛ばした。


慌てて運転席にいた警察官も飛び出す。


しかし車を降りた瞬間に、マウンテンパーカーの男が持ったナイフを喉元に突きつけられた。


「鍵はどこ?」


「う、内ポケットに。がッ!?」


マウンテンパーカーの男は、運転席にいた警察官にスタンガンを当てて倒すと、上着をまさぐって手錠の鍵を奪った。


それから車を奪って、大輝梨を乗せたままその場から走り去る。


車内で転がっていた大輝梨が起き上がると、運転席に見たこともないフードを被った人物がいることに気が付いた。


「おい、おまえ誰だ! こりゃ一体何なんだ!? どうなってんだよ!?」


「説明はあとあと。ともかく今は急いで逃げないとね」


「逃げるっておまえ……何もんなんだよ……?」


状況が理解できないまま、大輝梨はマウンテンパーカーの男によって警察の手から助け出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る