4.伝説の決戦

『フフフ……フハハハハハ‼』


 そこで突如、魔王が笑い出した。

 だがそれは嘲笑ではない、本気の笑いだった。


『まさか人間風情が、世界の理をくつがえすとは……。そんなことを実現できる者が、よもやに存在するとは思いもしなかった。見事だ、魔導士タイドゥヘン‼』


 そう言うとダークカオスは、巨大なローブのような暗黒魔套ダークマターすそを掴み……なんとそれを、バッとまくり上げた。


 そこには巨木のように太い、魔王の二本の脚があった……のだが、その頑強な両脚には、黒い網目状の布地が装着されていた。


 それはどう見ても、セクシーな黒い網タイツだった。


「……んなっ⁉」


 信じ難い光景に、瞠目するアレス。


『我はかねてより、我が配下「妖魔将軍サキュバス」の淫猥いんわいなる服装に、強烈な憧憬を抱いておった。だが、彼女と同じ装備を身に着けることは、如何に我が魔王であろうと、絶対に不可能であった……』


 ちなみに妖魔将軍は、魔王四天王の一人で、黒革ボンテージに網タイツとハイヒールという、妖艶な姿をした女魔族だった。


『我は、我が叡智の全てを以て、闇の呪法「エロイフク・キターイ」を生み出し、世界のルールをじ曲げた。たとえ創造主たる神とて、魔王の覇道をはばむことは許されぬのだ‼』


 黒網タイツを穿いた魔王が、拳を堂々と天に突きあげた。


『その我に匹敵する秘術を、まさか貴様のような老人が生み出すとは‼ 面白いぞ、タイドゥヘン‼ 貴公の偉業に敬意を表し、我も真の姿で、全力で相手をしてやろう‼』


 言い放った魔王は、暗黒魔套ダークマターに手をかけ、絶対防御を誇った魔装具を、勢いよく脱ぎ捨てた。




 魔王ダークカオスが、真の姿を現した!



 なんと魔王は、激エロボンテージと網タイツ(ガーターベルト付き)に身を包んだ、最凶の変態だった!




「ぎゃあああああああっ‼」


 魔王のおぞましい真の姿に、絶叫するアレス。


『ゆくぞ、勇者一行‼ 我が究極闘法「炎地えんぢ開闢かいびゃくの構え」を、見事破ってみせよ‼』


 高揚した魔王が、M字開脚の姿勢で地をいながら襲いかかってきた!


 こっち来んなああああ‼


『さあ、戦え‼ そしてできることなら、そこの重騎士のように、我の体を太い縄でギッチリ束縛してみせよ‼ 我は縄で縛られ叩かれるという行為に、興味津々なのだ‼ じゅるり‼』


 真の姿を現した魔王は、もはや歪んだ欲望を隠そうともしなかった。


「へ、変態の言うことに耳を貸すな‼ 最大威力の攻撃で、一気に勝負を決めるぞ‼」


「お任せください‼ ディーネたん、精霊魔法の出番です‼」


『うん、コロンおにいちゃん!』


 ディーネたんが念じると、床に生じた水の魔法陣から、無数の触手がニュルニュルと現れた。

 それらは魔王の全身を瞬く間に縛り上げ、その巨体を床に押し倒した。


「よし成功です、勇者殿‼」


「なんで即行で縛っているんだ⁉」


『ぬおおっ、何という締まり具合! 確かにこれは暗黒魔套ダークマターに守られていては体感できぬ、新しい刺激なりぃ!』


 ヌメヌメ触手で動きを封じられたにも関わらず、魔王は恍惚とした様子で、とても気持ちよさそうだった。


「今だ、アレス! 魔王をムチで思いっきり叩くんだ‼」


「嫌だよ‼ なんであんたみたいな変態に続いて、触手に縛られた魔王まで叩かなきゃいけないんだ‼ どんなプレイだよ!」


「勇者殿! 偉大なる神ウンウェーイも、かつてこうおっしゃっています! 『ゲームの醍醐味といえば縛りプレイである』と!」


「なにを言ってるんだ、あんたは⁉」


『ハァハァ……どうした勇者よ! 貴様の渾身の一撃を、我に浴びせてみせよ‼』




 魔王が、とても物欲しそうな目で、こちらを凝視している!



 魔王を、ムチで叩いてあげますか?


 → はい

   いいえ




 ……いや、なんだこの選択肢!

 こんなの「いいえ」一択だよ!


