第14話 努力、根性、知恵。ほんの少しの勇気
エレノアが去った後、俺は日が暮れるまでベンチに座り込んでいた……なんてことはなかった。
俺は学生寮の自室の学習机の引き出しを開けて、それを取り出した。
俺は一人で勝利できる英雄じゃない。アリスやシャーロットの様な天才では決してない。
状況は絶望的だ。人質を取られ、敵の戦力は圧倒的だ。対して、俺たちに戦局を覆せるような人物はいない。打開策も、現時点ではない。
だから? それがどうした。
「こんなモンで、俺が折れると思うなよ」
暖かい日差しが差し込む部屋で一人、俺は呟いく。
才能は無い。金もない。地位もない。原典も白紙。
何も持っていない俺だが、諦めずに足掻くという一点においては誰にも負ける気がしない。
それこそ、アリスやシャーロットが相手でもだ。
そうでなければ、この場にいない。
俺は手にしたそれを見ながら、唇を吊り上げて笑った。
強がりだ。それは自分でもわかっている。
だがこれが笑わずにいられるものか。こんな絶望的な状況でも、ちっとも心が折れる気がしない、自分の異常さに。
俺は足早に、ロナの下へ歩いていく。
道中、エレノアに声をかけられる。彼女は寮の壁に背中を預け、腕を組んでいる。
「どこに行くつもりだ? フェイト」
「どこって……ロナのところだよ」
「何か用か? 私が伝えてきてやるからお前は休んでろ」
「いや、俺が直接行かないといけないんだ」
そう言って俺はエレノアの横を通り過ぎようとするが。
「おい、何やってんだ」
立ちはだかるように、俺の行く手を遮るエレノア。
「待て。その前に何をするか言ってから行け」
「……」
俺が言い淀んでいると、エレノアは何かを確信した様な表情をした。
「下らん問答に興味はないからはっきり言うぞ。お前は大人しくしていろ」
「問答に興味はないんじゃなかったのか? どけよ。俺がここで引き返すような人間じゃないことくらい分かってんだろ」
エレノアの視線が鋭くなる。
「胸のポケットにしまったそれ。失敗すればどうなるかくらい分かっているはずだ。失敗すれば? いや違うな。間違いなく失敗する。そしてお前は死ぬ」
「俺はもうとっくに死んでる。魔術師としての俺は、昨日死んだんだ。だったらもう死ぬも生きるも関係ねえよ」
「詭弁を垂れるなよ、このバカが」
エレノアから、殺気がこぼれ出る。冷や汗が額を濡らし、筋肉が緊張して皮膚がぴりつく。
この場でやる気だ。俺を止めるために。
そう思ったときには、エレノアは既に彼女の原典を開いて悪魔を召喚していた。
「行きたいなら私を倒していけ。まあ不可能だがな」
翼の生えた悪魔の群れが俺へ殺到する。
「チッ! やるしかねぇか」
腰のベルトから銃を引き抜いて、弾丸を一気に吐き出す。
全弾命中するが、装填されていた弾丸の数より悪魔の方が多い。
迫りくる悪魔に打撃を繰り出し叩き落としていく。
数秒後、悪魔によって閉ざされていたエレノアまでの道が見えると、俺は一気にその道を走る。
だが、エレノアは冷静に次の悪魔を召喚した。
鉄の剣と盾を携えた、骸骨の剣士だ。
骸骨剣士が振る剣を間一髪で避ける。
足元に剣が突き刺さる、というよりは木製の廊下を剣によって潰した。
骸骨剣士の剣は錆が酷く、切れ味に関しては全くないのだろう。だが、今の一撃を見て分かるように腕力が異常だ。悪魔なのだから当然だが。
今の魔力なしの状態の俺が躱し続けるのは厳しい。かといって剣を受け止めることもできない。そんなことをすれば一発で腕が逝く。
「シィィィ!」
剣を避ける動きのまま、後ろ回し蹴りを骸骨剣士の胴に叩きこむ。すさまじい衝撃が足裏から伝わり、骨が軋むような音がするが、それで骸骨剣士がバランスを崩した。
「だらっしゃァァァ!」
グラついた骸骨剣士の顎に向けて、俺は腕を振った。
拳で殴ってはだめだ。骨が砕ける。
肘を少し曲げ、ラリアットを仕掛けるように、頭蓋骨をひっかけるように腕を振り抜いた。
ダメージにはならない。だが、相手は骸骨。
上手く引っかかったのか、骸骨剣士の頭蓋骨がスポッと抜けて、地面に転がった。
それと同時、糸の切れた人形のように骸骨剣士が横向けに倒れる。
骸骨の悪魔とはいえ、頭が取れれば動けないらしい。
半ば賭けだったが成功した。
「チッ。面倒な奴め」
骸骨剣士をクリアした俺に、エレノアが舌打ちする。
再びエレノアに肉薄する俺を、またもや召喚された悪魔が阻んだ。
今度の悪魔は腕が六本。人間と同じ場所に二本と背中から追加で四本生えた悪魔だ。俺も初めて見る悪魔だが、大体の攻撃手段はその姿を見れば検討が付いた。
筋骨隆々の六本の剛腕が、無茶苦茶に振るわれる。
だが、俺は冷静にその攻撃を捌いていく。
