第5話

シャワーを浴びてきたのか。


シェイクは長い髪にタオルを巻き、Tシャツ姿とラフな格好をしていた。


大輝梨だいきりの周りにいた子供たちが、一斉にシェイクのもとに集まっていく。


「シェイク、大輝梨がなんか怒ってるよ。“さん”を付けろだって」


「心が広いとか自分で言ってるし。ホントにこいつが話していた人なの?」


子供たちはシェイクの服の裾を引っ張りながら、疑問を投げかけていた。


それを見た大輝梨は、握った拳をプルプルと震わせて歯ぎしりしていると、シェイクが子供たちに言う。


「ダメだよね、自分で心が広いとか言っちゃ。でも、大輝梨が僕の友だちなのは本当だよ。だから、皆も仲良くしてあげてね」


「そうだぞ、おまえら。今日から大輝梨もうちの店で働くんだ。先輩としていろいろ教えてやらないとな」


子供たちは眉尻を落としながらも、シェイクと羅門らもんの言葉にうなづき、再び掃除に戻っていった。


その様子を見ていた大輝梨は、フンッと鼻を鳴らすと先ほどまで横になっていたソファーへと腰を下ろす。


何が仲良くだとでも言いたそうに唇を尖らせ、睨むような目つきでそっぽを向いていた。


シェイクはそんな態度を見て大きくため息をつくと、彼に声をかける。


「おはよう、大輝梨。君もシャワーを浴びてきなよ」


「シェイクって……あのとき俺が付けたあだ名だよな。なんでそんな名前を名乗ってんだよ?」


「僕のこと思い出してくれたんだ!」


大輝梨に訊ねられたシェイクは、ソファーに座る彼を押し倒す勢いで距離を詰めた。


息を吐けば顔にかかるほどの距離だ。


いきなり近づかれた大輝梨は、慌てて離れると言葉を続ける。


「ああ、思い出したよ。つーかあのときだっておまえ、自分の名前は好きじゃないとかなんとか言って誤魔化してたろ。つーか俺もおまえの本名知らねぇし」


「いいんだよ、そんなことは。僕はあのときからシェイクなんだから」


「まあ、別にどうでもいいけど。……シャワーを浴びさせてもらうわ」


「うん。案内するから行こう」


「なッ!? ちょっと待てよ!?」


シェイクはニカッと歯を見せると、強引に大輝梨の手を引いて店の奥へと駆けていく。


それから店の奥にあったシャワールームへと着くと、シェイクは大輝梨の服を脱ぐのを手伝おうとした。


だが当然、大輝梨はそれを拒否する。


「ガキじゃあるまいし、服ぐらい自分で脱ぐ。いちいち触るなっての。男に触れられても嬉しくねぇどころか気持ちわりぃだろうが」


「そう? じゃあタオルと着替えはここに置いておくからね。シャワーを浴び終わったら皆で朝ご飯にしよう。もう知っていると思うけど、羅門の料理は最高なんだよ」


シェイクはそう言うと、脱衣所から出ていった。


昨夜は忘れていただけで不機嫌そうにしていたのに、思い出しただけで人が変わったように喜んでいるシェイク。


大輝梨はそんな彼のことを不可解に思いながら、服を脱いでシャワーを浴びたが――。


「冷たッ!? なんだよこれ!? お湯は出ねぇのか!?」


やはりスラム街だけあってか。


設備が整っていないのもあって水しか出なかった。


かといって、下水道を歩いてきたせいで体は臭い。


ここは我慢して、大輝梨は冷たい水で体を洗うことにする。


「ったく、こんなとこでいつまでも暮らせるかよ……。ベットはねぇ、ソファーはボロボロ、ゲームもWi-Fiもねぇし……ちょっと待てよ。携帯ッ!」


シャワーを浴び終えた大輝梨は、着ていたジャケットのポケットに手を突っ込んだ。


そして携帯電話を手に取ると、操作して画面に食い入るように見る。


「電波は……ある! これでなんとか連絡を取って――」


「大輝梨、朝ご飯できたよ。慌てなくていいけど、皆待ってるから急いでね」


「あぁ……。もうすぐ出る。つーか慌てなくていいと急いでってどっちだよ……」


ドア越しにシェイクにそう答えた大輝梨は、用意されていた着替えを身につけ、携帯電話をポケットにしまう。


そしてブツブツと文句を言いながら店内に戻り、テーブルを囲んでいる子供たちとシェイク、羅門に交じって椅子に座った。


掃除をしたのもあって、昨夜は少し埃っぽかった店内も綺麗になっていた。


それでも大輝梨の感覚からすればまだまだ清潔とはいえないようで、壁や天井のシミ、傷のついたテーブル、ガタガタする椅子に苦い顔をしている。


「それじゃ大輝梨の歓迎会を始めよう! 皆コップを持って! 乾杯!」


シェイクが声を張り上げると、羅門と子供たちもコップを掲げて応えた。


朝食は昨夜とは違い、サラダやオムレツ、ベーコンやソーセージが並んでいる。


もちろんパンやスープもあり、スラムでもこんな料理が食べられるのだなと、大輝梨も感心するほどの豪華さだった。


「早く食べなよ、大輝梨。羅門が君のために腕によりをかけて作ったんだよ」


シェイクに言われるがまま料理を口に含むと、その味に大輝梨はまたも驚かされていた。


前は味わうことなく食べたのもあって、彼は改めて羅門の料理の腕に舌を巻く。


「う、美味い……」


「でしょ! 羅門はドロップタウンどころかエデン666の中でも最高の料理人なんだよ!」


子供たちもそれに同意しながら笑顔で料理を食べていく。


一方の羅門は照れくさいのか、ただ笑みをこぼすだけで何も言わずにいた。


ヒセイキに落ち、指導院送りは逃れたものの、底辺の生活を強いられているというのに、ここにいる誰にも悲壮感がない。


むしろ大輝梨には、エデン666に住む人間のほうが息苦しくしているように見えた。


互いに明るい声を出しながら、実に幸せそうだ。


だが皆が楽しく食事をする中でも、大輝梨は思う。


持っていた携帯電話を使ってなんとかエデン666に戻れないかと。

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