ひと夏の小旅行

第1話

「久しぶり、結衣。去年以来だな。本当はもっと早く来ようと思ってたんだけど、補習の課題が終わんなくてさ」


「うん、久しぶりだね。暑い中お疲れ様」


 自室の入口を見ると、慧士けいしくんがニカッと笑ってこちらに向かって手をあげていた。いつの間に家に来たんだろう。もう片方の手には網に包まれた大きなスイカ。その辺のスーパーに売っているものの2倍近くはありそうだ。


「スイカ、冷蔵庫に入れとくわ。多分後でお袋さんが切ってくれると思うぜ」


「美味しそー、ありがとう」


 かぶりつきたい気持ちを紛らわすように窓の外を見た。もうとっくに日付は変わっているのに蝉がひっきりなしに鳴いている。生暖かい風が部屋の中に吹いてきた。


「ちょっと出掛けねえか?今年はお前の好きな場所に行こうと思ってるんだ」


 そう今日は年に1度、慧士くんが私に会いに来る日だ。






「しっかり捕まってろよ。落ちんなよー」


「うん、分かってる」


 見慣れた彼の自転車の後ろに跨り、私たちは出発した。


 目的地に着く間、慧士くんはずっと私に話しかけ続けた。学校の成績が少しましになっただとか、新しく出来たバイト先の友達の話。私の知らない彼が新鮮で、でも少し寂しい。私は終始黙って聞いていた。


「結衣、着いたぞ」


「結構遠い所まで来たんだ」


 着いた場所は、海だった。そういえば結構前に、友達と行った海がすごく楽しかったと話したのを思い出した。ずっと覚えててくれたのかな。


 ぼんやりしていると慧士くんがどんどん歩いていってしまったので、慌てて追いかける。2人で波打ち際を歩いた。


「夜の方が逆に人いなくて良かったかもな」


 この時間帯の砂浜は静かだ。昼間は沢山いる海水浴客もいなくて、こうしてゆったりと過ごせる。海は日中とは違って黒々としているけれど、これはこれでまた違った良さがあると思う。思わず自分から口を開いたが、


「綺麗だね」


「やっぱ昼間の方がいいか。海見えねえし」


 やはり会話が噛み合わないと苦笑した。仕方のないことだとはわかっていても、どうしても心が激しく乱される。




「なあ、結衣」




 波の音が聞こえる。すぐ近くに居る、慧士くんの息遣いを感じた。


「お前が死んでからもうお盆も3回目になっちまったよ。はえーな。もっと沢山会っとけば良かったな、俺たち」


 階段に腰掛けて彼は笑った。その目は私を写していない。彼はただ、海を見つめていた。


 去年も一昨年もそうだった。慧士くんは私が『居るつもり』でこの時期になると一緒に出かける。最初はお盆なら私のことが見えるかも、と期待したけれど、現実は厳しかったようだ。


 今日会った時から、慧士くんのことを見て思った。なんで彼は、こうして色々な場所に連れて行ってくれるのだろう。何年も一緒に居た訳でもない相手のこと、いつまでも気にする?普通。


「お、もうこんな時間か。結衣ー、日の出が見えるわ」


 彼の言葉に顔あげると、本当だ。オレンジとも白とも言えない、沢山の色が合わさった光が目に届く。まぶしい。思わず目を細めたがとても綺麗だ。


 ふと考える。もしかしたら、こうして私が慧士くんと一緒に居られるのはずっと言いたかったこと、言えなかったことを伝えるためなのかもしれない。


「多分俺さ」




 私の思考を断ち切るように慧士くんの声が被さる。




「お前のことずっと、好きだわ」




 ――あれ、何、これ。




 視界がぼやけ、朝日が霞む。太陽に照らされている海がより一層輝いて見えた。眼から、心から、あたたかいものが沢山溢れてくる。初めての感情に私自身が戸惑った。あたたかくて、あたたかくて、


 愛しいと思った。


「…あー、くそ、ダセェ。こんなとこ見られたくねえわ」


 私と全く同じ顔をした慧士くんが鼻をすする。


「来年もまた、連れて行ってやるから。結衣」


 思わず、笑みが零れた。




 ねえ、慧士くん。




「だいすきだよ」

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