腕が六本ある以上手数は悪魔の方が多いし、一撃の威力も高い。証拠に、拳が空を切る度音を立てて発生する風が廊下の窓ガラスを振動させている。
だが、それだけだ。腕の振り方に合理性はなく、技もない。ただ闇雲に振っているだけだ。
俺は六本の腕を掻い潜り、悪魔の頭を掴み、それを支えに鼻先に飛び膝蹴りをブチかました。
「硬えなぁ、こんにゃろ」
人間相手なら鼻がぺちゃんこになる攻撃なのだが、悪魔相手に魔力なしでは逆にこちらの膝の皿の骨がダメージを受けた。
だが、先程の骸骨剣士とは違い、六本腕の悪魔の側にも確かにダメージはあったようだ。
鼻血が噴き出し、背中から生えた二本の腕が鼻を抑えている。
好機と見た俺は、一気に悪魔に肉薄し、その間に弾を再装填して銃口をその身体に密着させる。
この悪魔の耐久力なら、離れて撃っても倒せない。ゼロ距離射撃しか方法はないと判断してだ。
取った。
そう思い、引き金を引こうとした瞬間。
凄まじい衝撃が俺の腹に走った。
「ぐえぇぇッ!」
何も食べていなくてよかった。もし腹の中に何かあったら、間違いなく全部履いていただろう。
悪魔の腹から生えた太い腕が俺の鳩尾を抉っていたのだ。
衝撃で後ろへ転がる。胃液を全部吐き出した俺は、口元を吹くよりも先に横に転がった。
丁度俺がいた場所に、追撃の拳が落ちて廊下を盛大に破壊した。
「諦めろ、フェイト。今のお前じゃあ、私を倒すどころかここまでたどり着けない」
「クソったれが」
何か手はないか。そう考える暇を与えず、エレノアの召喚した六本腕の悪魔が襲い掛かって来た。
さっき殴られたダメージが思ったよりも大きい。身体が酷く重い。呼吸もすぐに乱れる。
よくよく考えてみたら、魔力なしでここまで動くのは初めてなのではないだろうか。
そもそも昨日生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ。心臓は治ったが、流した血液は戻っていない。
徐々に意識が遠くなるのを感じながら、俺はなんとか悪魔の攻撃を避け続ける。
エレノアが追加の悪魔を三体召喚する。
俺の腰程度の背丈の醜悪な見た目の悪魔。
馬の様な下半身に、バキバキの腹筋を露出させた人間型の上半身の斧を手にした悪魔。
決勝トーナメントで見せた牛頭の悪魔。
合計四体の悪魔が、俺を取り込んで攻撃を加えてくる。
小さな悪魔の持つ棍棒が足を狙ってくるのを小さく飛んで躱す。
風を切裂いて襲い掛かって来る斧を後ろにのけぞって避ける。
試合でフォルナを吹き飛ばしたタックルが迫りくるが、横に転がって安全地帯に逃れる。
六本の腕が縦横無尽に薙ぎ払われようとするが、それより先に顎に銃弾を叩きこんで後ろに転ばせる。
正直、自分でも出来過ぎだと思った。
今の俺は、少々鍛えた一般人と同程度の身体能力しか持っていない。
魔法も使えない。血も足りていないせいか、意識が飛びそうになる。疲労で身体が重い。
「くそぉぉぉ……」
荒い呼吸を何とか整えながら、どうにもならないもどかしさに愚痴を垂れる。
そんなことをしても意味はないことは分かっているのに。
「終わりだ、フェイト」
エレノアがそう言うと、四体の悪魔が先程までよりもギアを上げて襲い掛かって来た。どいつもこいつも、動きが一段速くなっている。
頭の中で、どう動けば避けられるかイメージする。
だが、どうも思考がまとまらない。
ならせめて、防御はしよう。躱せなくとも、それくらいならできるだろう。
流石に何もしないのは危険だ。
エレノアも俺を殺す気ではない。だが、あの四体の悪魔の攻撃を同時に全て喰らえばただでは済まない。下手をすれば後遺症が残るレベルの大怪我を負いかねない。
それだけは避けようと、俺は構えようとして。
いや、待て。
「え?」
とっさに、俺はすべてを諦めたように悪魔の攻撃が迫って来るのを傍観してみた。
「お、おい! ちょっと待て!?」
素っ頓狂なエレノアの声が廊下に響いた。
見たことない彼女のとりみ乱す様子に思わず笑いそうになる。
俺は悪魔の攻撃に対して何もしない。躱しもしなければ、防御の姿勢も取らない。普通に考えれば頭がイかれているが、今回に限れば立派な戦略だ。
無防備な俺に、悪魔の攻撃が殺到する。
「クソっ、止まれ!」
エレノアは悪魔に命令するが、もはや止まれない。棍棒は正確に俺の膝関節を危険な角度で捉えようとしているし、振りかぶった斧は既に落下を始めている。タックルを始めた牛頭の悪魔は急停止できない。六本の腕は俺の身体をミンチにでもしそうな勢いで振るわれている。
「チッ、駄目か」
エレノアは悪魔が止まれないのを理解すると、瞬時に切り替える。
