第11話 松田龍生

 松田龍生が佐久間の前に姿を現したのは、千寿ハルカと同じ夜だった。


 少し酔っ払った佐久間がその日6杯目のウイスキーを飲んでいると、ひとりの男が声をかけてきた。


 その男は、夜だというのに色の濃いサングラスを掛けており、顔はよく見えなかった。


「このバーに、梟って呼ばれる人がいるって聞きましてね」

 佐久間の隣のスツールに腰を降ろしたその男は、誰に言うわけでもなく話し始めた。


「誰にそんな話を聞いたんだい」

 佐久間が訪ねると、男は妙に赤い唇を少し歪ませてから口を開いた。

「千寿ハルカっていう女優ですよ」

「梟に会って、どうする」

「依頼がしたいんです」

「ほう。依頼ね」

 そこまで聞くと佐久間はアイリッシュウイスキーを唇へと運び、二口ほど飲んだ。

「手付金は100万ですよね」

「なぜ、私にそんな話をするんだ」

「梟っていう人に見えるのは、あなたしかいないからですよ」


 男は店内にいる客たちの方へと一度首を向けてから言った。


「それも千寿って女から聞いたのか?」

「ええ、梟と呼ばれる人の特徴は」

「なるほど。じゃあ、100万貰おうか」


 その男が松田龍生であるということを知ったのは、おしゃべりな口ひげのバーテンダーが聞いてもいないのに、教えてくれたからであった。


 松田龍生の依頼。

 それは実の姉である松田遥の殺害であった。


 この姉弟の間でなにが起きているのかは、佐久間は知ろうとしなかった。

 それを知ったところで面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。


 しかし、佐久間は面倒ごとに巻き込まれてしまった。

 松田龍生という男が、人を信じることが出来ないがために。


「あんたもいずれは、牧島康平や千寿ハルカと同じように口封じで殺されてしまうんだろうな」

 佐久間は自分に銃口を向けている若い男にいった。

 もしかしたら、この若い男は松田龍生の新しい恋人なのではないかと思いながら。


「徳野、殺せ。この男を撃て」

 松田龍生がそう叫ぶと同時に、地下駐車場に乾いた音が響き渡った。


 銃声を耳にしたことのない人間であれば、この男が銃声であるということに気づくことはないだろう。車のバックファイヤーの音ぐらいに思うに違いない。


 BMWのフロントガラスには、小さな穴があいていた。


 佐久間に対してリボルバーの銃口を向けていた徳野の身体がゆっくりと前に傾き、運転席のシートにぶつかる。


 松田龍生が慌てて銃声のした方へと顔を向けると、そこにはウエスタンハットを被った男が銃口を向けて立っていた。


「自分で撃つか、梟に撃ってもらうか、選ぶといい」

 佐久間はそう言うと、徳野の手から拳銃をもぎ取り、松田龍生に手渡した。


 松田龍生は真っ青な顔で拳銃を受け取ると、その拳銃をじっとみつめていた。

 それだけで絵になる男だった。惜しい男をなくしたものだ。


 佐久間はそんなことを思いながら、車を降りた。


 ホテルの地下駐車場から佐久間と吉川が出て行こうとした時、一発の乾いた銃声が鳴り響いた。

 どこか悲しげな銃声は、まるで誰かの悲鳴を聞いてるようであった。



 梟の夜-フクロウノヨル- 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

梟の夜-フクロウノヨル- 大隅 スミヲ @smee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