第9話 ハルカと梟

 ハルカを乗せたエレヴェーターは13階に向かっていた。

 どうすればいいのだろうかと悩んでいると、扉が開き、13階に到着したことがわかった。


「お待ちしていました、千寿ハルカさん。それとも松田遥さんとお呼びしたほうがよかったですか」

「ふ、梟……」

 ハルカは目の前に梟が立っていたことに驚き、後退りした。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。まるで幽霊でも見たような顔をしていますよ。まあ、ここではなんですから、部屋に入って話しましょう」

 梟は不敵な笑みを浮かべ、ハルカを部屋に案内した。


 部屋はスイートルームだった。

 帝都ホテルのスイートといえば、一泊30万以上はするはずである。


「なにか飲まれますか?」

 梟は室内に設置されているミニバーへ向かうと、ウイスキーのボトルを手に取った。


「の、喉は渇いていませんので結構です。それよりも、なにの御用でしょうか。わたしはこれから大事な用がありまして、あまりゆっくりはしていられないんです」

「用事っていうのは、小路のことですか。小路の件なら、梟が片付けましたよ」

「え、梟?」

「そう。さきほど、エレヴェーターで一緒になったでしょ、梟と」

 ハルカは、この男が何を言っているのか理解できなかった。


 梟は、あなたじゃない。

 そう言いたかったが、ハルカはその言葉を口に出来なかった。


「あれ、会いませんでしたか? ウエスタンハットの若い男ですよ」

「あ……」

 ハルカは思い出した。

 ウエスタンハットを被った青年。ハルカに13階へ行けと指示した青年である。


「彼が、梟です」

「何を言っているんですか、梟はあなたじゃ……」

「私が梟? いつそんなことを言いました。私は同じ鳥でも、どちらかといえばサギの方ですかね」

 男は笑いながら言った。


 ハルカには何がそんなにおかしいのか理解できなかった。


「まあ、同じ鳥でも、梟は猛禽類だけどな……そうだろ、吉川」

 佐久間の視線が自分にではなく、自分の背後にあることに気が付いたハルカが後ろを振り向くと、そこにはウエスタンハットを被った青年の姿があった。

 先程、エレベーターの中で出会った青年である。


 ウエスタンハットを被った青年の左手が素早く動き、ワルサーPPKの銃口がハルカの額に突きつけられた。


「ワシやタカなどが『動の猛禽』と呼ばれるのに対して、梟は夜の森の静寂の中で羽音も立てずに獲物を捕らえる『静の猛禽』と呼ばれる。なぜ、彼が梟と呼ばれるのかわかるかい。それは彼が静の猛禽だからだよ」

 男はそう言うと、何かの合図を送るかのようにうなずいた。


「え、ちょっと、ちょっと待って。なんでわたしが」

「これも仕事でね」

「待って、最期に、最期にひとつだけ教えて。誰が私を……誰が私に梟を送り込んだの!」

 ハルカは泣き叫ぶようにして、目の前にいる男に言った。


 ウエスタンハットの青年は銃口をハルカの額に押し付けたまま、もうひとりの男の方へと視線を送った。どうやら、男に伺いを立てているようだ。


「普通なら何も教えないところだが、あんたには特別に教えてやるよ。あんたを殺すように依頼してきたのは、あんたがよく知るリュウセイくんだよ」

「え、リュウセイが……」


 ハルカは絶句した。

 すべては龍生のためにやってきたことだった。

 牧島と龍生の関係に気づき、牧島にやめるよう頼んだのも、断られて殺すしか無いと思ったのも、実際に殺すために梟を雇ったのも、すべては龍生のためにやったことだったのに。


 大きな瞳から涙がこぼれ落ちるのと同時に、ワルサーPPKが銃弾を発射した。


 空気を裂くような、小さな音がしただけだった。


 波を打つようにハルカの頭が揺れた。

 そして、膝から下の力が入らなくなり、身体が床へと崩れていった。

 その姿はまるで糸の切れたマリオネットのようだった。

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