第10話

――レストランでのライブイベントが終わってから数日後。


店ではいつものようにカウンター内にある厨房で、羅門らもんが朝食の準備と料理の仕込みをしていた。


そこへ、普段通りに起きてきた子供たちが現れる。


「おはようさん。もうすぐできるからな。ちょっと待ってろ」


羅門が声をかけると、子供たちは眠たそうな目をこすりながら「おはよう」と挨拶を返した。


子供たちはテーブルに着くと、いつも先にいるはずのシェイクの姿がないことに気がつく。


「ねえ、店長。シェイクはどうしたの?」


「いつもなら先に起きてるのにね」


「まさか、夜のお仕事からまだ帰ってないの?」


カリカリのベーコンと目玉焼きを乗せた皿をテーブルに並べた羅門が、子供たちに答える。


「ああ、なんか朝っぱらから大輝梨だいきりのヤツと出掛けたぞ。なんでも他の人工都市に売る物資を盗むんだとよ」


羅門が聞いた話によると――。


大輝梨は以前からドロップタウンの物資不足を心配していて、今回の物資強奪の案を考えていたそうだ。


彼が言うには、年に数回、エデン666から他の国や別の地域にある人工都市へと物資を届けるトラックが出ているようで、その品を奪おうとシェイクに話を持ちかけていたらしい。


「ふーん、それが今日なんだ。でも、なんか変だね」


「うん、変だよ」


「ぜったい変」


口々に言った子供たちに、羅門は何がおかしいのかと訊ねた。


羅門からすると、大輝梨は前から計画していたようなので、特におかしいとは思わない。


だが子供たちから見ると、他の国に届ける物資を、シェイクと大輝梨ふたりだけ奪おうというのには違和感を覚えたようだ。


シェイクは優秀だが、大輝梨のほうに彼と同じ能力があるとは思えない。


せいぜい移動に使う車の運転手くらいしかできないだろうと、子供たちは自分たちの意見を口にした。


「言われてみればそうだな。でも、ふたりだけならなおさら無茶はしねぇだろ」


「そうだね。きっと大輝梨が足を引っ張って、それをシェイクが助けて帰って来るよ」


「だね。大輝梨はドジだからね」


「だねだね」


テーブルに羅門が着いて全員で「いただきます」と声を出し、皆が朝食に手を伸ばそうとすると、店内にシェイクと同じくこのドロップタウンの顔役――リンゴが駆け込んできた。


彼は重たい防音の二重扉を乱暴に開け、息を切らしながら羅門と子供たちに向かって声を張り上げる。


「おい羅門のおっさん! シェイクはどこに行ったんだよ!? なんか朝っぱらからゲートのほうに向かったのを見たって聞いたぞ!?」


「おいおい、人様の食事の時間にそんなバタバタ入ってくるもんじゃねぇよ。大体なんでそんな慌ててんだ。シェイクが出かけるなんてしょっちゅうじゃねぇか」


「ハムレット、オセロー、マクベス、リアの4匹がうちに来たんだよ! あいつらが俺のところに来るのは、シェイクのヤツが町にいねぇときだ!」


「それもそんなめずらしいことじゃないだろ。ま、たしかに子供たちこいつらとなんか変だなとは話してたけどよ」


「わかってんのに気にしねぇのかよ!? 実はスズメたちの撮ってきた映像の中に、エデンの警察連中がゲートに集まってるものがあったんだよ! それもかなりの数がよ!」


「なんだって!?」


――リンゴが羅門と子供たちの前に現れたとき。


大輝梨はシェイクと共に車に乗り、エデン666のゲートに向かっていた。


これから他の国や別の地域にある人工都市へと物資を届けるトラックを襲撃するため、エデンを囲んでいる壁が開く場所周辺で待機するためだ。


大輝梨に話しによれば、物資を運ぶトラックの警備は大したことはないようで、トラックを止めて人質でも取れば必ず成功すると言う。


「俺が車でトラックの前に飛び出して止めるから、シェイクは出てきた警備の奴を捕まえちまえばあとは楽勝だ」


「うん、大量の物資が手に入れば町のみんなも助かるからね。でも、なんか嬉しいな」


「何が嬉しいんだ?」


大輝梨は、ハンドルを握りながら助手席に座るシェイクに訊くと、彼は白い歯を見せて答えた。


それは、大輝梨がドロップタウンのことを考えて、こうやって動いてくれていることがただ嬉しいのだと。


シェイクの返事を聞いた大輝梨は、歯を食いしばり、握っていたハンドルを掴む手に力が入った。


大輝梨は続けて訊ねる。


「なあ、シェイク……。おまえって、なんでそんなに人のために頑張るんだよ? リンゴも言ってたけど、そんな生き方してたら命がいくつあっても足りねぇだろ?」


「大輝梨は覚えてないんだね」


「はあ?」


言っていることがよくわからない大輝梨に、シェイクは昔話を始めた。


それはふたりがまだエデン666に住んでいた頃――子供のときの話だった。


なんでも当時のシェイクには友人はおらず、大人しかった彼はずっといじめられていたようだ。


そんなシェイクのことを、大輝梨は身を挺して庇い、乱暴をしてくる他の子供たちから助けてくれていたらしい。


「あのとき、大輝梨が何の得もしないのに僕のことを助けてくれて、僕もそうなりたいなって思ったんだ。誰かのために頑張れる人ってカッコいいって思ってさ。そのときに君みたいになりたいって、伝えたと思うんだけど、やっぱ忘れてるんだね。酷いヤツ」


「お、覚えてねぇな、そんなこと……」


シェイクの話を聞いた大輝梨は、まるで彼のことを突き放すような声でそう言った。

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