第3話

その後、大輝梨だいきりはマウンテンパーカーの男につれられ、掘っ立て小屋が並ぶ町の中を進んでいった。


実際に歩いてみるとわかったが、劣化しているもののしっかりした建物などもあった。


そこら中を住民が歩いているが、誰もがみすぼらしい格好をしている。


「着いたよ。ここならゆっくりできるから」


日が暮れて夜になった頃に、ようやくマウンテンパーカーの男が住んでいるという場所へと辿り着いた。


彼の住居は地下にあり、ドアも分厚い二重でできており、まるで防音対策でもしているのかと思うようなところだった。


中には狭い通路があり、そこを抜けると大広間へと出た。


ここはライブ·バーか何かなのか。


カウンター席やテーブルが見え、おまけに小さいながらもステージがある。


「ただいま、羅門らもん


「おう、おかえり。そいつが話してたヤツか?」


「うん。大輝梨っていうんだ」


奥にいたレザージャケットを着た中年の男――羅門がエプロンを脱いで、マウンテンパーカーの男と声をかけあった。


マウンテンパーカーの男とは親子ほど年齢が離れていそうだったが、話している様子からするに、家族というわけではないようだ。


「じゃあ、僕はちょっと用事あるから、何か困ったことがあったら羅門に言って」


「ちょっと待てよ。俺はまだおまえの名前を聞いてないんだけど」


「……本当にわかんないの?」


マウンテンパーカーの男は目を細め、口をへの字にして大輝梨のことを睨んでいた。


その態度からするに、大輝梨が彼のことをわからないことに苛立っているようだった。


小柄で髪が長く、さらに整った鼻や細い顎の形もあって、まるで恋人に約束をすっぽかされた女の顔だ。


しかし、いくらそんな顔をされても大輝梨には全く覚えがない。


「どっかで会ってたか? 助けてもらって悪いんだが、わからねぇよ」


「……シェイク」


「え? シェイク?」


「僕の名前はシェイク。それじゃあね」


シェイクと名乗ったマウンテンパーカーの男は、冷たい声で名乗ると、唇を尖らせて出て行ってしまった。


残された大輝梨が突っ立っていると、先ほどシェイクと話していた羅門が声をかけてくる。


「ハッハハ。そりゃ忘れられていたらシェイクでも怒るわな」


「忘れられてたって言われても、本当に知らねぇんだからしょうがないだろ」


「まあ10年ぶりって言ってたからな。顔見ただけじゃ思い出せねぇか」


羅門はそう言うとカウンターに入り、大輝梨に食事を出した。


野菜と肉が入ったスープとパンだ。


それを大輝梨に食べるように言うと、羅門は話を続ける。


「でも勘弁してやってくれよ。あいつはずっとおまえに会いたがってたんだ」


「だからそんなこと言われても覚えがねぇんだよな……。大体シェイクって名前の知り合い、俺にはいねぇし」


「オレが聞いた話じゃ、ガキの頃に仲良くしてたって言ってたけどな。ほら、なんつったかな~。あれだ、『ロミオとジュリエット』とか『ヴェニスの商人』とか本きっかけでとか」


「シェイクスピア……? あッ」


大輝梨は、羅門が口にした本の名前を聞いて思い出した。


まだ祖母が生きていた頃。


近所の公園のベンチでいつもひとりで本を読んでいた少年のことを。


「シェイクって、あのときの……」


「やっと思い出したみたいだな。よかったよかった」


「でも、子供のときにちょっと話してただけだぞ。話すようになってからすぐにいなくなっちまったし……。それなのに、なんであいつはわざわざ俺を助けたんだよ?」


「ああ、あいつは困ってるヤツを放っておけねぇんだ」


それから羅門はシェイクのことを話し始めた。


なんでも彼は、ヒセイキに落とされた人間を出来る限りこのドロップタウンに連れてきているらしい。


さらにこの無法地帯であるドロップタウンで、頼れる者がいない子供たちを引き取っているようだ。


話を聞いた大輝梨は、表情にこそ出さなかったが、内心でフンッと鼻で笑った。


人助けなど、ただの自己満足でしかないと彼は思っていた。


大輝梨が住んでいたエデン666は、世界大戦後に多くの国家が崩壊し、生き残った実業家たちによって造られた人工都市だ。


世界中にいくつか存在し、その多くは独自の運営システムを持つ。


エデン666では、税金を払えなくなった者を指導院へと送るというものがある。


指導院とは、税金が払えずにヒセイキとなった人間が送られる場所であり、この施設に来た者は市民の健康長寿のために実験体にされ、若く健康な女性は問題が出るまで子供を産まされ続けていた(当然産めなくなれば実験体にされる)。


ようするに他の人間の養分になるのだ。


この人工都市では、他人のことを気にするような余裕があれば、指導院へ送られないために力を注ぐ。


誰もがそうだ。


そうしなければ、他人を追い落としてでも金を稼がなけば、自分がヒセイキに落ちてしまう。


そんな環境でなんと馬鹿なことを思った大輝梨は、羅門に言う。


「それで俺も救ってくれたわけだ。大した善人だな。くだらねぇ」


吐き捨てるように言った大輝梨に、羅門はゆっくりと顔を近づけた。

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