第2話
晴天の街の中を車がアクセル全開で走る。
当然信号など無視して、事故が起きないのが不思議なくらいの運転で駆けていく。
「
「え? なんで俺の名前を……うわ!?」
マウンテンパーカーの男に名前を呼ばれた大輝梨が動揺していると、車が急カーブして路地裏へと入った。
車が一台やっと入れるような路地を走っていると、後ろから白バイ数台が追いかけてきていた。
大輝梨は落としてしまった鍵を拾い、後ろを走る白バイの集団を一瞥すると、手錠を外しながら訊ねる。
「ちょっとおまえ! なんで俺の名前を知ってんだよ!? つーかまだ追ってきたんぞ! 本当に逃げられんのか!?」
「ギャーギャーうるさいなぁ。一度にいくつも質問しないでよ。それとさっき言ったでしょ。今は急いで逃げてるんだから説明はあとだって」
「説明も何も捕まったらそれも聞けないだろうが!」
後部座席から身を乗り出して声を荒げる大輝梨。
マウンテンパーカーの男は、被っていたフードを脱ぐと、そんな彼に向かってニカッと歯を見せた。
彼のフードに隠れていた長い髪もあらわになる。
「大丈夫だよ、必ず逃げるから。それよりも、ちゃんとシートベルトしてないと振り回されちゃうよ」
「シートベルトって、おまえなぁ……うわぁぁぁ!?」
「ほら、言わんこっちゃない。次に直線に入ったらバックするから気をつけてね」
「バック? なんで追いかけられてんのにバックなんかするんだよ!?」
会話をしているうちに路地裏を出た車は直線に入り、マウンテンパーカーの男が宣言した通りシフトレバーを切り替えてバックし始めた。
追いかけていた白バイの集団は、突然バック走行してきた車を避けようとして転倒。
マウンテンパーカーの男は予想通りだと言わんばかりに口角を上げると、再びシフトレバーをドライブに入れて車を前へと走らせる。
白バイの集団を振り切った後は、街を出て山道に進みトンネルへと入った。
トンネルを抜けると、この都市――エデン666を囲んでいる高い壁が見えてくる。
「おい、まさかこのまま外へ出るつもりか?」
「だってそうしないと捕まっちゃうでしょ。まだ油断できないんだから話しかけないで」
マウンテンパーカーの男は、街の外へと出るべく検問を抜けようとしていた。
検問は無人なのだが、エデン666の住民が持つIDカードをシステムに提示しなければ通ることはできない。
何か策でもあるのかと大輝梨が思っていると、目の前に検問が見えてきた。
当然
だがマウンテンパーカーの男は、車のスピードを緩めることなく突っ込んでいく。
「ひょっとして俺のIDで通ろうとしているのか? それなら無理だぞ。俺はもうすでに――」
「知ってるよ。取引先が潰れてヒセイキになったんでしょ。だから指導院に送られそうになった」
「おまえ……なんでそんなことまで知ってんだ?」
「全部見てたからね」
マウンテンパーカーの男がそう答えると、車体全体に衝撃が走った。
車は降りている
フロント部分はボロボロにへこんだが、それでも走るのには影響はないようだった。
交通事故かというような衝撃で怯んでいる大輝梨とは違い、マウンテンパーカーの男は何事もなかったかのようにハンドルを回している。
「車は捨てていくからちょっと歩くよ」
「歩いて外に出られるのかよ? いくら検問を出ても壁があんだろ?」
「いいからいいから。ほら、見えてきたよ」
前に大きな建物が見えてきた。
下水処理場だ。
マウンテンパーカーの男は車を止めると、大輝梨に降りるように言った。
無人で動いているせいなのか。
それとも普段から人が来ることなど想定していないのか。
下水処理場にはセキュリティーシステムはなく、ふたりは何事もなく建物内へと入ることができた。
マウンテンパーカーの男が先を歩き、大輝梨はその後をついていく。
「ここの地下から外に出るんだ。そうすればもう警察も追いかけて来ないよ」
それから階段を下りて行き、そこにあった下水道を進んでいく。
下水道内は真っ暗で、マウンテンパーカーの男が持っていた小型の懐中電灯の灯りだけを頼りだ。
横には凄まじい勢いで流れる下水が見え、もしここに落ちたらと、大輝梨はゴクッと唾を飲みこんでいた。
「怖いの? 大丈夫だよ。落ちてもちゃんと助けてあげるから」
「こ、怖かねぇよ。ただこんなとこ来るの初めてだからちょっと驚いてるだけだ。それにしても酷い臭いだな」
「しょうがないよ。流れてるのは汚水だもん。しばらく歩くから、くれぐれも足元には気をつけてね。落ちても死ぬことはないけど、臭いはなかなか取れないから」
大輝梨は名前も知らない、見たこともない男についていくのに不安を覚えた。
だが街に戻っても警察に捕まるだけだと思い、今さらながら男についていくことを決意する。
そして、言われたまま後をついていくこと数十分。
鋼製のはしごをマウンテンパーカーの男が昇っていき、大輝梨もそれに続くと外へと出ることができた。
歩き疲れた大輝梨が地面に大の字になっていると、空はすっかり夕暮れ時になっていた。
心地いい風が頬に当たり、今日ほど空気が美味いと思ったことはないと雲を眺めていると、マウンテンパーカーの男が声をかけてくる。
「もうへばったの? 休めるところまではもう少し歩くよ」
「うるせぇな。ぜんぜん大丈夫だよ」
大輝梨が差し出された手を掴んで立ち上がると、そこには荒れ果てた大地にいくつも並んでいる掘っ立て小屋が見えた。
まるでドキュメンタリー番組で観るようなスラム街だ。
そんな光景に、大輝梨が言葉を失っていると、マウンテンパーカーの男が言う。
「ようこそ、エデンの掃き溜めドロップタウンへ」
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