パラフェティア・サーガ

煎田佳月子

1.戦いの幕開け

 漆黒の闇に包まれし魔族の居城、ダークパレス。

 今、その最奥部に、勇者アレス率いる四人のパーティーが辿り着いていた。


『フフフ……。誰かと思えば貴様か、勇者よ』


「……魔王‼」


 最奥の玉座の間で彼らを迎えたのは、絶対的な魔族の支配者、魔王ダークカオス。


 人間の数倍はあろう巨体を禍々しい玉座に沈め、全身から凄まじい圧力を放っている。

 

『先の戦いで我に敗れ、心折れたと思っていたが……さすがは人類の希望、光の勇者といったところか』


 その言葉に、アレスはグッと歯噛みする。


 勇者アレスが魔王ダークカオスと対峙するのは、これが初めてではなかった。


 約二ヶ月前、アレスは今とは異なるメンバーを率いて、魔王との戦いに挑んでいた。


 伝説の神剣に選ばれし、光の勇者アレス。

 あらゆる武器と武術をマスターした超騎士、武闘王バトルマスターブレイド。

 複数の上級精霊と契約し、その力を自在に使役した、究極召喚士サモンマスターラグナス。

 全属性の魔法に精通し、絶大な魔力で敵を葬り去ってきた、大賢者マジックマスターカルナ。


 まさに人類最強の四人がパーティーを組み、魔王との戦いに臨んだのだが、傑出した才能を持つ彼らでも、ダークカオスに勝つことはできなかった。


 アレスを除く三人は瀕死の重傷を負って戦線復帰不可能となり、無念にも引退に追い込まれた。

 

 アレス自身も酷い傷を負ったが、一人奇跡的に回復し、その後、新たなパーティーを組んで、再び魔王の元に辿り着いたのだった。


『新たな仲間を連れ、懲りずに我に挑もうとする気概は買うが……貴様ら如きが我に勝てると、本気で思っているのか?』


「黙れ‼ 僕は勇者として、刺し違えてでもお前を倒す‼」


 アレスは背中の鞘から聖なる神剣を抜き、両手で構えた。

 やがて光の闘気オーラが神剣へ伝播し、元の刀身より遥かに巨大な光の刃が形成されていく。


『ほう、新しい技か。よかろう、かかってくるがいい』


「いくぞ、竜王精霊覇斬ドラゴニック・エレメント・ストライク‼」


 アレスは咆哮と共に跳躍し、全力で剣を振り下ろす。

 巨大な光の刃は、猛烈な衝撃波と化して、魔王へ放たれた。

 轟音とともに、巻き起こる爆煙。

 

「……やったか⁉」


 新たに修行で編み出した技を放ち、呼吸を乱すアレス。


『くくく……』


 だが、不吉な笑声と共に、煙の中から魔王が姿を現した。

 その巨体には傷一つついておらず、魔王がまとったローブのような防具から、紫に光る魔法障壁が発生していた。


「そんな……無傷だと⁉」


『残念だが、この程度では我が魔装具「暗黒魔套ダークマター」の結界は破られぬ。前回の戦いで学習しなかったのか? 愚かな勇者よ‼』


 魔王が片腕をかざすと、膨大な魔力を込めた炎魔法が、アレスに襲いかかった。


「ぐああっ‼」


 闇の炎に吹き飛ばされたアレスは、そのまま壁に叩きつけられる。


「くそっ……僕の力では何度挑んでも、魔王を倒すことはできないのか?」


 地に伏したアレスが、己の無力に打ちひしがれた、その時。

 

「アレスよ、ここは俺に任せてもらおう」


 パーティーの新メンバー、重騎士エルドガが前方に歩み出た。


『ほう? 次に挑んでくるのは貴様か?』


「エルドガ……無茶だ‼」


 最硬ランクの鎧を身に着け、盾役タンクとして高い防御力を誇るエルドガだが、魔王の強力な攻撃の前には、いくら優秀な盾役でもそう長くは耐えられない。


 だが焦るアレスをよそに、エルドガは平然と魔王の正面に立った。


「案ずるな。鍛えぬいた俺の肉体は、魔王になど負けはしない」 


『立派なものだ。だがその虚勢が、いつまで保てるか……な?』

 

 不意に、ダークカオスは顔をしかめた。


 目の前に立った重騎士が、なぜか自身の鎧に手をかけて、それをカチャカチャと外し始めたのだ。


「な、なにをしているんだ⁉」 


 驚きに目を見張るアレス。


 エルドガは、胸部の装甲や重々しい手甲を、躊躇ためらう様子もなく次々と脱ぎ捨てていく。


 やがて、筋骨隆々とした彼の半裸がさらされたが、むき出しになった上半身には、なぜか真紅の太い縄が、複雑な模様を描いてグルグルと巻きついていた。


「そ、その縄は?」


「これは『キッコーシバリ』という、東洋の国に伝わる特殊な縄の縛り方だ。アレス、お前にはこれを預けたい」


 そう言って、エルドガは自身の武器を、アレスに投げて寄こした。


 それは、騎士の武器の中でも最強クラスの攻撃力を誇る、闘神とうしんのムチ。

 武闘王バトルマスターブレイドが所持していた一品で、彼に代わり仲間に加わったエルドガへ、アレスが手渡していた装備だった。


「ちょ、武器まで捨ててどうするんだ⁉」


「お前にそれを使ってほしいんだ、アレス」


「これは魔王と戦うため、きみに渡した武器だろう⁉」


「違う、魔王じゃない。お前にはそのムチで、んだ」


「……は?」


 アレスは、目をぱちくり瞬かせた。


「そのムチを使って、俺に攻撃するんだ。俺が望んでいるのはそれだけだ」


 ……混乱状態ステータス異常でもないのに、自分から仲間に攻撃する?


 アレスだけでなく、魔王も『なにを言っているのだ、この男は?』と、いぶかしんだ。


「いいから、そのムチで俺を叩け‼ 早く‼」


 エルドガが、語勢を強めて叫んだ。

 

 なにか策がある……ということなのか。


 その鬼気迫る様子に気圧けおされたアレスは、闘神のムチを手に、床から立ち上がった。


「本当に、これで叩く……のか?」


「ああ、遠慮はいらん。全力で叩け。それが必ずや、俺たちの勝利に繋がる」


「わ、分かった……。たあっ‼」


 戸惑いつつも、アレスは闘神のムチを振り下ろした。

 

 しなったムチは、そのままエルドガのむき出しの上半身に命中。 

 ペチンと乾いた打音が、玉座の間に響いた。


「ぬふぉうっ‼ い、いいぞ、その一撃だ‼」


 エルドガは痛がるどころか、どこか嬉しそうな奇声を発し、頬を朱に染めていた。

 その奇怪な反応に、困惑を深めるアレス。


「初めてにしては上出来だが……もう少し、手首のスナップが効いていると良いな。さあ、もう一回だ‼」


「も、もう一回⁉」


「そうだ。もっと力強く、ぶちかましてこい‼」


 動揺するアレスに、エルドガはキリッと言い放つ。

 とりあえず言葉に従い、アレスは再度ムチを振るった。


 ブンッ、ペチイインッ!


「うほおっ‼ それだ‼ さすがは俺の見込んだ勇者‼ もっとだ、もっと叩いてくれえっ‼」

 

 エルドガは、さらにおかわりを何度も要求。

 そうして叩かれる度に嬌声を上げ、喜悦に満ちた笑みを浮かべていた。


 だが彼の喜びと対極に、アレスの胸中では「なんだこれ……」という思いが強くなっていた。

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