第3話 悪夢の最適解
・ケース5 ナイトメア
その日の夜は夢魔として知られるナイトメアを呼んでみた。黒い馬の姿でよく知られる魔物だ。
「じゃあ眠らせてください」
「ブヒヒーン」
……。
ベッドで目を閉じてみるが、一向に眠くならない……。
ナイトメア、悪夢を見させる魔物……。
悪夢の方はこの際、副作用として受け入れることにして。眠れれば何でもいいやという気持ちで、この魔物を呼んでみたんだけど……。
あれ? そういえばよく考えると……。
ナイトメアの伝承に、「眠らせる」って話はくっついてきてない……?
てことはナイトメアって、眠っている人に悪夢を見させるだけの魔物……?
能力、それだけ……?
地味じゃない……??
ていうことは今の私は、黒い馬を呼び出して横で寝ようとしているだけで……。
このでっかい馬には悪夢を見させる力しかないということは、私が眠れる理由は今、これと言ってない……?
むしろ近くで馬の鼻息が聞こえたり、かっぽかっぽ蹄が鳴ってる音がして、まったく眠れる感じじゃないな……。
ベッドルームに虫とかいるだけで落ち着かないのに……馬って……。
「……しっ。どうどう。どうどう……」
「ブルルッ」
「どう……どうどう」
「ブルルヒッ」
聖騎士団長がナイトメアを制止している声が聞こえる……。私を起こさないように小さい声で……。
図を想像すると面白いな……。
ダメだ、笑っちゃダメ……! 私が眠れないせいで聖騎士団長にはいろいろやってもらってるんだから!
そうなんだよね……。私の不眠症のせいでこの人に迷惑かけっぱなしなの、申し訳ないな……。すっごい偉い人なのに、お世話になりまくりだし……。
ていうか999日後に魔王が復活するんだったよね……? スリープで少し寝た日と、ザントマンとバンパイアロードで無理やり寝た日があるから、もう既に2日間が過ぎてて、残り997日……。
こんなことで私、魔王を倒せるのかな……? この世界の命運が、私がすやすや眠れるかどうかに懸かってるっていうの……? 眠れないと世界が魔王に蹂躙されて、とんでもない地獄絵図でこの神殿も聖騎士団も周辺に住んでいる人々も、永劫に逃れられぬ苦しみを与えられて……。
「うっ……うぐぐぐっ……ぎぎぎぎぎ……!!」
「……大丈夫か、異界の勇者よ? おい!」
「はあっ!」
聖騎士団長に揺さぶられて私は目を覚ました。
「あれ……? 私、今ひょっとして寝てました……?」
「あっそうか! 寝ていたのか? とてもうなされていたので心配になって起こしてしまった……。すまない……」
「そんな、謝らないでください聖騎士団長! 恐ろしい夢を見ていたので、起こしてくれて助かりました」
「ナイトメアが貴方に悪夢を見せていたということか?」
「そうですね。っていうことは、私は一応眠れていたわけで……。でも、これはあれですよ聖騎士団長。布団に入ったままモヤモヤ考え事をしている間に夢と現実がごっちゃになってきて、『あれ? 今寝てたんだっけ私? どうだろう……? 時計を見ると3時間ぐらい過ぎてるんだけど別に寝てた気はしないんだよな……?』ってよくわからないまま朝が近づいてくる、あれです!」
「あれですと言われてもよくわからないが」
「熟眠障害というやつですよ。不眠症あるあるです」
そんなあるあるを言われても聖騎士団長はピンと来ていない。この人は不眠症じゃないのでしょうがない。
「おそらくですが、ナイトメアは人の不安を増幅して夢を見させるんじゃないかと思います。私、嫌なこと考えてたらいつの間にか悪夢を見てましたし。夢を見させるためにはまず眠らせないといけないってことで、つまりナイトメアにも入眠作用は一応あるんだな……。入眠障害には役立つのかも? いやいやよく考えてみると夢を見ている間はレム睡眠中だから、その後の眠りの質のほうは良くないわけで」
「異界の勇者がぶつぶつ言いながら何かを書き始めた! 呪文生成か?」
「呪文じゃないですよ! アイデアをまとめてるんです。これうまくやったら連携してコンボに出来ないかなと思って。例えばそう」
・ケース6 獏
私は思いついた。
ナイトメアには入眠作用がある。しかし悪夢を見せるための入眠なので、寝た後に熟睡ができず質の悪い睡眠を味わうことになる。
ということは入眠作用だけをナイトメアからもらって、悪夢の方は獏に食べさせれば良いわけだ。
どんな魔物でも午前と午後に一度ずつ呼べることで生み出した、魔物のコンビネーション。
「いや悪夢を見て寝てる私がどのタイミングでどうやって獏を呼ぶの!」
ベッドから飛び起きながら声を上げてしまった。寝起きノリツッコミ。
聖騎士団長が神妙な面持ちで見ている。
「眠れなかったようだな、異界の勇者よ」
「ナイトメアに眠らされている状態で0時を回ったら獏を呼ぼうと思ったのに……。そのタイミングだと私は悪夢で寝てる真っ最中だから、無理だ……!」
「なかなかうまくいかないものだな。眠れないというのは厄介なものだ」
「そうなんですよねぇ……」
聖騎士団長の言葉を受けて、私は肩を落とす。
そして思い直し、決意の目で顔を上げた。
「このまま諦めるわけにはいきません。魔王の復活の阻止のためにも、私の安眠のためにも、この異世界で眠る方法を必ず見つけ出してやる!」
「その意気だ異界の勇者よ。貴方が無事に眠れるまで、わたくしめが付き添うぞ!」
「だいたい睡眠薬だってね、自分の体質や不眠症状に合わせてどれが適切かをお医者さんと二人三脚で探っていくものなんです。それで薬を増やしたり減らしたり切り替えたり戻したり、薬自体をやめたりやっぱり飲んだり……眠るための試行錯誤は慣れっこなんですよ私は!」
たぶん私の話の大半はよくわかっていないと思うが、それでも聖騎士団長は今回は首を傾げるどころか、うんうんと頷いている。心意気を買ってくれているのかもしれない。
お医者さんがいなくても、二人三脚の心強いパートナーは隣りにいる。
やってやるぞー!
・ケース7~
躍起になった私は、眠りや夢に関わりの有りそうな魔物を片っ端から試してみた。
そのおかげでインキュバスに妊娠させられそうになったり、狐や狸に化かされて寝酒をたらふく飲んだり、セイレーンに子守唄をリクエストしてみたり、ワイトのエナジードレインで生命力を奪われたり、麻痺性のガスを食らったり、石化してみたり、死んだり。
「……はっ! すんごい安眠してました今。生まれてこの方味わったことのないような眠りから覚めた気持ち……!」
「貴方は死んでいたんだ、異界の勇者よ! 聖騎士団が蘇生させたんだ!!」
「なるほど……。どうやらこれが一番深い眠りを得られますが……」
「眠りじゃない、それは死だ!!」
こんなふうに私は昼も夜も聖騎士団長とともに、魔王の城に向かう7日間を適切な睡眠で乗り越えるべく、方法を探っていくことになった。
規則正しい生活、適度な運動やストレッチ、なるべく日光を浴びておくことなどで不眠症に対抗し、それでも難しいときは魔物の力を借りてなんとか眠ってみせる!
今のところ「死んで蘇生」が異世界最強の手段なのだけど、これをやろうとすると聖騎士団長が悲しい顔をするのでやりにくいです。
異世界不眠 ~今夜こそ勇者はぐっすり眠りたい~ 一石楠耳 @isikusu
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