第10話 美しき男

 帝都ホテルの地下駐車場に佐久間の姿はあった。


 ドイツ製の高級外車BMWの後部座席。

 革張りのシートは座り心地がとてもよかった。


「約束の3000万です。ご確認ください」

 佐久間と一緒に後部座席に座っていたスーツ姿の若い男が言い、アタッシュケースを佐久間に差し出した。


「別に中身は確認しなくてもいい。こちらは、おたくを信用している」

「それはありがたいことです。ですが、確認していただかないと、私が龍生さんに怒られてしまいます」

「わかったよ。確認する」

 佐久間はアタッシュケースの蓋を開け、中に札束が敷き詰められていることを確認した。


「しかし、またなんでこんな場所を選んだんだ。金の受け渡し場所がホテルの地下駐車場だなんて、映画の見すぎなんじゃないのか」

 苦笑いをしながら佐久間は言ったが、相手の男は表情を変えることはなかった。

「これも龍生さんの指示でして」

「なるほどね。この後、私のことを始末するのも、その指示には含まれているってわけか」

 アタッシュケースから顔を上げた佐久間は、男のことを睨みつけた。


 男の手にはリボルバー式の拳銃が握られていた。


「秘密を知った人間には、生きてもらっていては困るってわけか。これじゃあ、死体がいくつあっても足りないぞ」

 佐久間はため息交じりにそう言うと、両手を上げてシートに身体を預けた。


「運が悪かったな、梟。僕は他人と秘密を共有するってことが苦手なんだよ」

 運転席に座っていた制服、制帽姿の男がこちらを振り返りながらいった。


「あんただったのか。気づかなかったよ。姉さんよりも演技派なんじゃないのか」

 まさか松田龍生が運転手に変装しているなどとは、思いもよらぬことだった。


 松田龍生は若手俳優として世界的にも有名な男だった。

 最近ではハリウッド映画に出演し、アカデミー助演男優賞候補にもあがったばかりだ。


 確かに美しい顔をした男だった。

 牧島が惚れ込むのもわけないななどと、佐久間は思った。

 その気のない佐久間でさえも、一瞬どきりとしたほどだった。

 姉の松田遥こと、千寿ハルカとは似ていなくもないが、また違った妖艶な美しさがこの男にはある。


 松田龍生がこれほどまでに美しい男だったとは。

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