国を革命するためSOSの暗号を通貨に忍ばせました

@yabane

第1話 魂を売る

「今となっては昔のことですが

15年前まで、私たちの命には値段がついていました」


黒板に『※貴族の方々は例外です』と書き加え、先生は眼鏡をかけ直した


「10万ダルク、これがニンゲン一人の価値です。今日の昼食にはチキンの香草焼きが出ますが、ニワトリは1羽200ダルクです」


「10万ダルクなら、何羽買えるでしょうか……テレサさん。分かりますか?」


隣の席に座っているパン屋の娘テレサは、さっき習ったばかりの割り算を口ずさむ


「ーーえっと、ご ごひゃくわ 買えます、センセイ」

「その通り。良くできました」

「やった!合ってたよ ミッチェル」


流石、私の友達ですわ!

テレサの右に座る淑女のミッチェルは自分のことのように喜んだ。口調から分かるように彼女は上流階級、いわゆる貴族である


「では、ニワトリ500羽買える10万ダルクは、ニンゲン一人の値段として高いでしょうか?低いでしょうか?」


先生の質問に教室の生徒10人は答えられず、困惑している

足し算、引き算、かけ算、割り算は今まで習ったけど、ニンゲンの値段の求め方は教えて貰っていない


「ーーーあの」


ざわめきの中、なぜか僕の声はよく響いた

みんなの視線が一斉に突き刺さる。居心地が悪くて机の上を見つめたまま、視線を上げられない


「ルシアスくん。何か思いついたことがありますか」


先生は優しく促す、何を言っても変じゃないですよ。その言葉に勇気を出して、口を開いた


「あの、ヒトの命は、何かに変えられないって 前に、本で読んだことあって。だから、10万ダルクでも命を売っちゃいけない…と、思います」


緊張してしどろもどろになってしまったけど、人見知りの自分にしては頑張った

席に着くと、テレサが『本が読めるのなんてすごい!たくさん文字を覚えてるのね!』と小声で褒めてくれた

それ程でもないよ、そう返すのがいっぱいいっぱいだった


「回答ありがとうございます。ええ、先生も今では命に値段はつけられないと理解しています


ですが、皆さんが生まれる前、15年前の出来事があるまで、人々の命に値段がついていました。先生も他の大人達にとっても、それが普通で当たり前でした」



先生は黒板にチョークを滑らせる

"ばんのうやく ダチュラ"



テレサとミッチェルはピンと来ない表情で文字を眺めていたが、ソレが何か分かる一部の生徒、僕とホルンは顔を顰めている



ダチュラは、どんな病気も治せる万能薬だ


王家に伝わる奇跡の花と、禁足地の森で採取した朝露、聖女様が特別な祈りを捧げることで作られている

と、ーー外の世界では伝えられていたらしい



「この薬を作るためには、ニンゲンの命が必要です。そして、その命は皆さんの友達、家族、皆さん自身から10万ダルクで国が買い取っていました」


奇跡の薬の真実は残酷だった

服用者の健康と誰かの命を交換しているのだ

それを他国に隠して、うちの国は特産品として高値で売りつけていたと、先生は説明した



「っでも!シスター。いや、エレナ先生。今は、その薬を作ってないです」


焦って発言したホルンの父は、かつてダチュラを製造・研究する仕事をしていた。今は過去を償うために修道院に勤めているらしいが、同族を犠牲にした罪は消えない。息子のホルンも感じている後ろめたさを、僕も背負って生きてきた


「カクメイが起きて、薬を作らなくて良くなったって聞きました」


エレナ先生は慈悲深く微笑んだ

「その通りです。今日は15年前の革命についてお話ししましょう

…未だに未解明なことも多いのですが、革命のきっかけは分かっています。皆さん、お家から1エンス硬貨を持ってきましたか?」


「はーい!お店から持ってきました!」

「先生、これだけでは何も買えませんわ」

「わたしのとこでパンの耳買えるよ〜」

「お母さんからもらうの忘れてた!!」


茶色の小袋から1エンス銅貨を取り出した。シスターの授業が終わったら、テレサの店でパンの耳と交換してもらおうかな


「アラン君には先生のを貸してあげましょう。1エンス硬貨は20年前に作られた国の記念硬貨です。実は、これにはダチュラの真実を外国の人に伝えるための暗号が隠されています」



革命を起こした方法は判明している

国外に万能薬の真実を伝え、75の国の反対によって薬の製造を中断させ、国を変えた。

そのためのSOSを通貨に刻み、世界中に広める


大胆な作戦の全貌は明確にされていない

首謀者達に生き残りはいないとからだと、されている




革命の真実は、たったひとつの本に残っていた

僕ルシアス=ハーマンの父、エコー=メディチが遺した日記にこうあった




愛する息子へ


この日記が手元にあるということは、父さんはもう死んでいる

革命家として処刑されたか、ダチュラの原料にされたか、希望は薄いけれど老衰かもしれない


でも、それは君に伝えたい事ではない


ヒトの命は、何かに変えられない尊いものだ

奇跡を起こす薬だろうが、誰かを犠牲にしてはいけないよ


だけどね、この国はみんなを薬に変えている

ダチュラと言って、ひとつの病を治すのに10万ダルクで魂を売っているんだ


ぼく達はそれを許せなくて、ある計画を進めているんだ

墓場まで持っていくつもりだったけれど、隠し持っているこの日記にだけ、その計画を遺していこうと思うーー。


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