左手の人差し指と中指を前に突き出し、親指を垂直に立てる。まるで銃の様なポーズを取っている。
刹那、人差し指と中指の先から、四発の紫電が糸を引きながら連続で発射された。
銃弾の如く発射された紫電は、四体の悪魔を正確に捉える。
バチバチッと音を立てて命中した雷撃は、瞬時に悪魔を絶命させた。
倒れた悪魔は、その身体を灰へと変え、窓の隙間から入って来た風によって吹き飛ばされていった。
「ど、どいうつもりだ! 今、私が止めなかったら……」
珍しく動揺しているエレノア。
当然だろう。エレノアが悪魔を止めなかったら、俺は重傷を負っていたのだから。
だが、俺はあくまでこうなることを予想して無防備を晒したのだ。
目に見えて動揺し、隙だらけになるエレノアを、俺は見逃さない。
腰のベルトに銃を差し込むと、身体中のバネを利用して、全速力でエレノアに突進する。
驚いたエレノアはすぐに悪魔を召喚しようと原典に手を伸ばすが。
「させっかよ!」
俺は走りながら靴を脱ぎ飛ばしてエレノアの原典を飛ばす。
「チッ。小癪な……!」
直ぐに切り替えてエレノアは先程と同じように雷撃を、先程よりも威力を絞って放とうとするが、それより先に俺がエレノアに接近する。
腕を取り、足を絡める。
エレノアは抵抗するが、咄嗟のことで身体能力強化の魔法が間に合わない。
素の身体能力なら俺に分がある。
加えて、エレノアに俺の組み技に対処する技量はない。もやしっ子め。
片足を絡めたまま、片方の手で袖を、もう片方の手で制服の襟をガッシリと掴む。
「ちょっ……!?」
「悪いが、手加減できねぇぞ!」
足を払い、制服の袖と襟を掴んだまま巻き込むようにして俺はエレノアを投げた。
ダンッ! という音が廊下に響く。
誰もいなくてよかった。傍から見れば、男子生徒が女子生徒を廊下の床に叩きつけているようにしか見えないからだ。
まぁその通りなのだが。
だが待ってくれ。こうでもしないとこの天才には勝てないことを理解して欲しい。
「カハッ」
背中から叩きつけられ、肺の空気を全て吐き出し一時的に呼吸呼吸困難になるエレノア。
その隙を見逃さない。体重をかけて抑え込むと、腰のベルトにしまった銃を引き抜き、撃鉄を持ち上げた状態で銃口をエレノアの眼前に突きつけた。
「俺の勝ちだ、エレノア」
まさか、あのタイミングで俺が諦めるとは思わなかったのだろう。
エレノアは別に俺を殺したいわけじゃない。当然その攻撃には手加減が加えられている。その証拠に、彼女が召喚した悪魔の多くは下級から中級の悪魔だ。単騎で敵を倒せるような上級の悪魔は一体も現れなかった。
もしそんなものが来ていれば、俺は負けていた。だが、それをすれば俺は死んでしまうので出来ない。
最後の攻撃。四体の悪魔による同時攻撃は、それまでの攻撃とは違った。
避けなければ重傷を負う攻撃だった。もしかしたら死んでいたかもしれない。
恐らくエレノアの作戦は、俺は四つの内の幾つかは避けるが、その後攻撃を喰らって死なないまでも怪我を負って戦闘不能に陥る。そんなところだろう。
それが分かった俺は、あえて攻撃を一つも避けようとしなかった。外せば大惨事の大博打だが、打った甲斐があった。
最後の最後で勇気を振り絞って腹を括った俺の勝利だ。
俺はエレノアの上からどき、手を取って彼女を立たせる。
「本当に、やるつもりなのか?」
最後の確認をするように、エレノアが尋ねて来た。
「何度も言わせんじゃねえ。やらなきゃ何も変わらないだろ」
「この分からず屋め……」
エレノアの冷たい視線が刺さる。
「死ぬぞ?」
「言ったろ? もう死んでる。生き返るために、やるんだ」
「バカめ」
短くそう言った後、「だが」と付け加える。
「それでこそお前だったな」
ふっ、とエレノアは笑う。
「分かってんじゃねえか」
「当たり前だ。私を誰だと思ってる」
「流石だぜ、相棒」
俺はそれだけ言うと、足早にその場を去ってロナのところを向かう。
そうしようとした時。
「そう言えば、この後ロナも説得しないといけないんじゃないか?」
「なんで忘れてるんだ、このバカは」
呆れた様な声が背中越しに届いた。
先程格好つけて走り出した手前気恥ずかしいが、俺は頭を掻きながらエレノアに言った。
「一緒にロナを説得してくんね?」
相変わらず締まらない奴だと笑いながら馬鹿にされた。
俺の魔導書、白紙なんだが……!? 夏野メロン @summer-melon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺の魔導書、白紙なんだが……!?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます