僕が僕であるために

@musinohajime

僕が僕であるために

 少年は決心した。少年は立ち上がり、リビング目掛けて階段を駆け降りた。少年は父親の前に立ち、口を開けた。が、なかなか言葉が出ない。少年は父親の反応を分かりきっていた。どうせ、恥ずかしい思いをさせられるのだ。しかし、ここで宣言しなければもう後はないと思った。ということもあるが、やはり、衝動に駆られてしまっては仕方がない。彼はいつも衝動的である。やっぱり、父はそういう反応を示した。少年はいつも言うのが唐突だったから、蔑むような目つきで見られて大体はまともに相手をしてくれなかった。ただ、今回に関してだけいえば、親としては当然のことだが、息子に学校に行ってほしいと思っていて、今回の驚き方は割と積極的な方だった。しかし、無理矢理にというほど望んでいた訳ではなかった。それは、父親自身仕事を探すことで手一杯だったし、それよりも、息子が正常な状態に戻ることの方が先だった。こっちに避難してきてから彼の話を何度も聞こうとしたが、彼は口を閉じたままだった。それどころか、日が経つにつれて自分の部屋から出なくなり、時々そこから唸るような叫び声が聞こえるようになった。だから、親にとってこの変わりようはかなり奇妙で、何があったのか知りたい気持ちも勿論あったのだが、彼がもたないと思い、これ以上何もしなかった。

 その夜、少年は新しい中学校へ行くための準備として、クローゼットからビニールのかかった制服を取り出した。そのとき、あのとき着ていた制服が目についた。少年はまた思い出してしまった。そうなることは分かっていたから、こっちに避難する際に処分しようかと思っていたが、これを捨ててしまっては少年の古里が本当に消えて無くなってしまうみたいで、怖くなって捨てられずにいた。少年の古里はもうここにしかいない。

 少年は父親に担任の先生が門の前で待っていることを告げられてからドアを開けた。少年は空が眩しいと感じた。こっちに避難してから初めての東京の街。東京はコンクリートの要塞である。そして、この要塞には果てがない。少年は見知らぬ街の外国人である。ここに少年の思い出は何一つない。ただ、思い出の街はもう消えた。少年の街は飲まれて無くなったのだ。少年はこの要塞に囲まれ、脅され、飲み込まれながら、押し出された勢いそのままに学校へ向かった。

 言われた通り、校門の前には愛想の良い顔つきをした男の若い先生がた立っていた。少年は先生の後ろに隠れる様にして教室までついていった。廊下を歩いているとドアの窓から教室の中が見える。少年はなるべく教室の反対側を歩いた。こんな大人数に見られるのは初めてだった。元々いた中学校より校舎や校庭は小さかったが、ひとの数が尋常じゃなかった。教室の隅から隅まで人がいる。

「入ったら自己紹介してね」

そう言って先生は教室のドアを開けた。少年の鼓動は自身でも解るぐらいに高まっている。少年はところどころ汚れた木の床と睨めっこしながら教壇の前に歩いていった。少年は独り言の様に話し始めた。少年の態度は空気を緊張させた。

「東北の方から来ました。よろしくお願いします。」

少年の席は一番後ろの席だ。朝学活が終わると少年の席はブラックホールと化した。少年は立て続けに質問をされた。転校生だから仕方がないし、これは転校生の必ずぶち当たる運命であり、試練だと思っていた。だが、やっぱり少年には鬱陶しく、なるべくそこで完結する様な返事を考えて返していた。

 午前中の授業をこなし給食の時間になった。前の学校は弁当の様な冷たいものだったので、給食がとてもおいしかった。だけど、周りの奴らは不味い不味いと露骨に口に出し、少年を不愉快にさせた。

「こんなん誰が食うんだよ」

そう言って隣の男子が盛り付けられたご飯をカゴにもどした。少年は拳を強く握った。爪が食い込んで痛い。そして、少年は隣の男子の頬を少年の出せる限界の力で振り抜いた。配膳ワゴンの上の給食が全てひっくり返った。少年は飛ばされた男子の上に乗っかった。

「お前は出された飯も食えないのか。じゃあ、飯が食えない奴らはどうしろって言うんだよ。」

少年は男子の髪を引き上げた。抵抗されてもやめなかった。より、強く引き上げた。

ようやく先生の仲裁が入り、別室で話し合うことになった。この議論は概ね少年の主張が正しい様に見えた。しかし、手を出したこと、少年も給食を無駄にしていること、これを見ると先生も少年を叱るしかなかった。少年は座っていた椅子を蹴飛ばし、ドアを突き破って教室を出た。少年は涙を振り撒きながら、家へ走っていった。

 少年は元の状態に戻ってしまった。少年は奇声を上げながら、何か物を強い力で叩いていた。そして、時より泣き叫ぶ。あのときの侮辱されたことに対する怒りに殴られ、心が落ち着くと現れる自分の惨めさに蹴られ、それを跳ね除けようと物を壊す。少年はそれしかできなかった。

 あれから3日が経った。先生が少年の家を訪ねた。先生が来たとなると少年も部屋を出ざるを得なくなった。

「無理に来てとは言わない。ただ、文化祭は来てみてはどうだ。ギター弾けるんだろ。出ないか、ステージに。」

「考えます。」

もう学校には行きたくなかった。ただ、弾き語りを一曲練習していたのだ。それは、学校に行くと決心するきっかけになった曲だ。この学校のために歌うわけではないが、今、自分が頑張っている姿をあの頃の皆んなに届けたかった。この歌なら届けられるのではないか。そう思った。

"僕が僕であるために"

 文化祭の日になった。少年は裏の門をこっそりくぐり、担任の先生が待つ職員室へ向かった。

「来てくれたんだ。よかった。君の出番は最後だよ。名前は伏せてあるから。スペシャルゲストだね。がんばって。」

少年にとってトリにされたのは余計なお世話だと思ったのだが、誰かに期待されているということがとても嬉しかった。少年は自分の出番になるまで体育館の隅で待つことにした。

 そこに、あのときの奴らがやってきた。少年は顔を少し伏せた。

「お前も来てんのかよ。」

あのとき少年が殴った男子が絡んできた。少年は無視し続けた。

「なんか言えよ。お前やることないだろ。」

「君がどういう人生を送ってきたかは知らない。だが、きっと僕より幸せだよ。きっとね。」

少年は笑われた。男子たちは蔑むような目をしている。少年も笑った。少年は笑いながらステージの方に向かった。

 マイクの前に立つ。少年は大きく息を吐いた。

"僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない

正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで"


 少年はこの日、古里に戻ることになっている。ようやっと向こうの復興が進み、家と仕事が見つかったのだ。少年は怖かった。きっと変わり果てて、自分の知っている街じゃない。新幹線で一時間。仙台駅で降り、タクシーで新しい家まで行った。

 家に着いた。とても綺麗だ。とても綺麗だけど、何もない。まだ何もない。少年は引っ越し準備が終わるまで、前に通っていた中学校、今度から通う中学校に行くことにした。

 校門の前には男子生徒が立っていた。もしかして。少年はそう思った。やっぱりそうだ。あのとき一番仲が良かったあの子だ。久しぶりだ。少年は背負っていたギターケースを大きく揺らしながら、走っていった。

「久しぶり。」

「まだ、ギターやってたんだね。」

「うん。」

「何もなくなっちゃったね。」

「うん。」

少年たちの目にはどこまでも広がる草原が写っている。これからどの様な街になるのか。

「練習した曲があるんだ。きいてくれる。」

「いいよ」


"心すれちがう悲しい生き様に

ため息もらしていた

だけど この目に映る この街で僕はずっと

生きてゆかなければ

人を傷つける事に目を伏せるけど

優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく


僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない

正しいものは何なのか それがこの胸に解るで

僕は街にのまれて 少し心許しながら

この冷たい街の風に歌い続けてる"


 


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