 脳内に浮かんだ謎の選択肢を、頭を振って追い出すアレス。


「さあ叩け! 叩くんだ、アレス‼」


「なんでそんなに熱くなってるんだ、エルドガ‼」


『そうだ、我を叩け‼ もし思いっきり叩いてくれたら、世界の半分をおまえにやるぞ⁉』


「いらんわ‼」


 魔王の誘いをバッサリ切り捨てたアレスは、神剣に光の闘気オーラを集中させた。


暗黒魔套ダークマターが消えた今、これで勝負を決める‼ 竜王精霊覇斬ドラゴニック・エレメント・ストライク!」


 闘気オーラで形成した光の巨刃を、無防備な魔王に放とうとした、その時……


「馬鹿野郎‼ なぜ全力で攻撃しようとしているんだ、アレス‼」


「え?」


「お前はドMの真髄というものを、全く理解していない‼ 無抵抗にムチを求める相手を、本気で倒しにいく奴があるか‼」


「そうです勇者殿! 勇者としてあるまじき、鬼畜の所業ですぞ‼」


「最近の若いもんは、情緒を心得ておらん! 同じ人間として……いや男として、儂は恥ずかしいぞ!」


 なぜか本気で怒りをあらわにする、パーティーの三人。


 え。なにこの、僕が間違ってるみたいな雰囲気。

 

「アレス、闘気オーラを駄々漏らしにするだけじゃ駄目だ‼ もっと出力を弱めて、剣にまとわせる量を絞るんだ‼」


「いや、そんなことして、何の意味が……」


「かーっ、情けないのう若造が‼ その程度もできんのか‼」


 ビキニアーマーの変態老人にののしられ、ムッとするアレス。


「で、できますよ、そのくらい!」


 ムキになったアレスは、神剣からほとばし闘気オーラを、絶妙に制御コントロール

 これにより巨大な光刃は、竜の尾のようにシャープな形状へと変化していった。


「やればできるじゃないか。ではそれで、魔王を叩いてみろ‼」


『そうだ、勇者‼ 我を叩け‼ 叩くのだ‼』


 相変わらず触手で縛られたまま、謎にセクシーなポーズで息を荒げる魔王。


 せめてあの触手を解除してくれないかな……と呆れるアレスだったが、自ら弱体化した魔王にもはや威厳など欠片も無く、勝負は決まったといってよかった。


 とりあえずこれ以上、仲間の機嫌を損ねないほうがいいか……。


 色々と諦めたアレスは、出力を落とした光の刃を、魔王へ振り下ろした。


「……はあっ‼」


 ピッシイイン‼


『ふぬおおっ‼ なんと鮮烈で、官能的な刺激‼』


 ムチのようにしなる光の一撃を受けて、魔王は陶然と叫んだ。


「はああっ‼」


 ビッタアアアン‼


『おっほぅっ‼ も、もっとだ、もっとぶってくれ‼』


 ベッチイイイン‼


『ああんっ‼ 凄い、こんなの初めてえええ♡』


 絶妙な力加減の光のムチで打たれ、淫靡いんびあえぐ魔王。


「ううむ、なんと幸せそうなのだ」


「新たな性癖の目覚めとは、素晴らしいものですね」


「まったく見事な喘ぎ声じゃ、魔王……」


 感心する仲間たちをよそに、アレスは一人、ドン引きしていた。


 一体なんなんだ、この最終決戦は……。

 なぜ僕は無抵抗のド変態魔王を、こんな風に痛めつけているんだ……。




 ……ゾクリ。

 



 だが、不意にアレスの背筋を、謎の刺激が走った。


 な、なんだ、この感覚は?

 

 自分の攻撃が魔王を叩き、魔王の口から快楽に身悶みもだえる声が発せられるたび……爽快感と興奮が入り交じったような衝動が、全身を貫いていく。


 まさか、僕は……まともに戦っても勝てなかった魔王を光のムチで叩くことに、快感を覚えているのか?

 そんなの、ここにいる連中と同じ、変態じゃないか! 

 

 ……でも、なぜだ。

 神剣を振るう自らの手を……止めることができない!


「う……うわあああああっ‼」


 ビチコオオオオオンッ‼


『ああん! これ以上ぶっちゃダメええ‼ 我……我、壊れちゃううう♡』


 その後も、玉座の間からはムチの打音と魔王の絶頂の叫びが、一晩中こだまし続けたのだった。



  ○



 こうして、ドMの快楽を骨の髄まで味わった魔王ダークカオスは、勇者アレスによって、見事ち倒された。


 人々は王都に戻った勇者一行を英雄として褒め称え、彼らの偉業は後世まで語り継がれた。


 ……無論、四人の英雄のうち三人が筋金入りの変態だったという事実は、歴史の闇に葬られたのだが。


 それに勇者自身も、魔王をち倒したことで新たな性癖の萌芽ほうがを自覚し、これはその後の彼の人生に、大きな影を落とすこととなる。


 ……だが、それはまた、別の話。

 世界には人の性癖の数だけ、多くの可能性が存在するのだ。


 もしかすると、ドSの魔道にちたアレスが、やがて新たな魔王と化して、人類の脅威となる可能性もある……かもしれないが、その結末は誰にも分からない。


 ただ、言えることは一つである。



 人間のさがは、無数の物語サーガに満ちている。

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パラフェティア・サーガ 煎田佳月子 @iritanosora

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