2.血に染まる魔王城
『な、なんだこの男は。自ら防具を解き、仲間にムチで叩かれて……なぜそんなにも、嬉しそうにしていられる?』
理解不能といった様子で、魔王が
「ぬふぅんっ……
『身体を通して溢れる、悦びの力……? そんなワケの分からん力で、我を倒せるものか‼』
「甘いな。痛みとは……刺激とは、活力なのだ。ムチに打たれ反応した俺の身体を、さらに太縄がギュッと、情熱的に締め付けてくれる。この快感こそが、ドMの俺を支えているのだ。そんな至上の悦びを、貴様のように絶対防御で拒絶してしまうことは……それは、非常にもったいないことなんだよ‼」
口から唾液を垂らしたエルドガが、力強く魔王を叱責した。
「なにが世界征服を企む魔王だ‼ ムチで叩かれる悦びも知らずに、人類を屈伏させることなどできるものか‼ さあ、アレス! 我ら人類の底力……いや、ドM
バチイインッ‼ ぬああああっ‼ と、ムチの打音とエルドガの咆哮は、一層勢いを増していく。
……だが叩いているアレスのほうは、意味不明すぎて感情が迷子になっていた。
僕は一体……なにをやらされているんだ?
『わ、わけが分からん。だが、この男の表情……。我が今まで見たこともない、歓喜と恍惚に満たされておる……』
魔王も戸惑っていたが、なぜかその目には、好奇の光が輝き始めていた。
『むき出しの肉体を攻められる、至上の悦び……そんな感情が、この世に存在していたというのか……。ゴ、ゴクリ……』
魔王が喉を鳴らした瞬間、その巨体を包む紫の光が、なぜか急に勢いを弱め始めた。
そんな馬鹿な⁉
「エルドガ殿……見事です」
そう呟いたのは、パーティーの一人、神官コロンだった。
口髭を蓄えた壮年の紳士で、様々な回復魔法や召喚魔法を扱うことができる、神に仕える聖職者。
「コ、コロンさん。回復役のあなたは、前衛に出ないほうが……」
「心配無用です勇者殿。エルドガ殿が道を開いた今こそ、攻勢に出るチャンスです」
コロンはそう言って、手にした杖で地面に魔法陣を描き始める。
「その術式は……精霊召喚⁉」
「ええ。
声と共に、魔法陣が強い光を放ち、空気が揺動する。
やがて光の中から、一匹の精霊が姿を現した。
おそらく水属性であろう、青髪の女性型精霊。
身に着けた白い装束からは、人魚のような尾ひれが伸びている。
……が、その身長はコロンよりずっと小さく、どう見ても十歳にも満たない、幼い外見をしていた。
「これが我が精霊……ウンディーネの『ディーネたん』です‼」
ディーネたんって……ただの幼女じゃん。
『精霊? 子供ではないか。こんな小娘が、なんの役に立つというのだ?』
魔王も、アレスと同じ感想を抱いていた。
「彼女の実力を、甘く見ないでいただきたい。行きますよ、ディーネたん‼」
コロンが言うと、幼女精霊ディーネたんが、コクンと頷いた。
『うん。頑張ろ、コロンおにいちゃんっ♪』
「ぬほおおおおおおおおおっ♡」
その可愛らしい声に、コロンはエビ
「はあはあ……相変わらずディーネたんの『おにいちゃん』は、凄まじい破壊力。
コロンは鼻血をボタボタ垂らして喜んだが、その様子を見つめるアレスは、虚無の表情になっていた。
『馬鹿な……人の言葉を話す精霊だと?』
魔王が、不可解そうに呟いた。
人間より高次の生命体である精霊は、通常、言語体系を有しておらず、あくまで召喚士の魔力供給に応じて力を貸すだけの存在にすぎない。
それがこのように人語を操るなど、魔王ですら見たことがなかった。
「初めてディーネたんの召喚に成功した時、私の全身に、歓喜の雷鳴が轟きました。ですが精霊とは、言葉を持たぬ存在。ディーネたんも可愛らしい愛嬌を振りまくだけで、決して私と喋ってはくれませんでした……」
突然追想を始めた神官の顔は、
「私は苦悩しました。どうにか彼女と会話ができないか試行錯誤し、何十回、何百回と召喚を繰り返しては、私の
変態神官の異常行動に、アレスは背筋が寒くなった。
「そして、ある日……ついにディーネたんが、私を『おにいちゃん』と呼んでくれたのです。私は神に土下座感謝し、狂喜乱舞しました。あの日から私たちは、最高最愛の
『うん。コロンおにいちゃん、大好き♪』
「ぬおっふぉおおおおおおっ‼」
コロンは、再び鼻血を大噴出。
その狂態にアレスは引いていたが、一方の魔王は、なぜか体をフルフルと震わせていた。
『ぬ、ぬぅ、どうしたことか。大した魔力も持たぬ脆弱な精霊……なのに、あの姿を見ていると、胸がくすぐったくて仕方ない。この感情は、一体なんなのだ……』
「それこそが『幼女萌え』です、魔王。あなたは今、可愛いディーネたんの無垢なる姿に、庇護欲をそそられているのです」
『幼女萌え……だと? くっ、胸が……胸が苦しい!』
惑乱し、胸を押さえる魔王。
その様子をキョトンと見ていたディーネたんが、やがてポツリと口を開いた。
『だいじょうぶ? どこか痛いの? 魔王おにいちゃん』
『ぬぐああああああああっ⁉』
魔王は、その場に膝をついて崩れ落ちた。
『こ、これが幼女萌え……。そうか、そうなのか。我に必要だったのは、我を「魔王様」と呼び
んなワケあるか、と、アレスはツッコんだ。
しかも魔王は、なぜか妹属性にまで目覚めていた。
そして、その心的衝撃がよほど凄まじかったのか……魔王の全身を覆う
んなアホな!
「ふむ。いよいよ
そう呟いたのは、最後のメンバー、魔導士タイドゥヘン。
七〇歳を超える魔法使いの老爺が、アレスの横に立っていた。
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