第9話
ライブイベントは大成功に終わり、閉店後の片付けを終えた
客が去った後の外はもう夜だった。
当然、店が地下にあるというのもあって、周囲には誰もいない。
大輝梨はひとり、呆けた顔でその光景を見上げている。
「こんなに綺麗だったんなぁ……」
思わずつぶやいていた。
エデン666にいた頃は、空を見上げる余裕などなかった。
学生時代からずっと何か存在しないものに追われ、就職後は同僚、先輩、後輩に負けじと、ひたすら働き続けていたせいだ。
ドロップタウンでの暮らしはとても不便なものだが、まだ両親と祖母が生きていたときの気持ちを、大輝梨に思い出させる。
夕食を食べに家族全員でレストランへと行き、その帰り道で見た星空のことを
大輝梨は、自分にもまだ景色を見て素晴らしいと感じられる心が残っていたのだなと思うと、目頭が熱くなっていた。
「綺麗な夜空だね」
大輝梨が感傷に浸っていると、そこにシェイクが現れた。
突然声をかけられた大輝梨は、慌てて目を拭って誤魔化したものの上ずった声が出してしまう。
「えッ!? あ、あぁ……そうだな!」
シェイクはそんな大輝梨の隣に並ぶと、彼の顔を覗き込んできた。
「ライブ、どうだった?」
「ああ! スゲーよかったよ! お客さんたちも盛り上がってたし、リンゴなんておまえの歌聴いて泣いちまっててさ!」
「大輝梨はどうだった? 僕の歌?」
距離を詰め、顔と身体を近づけてくるシェイクに見つめられ、大輝梨は胸が熱くなってしまっていた。
上手く呼吸ができない。
一体どうしてこんなにも動揺してしまっているんだと、必死に気持ちを落ちつけようとする。
「よ、よかったよ! 今まで音楽とか興味なかったけど、なんかガキどものバンドとかおまえの歌を聴いたら、なんか楽しかったつーか、心を動かされたつーか……」
「感動してくれたってこと?」
「そうそう! それだ! 感動しちまったよ! いやースゲーよな、ガキどももおまえもさ!」
「そっか、楽しんでくれたみたいでよかった。褒めてくれてありがとうね。あの子たちも、大輝梨が感動したって聞いたら喜ぶよ」
目を細めて満面の笑みを浮かべたシェイクに、大輝梨はなんとか笑顔を返していた。
上手く言葉にはできなかったが、自分の正直な気持ちは話せた。
今の大輝梨の顔は、照れ臭さを隠しているせいでかなり引きつった顔になっている状態だった。
「それじゃ僕は戻るけど、大輝梨は?」
笑顔のシェイクに訊ねられた大輝梨は、表情をいつものものに戻した。
そして、シェイクから目をそらしながら答える。
「俺はもうちょっといるよ。気にしないで先に戻ってくれ」
「うん、わかったよ。最近は夜も冷えてきたし、あまり長く外にいると風邪ひいちゃうから気をつけてね」
シェイクはそう言うと、手を振りながら店へと戻っていった。
残った大輝梨は、弾むように歩いていくシェイクの後ろ姿を見ながら、歯を食いしばっていた。
「やっぱ良い奴だよな、シェイクって……」
誰もいない荒れ地にたたずみ、独り言をつぶやくと、突然その静けさを打ち消すように携帯電話が震え出した。
慌てて通話ボタンを押した大輝梨が携帯電話に耳を当てると――。
《
よく通る男の声が聞こえてきた。
言い方が一方的なせいか、大輝梨には酷く高圧的に感じられたが、連絡が来ることは知っていたので、気にせずに返事をする。
「ああ、聞いてるよ。あんたらはシェイクの奴を狙ってんだろ? 安心しな。俺が上手いこと連れていってやるからよ」
《話が早くて助かる。今回のことが成功すれば、君には報酬として、それなりの地位を与えられるだろう》
「そいつは嬉しいね。指導院送りのヒセイキから這い上がって、一気に成功者か。悪くねぇ。詳しいことは後でメールする」
《了解した。では、
大輝梨は電話を切ると、地面を見つめていた。
エデン666の舗装されたアスファルトとは違い、足元は石だらけで、少し歩くだけでその感触がわかる。
そこから顔を上げて遠くを見てみれば、掘っ立て小屋が並んでいる。
人が住むにはあまりにも頼りない住居。
風が吹いただけで、すべて吹き飛んでしまいそうな光景が目の前に広がっている。
「こんなところで、いつまでも暮らしていけねぇよなぁ……」
また独り言をつぶやいた大輝梨の体は震えている。
それは冷えてきた外の空気のせいなのか。
それとも別の何かなのか。
本人にもよくわかってはいない。
「そうだよ……。俺はあいつらとは違う……。良い奴なんかじゃねぇんだ……」
ポケットに手を突っ込んで、転がっていた石ころを蹴飛ばしながら、大輝梨は店へと戻っていった。
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