第2話 何処へ
凛々しい眉毛と、濃淡のあるイエローのふっくらしたお腹を思い浮かべる。名前は『ゴシキタイランチョウ』。全長11cmの愛らしい鳥。
鳥になってしまえば、宿題も敬語もお辞儀も書類もハンコも要らない。一人称だって自由だ。
私はこの羽で、
この羽で何処へ行こう。まずは…
昼さがりのバイエルンの街。
大通りでは、日の高いうちから賑わう酒屋と、質屋、布屋に、小さなパン工房にレストラン。映画に出てくるような美しい緑色の服を纏った若い女の人がお料理を運んでいるのかな。ちょっとこっちにおいでと言って、余ったパンをわけてくれるのだ。
それとも、パリへひとっ飛び。
銅像の肩に乗って眼下の街中を見渡して、なぜかいつもブリブリ怒ってるおじさんを鼻で笑ったっていいんだわ。
きっと言葉が話せないから、言葉が話せない用の脳みそになって、伝わらない苦しさだって、わからない苦しさだってない。
私の化身、魂を預かったその鳥は、とっても可愛い。気まぐれにどこかへ飛んでいって、戻ってきたと思ったらそのままうとうと昼寝をするの。お腹が減ったら、狩るなり奪るなり、そう、我慢するなり。
時には雨に全身を身震いさせて、
一生懸命生きるのよ。そう、一生懸命に。
ピラミッドの近くならどうかな。
ほかの動物では行けないような、1番大きいピラミットの、1番頂点の岩の上。乾いた風が密集した青い羽の間を、いとも簡単に乾かしてくれるだろう。
そうして遠くの丘を発見したり、観光客や原地のヒトを心ゆくまで観察する。
なんだか懐かしい感じがして、ふと見るとそこには日本人もいるかもしれない。
そこはエアーズロック。
これが一つの岩なんて!だけど、やっぱり、どうでもいい。大きさじゃなくて、この場所が気に入ったから僕はここに来るのだ。
ついでにストロマトライトも、見てみたい。きっと見た目はただの岩。だけど中身は尊い生命のもとができた場所。
環境が人を変えるとはよく言うものだが、ヒトだけではない。しかも来る場所によって、きっと自分の内面の異なる部分が洗い出されて、言葉づかいや一人称、思考回路が変化していってしまうのだ。
僕は場所によっては私で、1人1人の私が私のまま僕になる。いつだって、みんな、たしかにそうなのだ。
カナダの楓の森を越え、かつて死の淵と恐れられた大洋を難なく超えて…
そうして飛び疲れたら……やっぱり日本の、優しいおばあさんに拾われて、暖かい部屋の窓際、ゆり椅子にギシと音を立てて座るおばあさんの膝に飛んで行って、編みものの邪魔をしたり、山小屋に積もる真っ白な雪を眺めたりする。
鳥かごには入らない。珍しい鳥だとか、私を手に入れようとするヤツがいたら、全力で逃げる。だって、時間がもったいないからね。何よりおばあさんとの時間がなくなっちゃいけない。この間にも、いつおばあさんに孫か、ひ孫が産まれて、顔を合わせに来るかもしれないから。それでなくとも、きっとずっと、鳥は寿命が短い。
つやつやした深い青色のくちばしで、おばあさんの柔らかな肌をつついたり、寝息を感じて、少しもったいないような、勿体ぶったような、よくわからないまま、少しだけ泣きながら、
そのまま、僕は、ぐっすり寝てしまった。
千昼一夜物語 千日紅 @kailmayu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。千昼一夜物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます