3.古強者の見た夢

「タ、タイドゥヘンさん? 危ないから、後ろでじっとしててください」


 アレスは、慌てて老人の肩を押さえた。


 タイドゥヘンは、アレスが新たな仲間を探していた時、自らパーティー入りを志願してきたのだが、その能力は最底辺レベルで、そこらの新人魔導士にも劣る有様だった。


 「絶対に魔王とあいまみえるのじゃ!」という彼の熱意に負け、仕方なく同行を許したのだが、やはり戦闘面では全くあてにならず、ひたすら後衛で身を守らせて、どうにかここまで連れて来たのだった。


「勇者よ。わしをここまで導いてくれたこと、まこと感謝に堪えん。あとは任せておくがよい」


『今度はなんだ⁉ 貧弱な老人までもが、我に挑もうというのか⁉』


 明らかに実力不足の老人が現れ、怒気をあらわにする魔王。

 だが、老魔導士は全く動じなかった。


「貴様の言う通り、儂は大した力も持たぬ、ちっぽけな年寄りじゃ。じゃがそんな老人にも、譲れぬ誇りと矜持がある。今ここに、我が生涯を賭けた研究の成果を披露させてもらうぞ‼」


 言葉と同時に、タイドゥヘンは羽織っていた魔導士のマントを、勢いよくひるがえした。


 そのマントの下には、一つの鎧が装備されていた。


 それは、情熱的な赤色に染まった、上下セパレートの軽装鎧。

 ヘソ出しスタイルの「ビキニアーマー」だった。


「んがっ⁉」

 その衝撃的な姿に、アレスは絶句した。


 だが、それ以上に驚愕したのは魔王で、つやつやのビキニアーマーを装着した老爺を、慄然と見つめていた。


『あ……ありえん‼ なぜ貴様に、そんなことができる⁉』


 確かにこれは、冷静に考えればありえないことだった。


 この世界パラフェティアでは、創造主たる神の意思によって、職業ジョブや性別ごとに、装備可能な武具の種類が厳密に定められている。


 すなわち、男の魔導士であるタイドゥヘンが、騎士の……しかも、女騎士専用の防具であるビキニアーマーを装備することなど、絶対に不可能なのだ。


 だが目の前の老人は、そのビキニアーマーを着て、堂々と屹立していた。


「儂は若き頃から、このビキニアーマーに、底知れぬ憧れを抱いておった。創造主の劣情を凝縮した芸術的デザインと、それを身にまとった女騎士たちの扇情的な出で立ち。儂にとってこの鎧は、まさに輝かしい、青春と性の目覚めの象徴だったのじゃ……」


 醜悪な姿の老人は、遠い目で語り始めた。


「やがて儂は、この鎧を自ら装備したいと、強く願うようになった。絶対に不可能な夢と分かっていても、どうしても諦めきれず……ついに儂は、禁忌の研究に乗り出したのじゃ」


 変態の妄執が、あらぬ方向に舵を切った瞬間だった。


「儂が注目したのは、世界に数多あまた存在する『呪われた武具』じゃった。これらの呪いには、一旦装備すると外せなくなったり、様々な状態異常を引き起こしたりと、一般人には理解できぬ超常的な力が働いておる。世界のことわりを破ろうとする儂の目的を果たすには、この力の解明が必要だと、そう直感したのじゃ」


 老人の声は、次第に熱を帯びていく。

 

「儂は寝食を忘れ、ひたすら研究に没頭した。世界中の呪われた武具をかき集め、その特性を調べ尽くし、時には自ら身に着けて……。『古代最狂の狂人』と呼ばれた闇呪術師ヌドゲドバがのこした『呪怨の裸エプロン』を装備した時は、さすがに死ぬかと思ったわい」


 そのままくたばれば良かったのに、という勇者にあるまじき感想を、アレスは辛うじて飲み込んだ。


「そうして、数十年の時が流れ……多くの呪いをこの身に蓄積した儂はついに、究極魔法『バグ・ワーザ』を生み出し、ビキニアーマーを装備することに成功したのじゃ‼ あの瞬間の興奮と感動は、生涯忘れらぬであろう……」


 怨念にも等しい変態の執念に、アレスは戦慄した。


「魔王よ……貧弱で無力なこの儂でも、不可能を超えることはできるのじゃ。あまり、人間を舐めるでないぞ‼」


 毅然として、老魔導士が魔王に喝を入れた。


 いかに毅然としていても、その外見は汚穢おわいに満ちたビキニアーマー姿だったが。

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