とある少年の起点 その2

 それは、ファム・ムーの家の前を通っていたある日の事。


 ファム・ムーと、ある男が会話をしているのを偶然僕の耳が捉えた。


 そこで、信じられないような話をしていたのだ。


 その話というのは、簡単に言うと兵として雇い入れてもらえるかもしれないから、とある日に集まってもらいたいというものだった。



 あの噂は本当だったんだと、確信を得たと同時に僕はこう思った。


 もし……僕がこの仕事に応募したら?


 そして、安定的な収入を手にすることが出来る職に息子が自ら志願し、運悪く落ちてしまったとしたら。


 天才的な閃きをしたと思ったよ。



 それまでの僕はとある結論に到達していた。


 働こうとしないのが悪いんじゃない。働く意志を見せなかったのが悪かったのだと。



 これまで僕は一度も働く意志を見せなかった。


 母さんが持ってきてくれた仕事をいつも断り、自分でも仕事を探さない。


 だから、母さんは呆れて、その場任せに僕に家から出て行けと言ってしまったのだとね。



 それからの僕は早かった。


 母さんに事情を説明してその日までは家に居させてくれと交渉。


 もちろん、母さんは大喜びで承諾したし、僕も嬉しさを噛み殺しながら頑張るよと言った。



 え? 本当に働く気があるのかって?


 そんなのあるわけないじゃないか。


 話から察するに、ファム・ムーは手当たり次第に声をかけている様子だった。


 それなら、呼ばれてもいない僕が会場に無断で侵入する事もできるだろうし、何より、兵士として正式に採用されるのはごく一部の可能性が高く、そのごく一部と言うのは武に秀でている奴のはず。


 という事は、弱い僕は最初から勝てるはずもない戦場に裸で向かっているのと同じわけだから万に一つの可能性すらない状態で会場に赴くわけだ。



 ここまで言えば誰でも分かるだろう?


 僕は最初から兵になるつもりはない。


 思い描いているシナリオは、頑張ったけど落ちて、酷く落ち込んでいる僕。そういった雰囲気を醸し出し、次の職を探す気力が無いからそれまで家に居させて欲しいと母さんにお願いするんだ。


 そうすれば母さんも考えてくれるはず。


 働く気があると思わせればこっちのものだし、何より、これまで一度も何かを頑張った事のない一人息子が、初めて貴族様の兵になろうと頑張る。


 そこまですれば、息子も変わったんだなと思うだろう。まだ家に居てもいいと言われるかもしれないし、まだ働かなくて済むかもしれない。


 そう。こんな僕はまぐれでも起こらない限り、兵になれる訳がないんだから。



 僕の心の中ではここを切り抜けたら、当分は家で自堕落な生活を送れるという未来が手に取るように想定できている。



 ふふふ……


 この会場に潜り込み、雇用待ちの列に並ぶ事無く、解散まで耐える。


 あの列に並ぶ事さえしなければ、絶対に雇用されることはないんだからな。


 ほんの少しの可能性すら残すことなく、じっと会場の片隅で時間が過ぎるのを待つ。


 あと少し。あと少しだ。


 列に並ぶ者達は50人から40人……そして20人と着実に少なくなっていく。


 僕が合格すると予想していた者達は殆ど全員が合格し、中でもあのネイキッドは貴族様が笑顔になるぐらいには高評価だったようだ。



 おっ、あいつで終わりか。


 僕が目を離した隙に最後の一人が終了したようだ。


 よし、これでやっと帰れ……


 

 ゾワゾワ


 ビクッ!


 な、なんだ?


 僕は嫌な予感を感じ、その感じた方向に目を向ける。


 

 き、貴族様……っ、目が合ってしまった。


 運悪く、貴族様と目が合ってしまう僕。



 咄嗟に僕は貴族様と目を逸らす。



 慌てるな。冷静を保て……


 目立つことは極力避けてきた僕。


 そんな僕が最後の最後でやらかしてしまうとは。



 だ、大丈夫だ。まだ、何かあった訳では……


 その瞬間。



 ゾワゾワゾワッ!


 っ!


 さっきよりもデカい危険信号。


 僕は意識する間もなく、その場所から右に逃げるように飛び避ける。


 すると、ほんの数瞬遅れて……



 ガシャン!


 物が破壊される音が聞こえる。



「へぇ……あれを避けるのかい」


 

 こ、こいつは……


 僕は受け身を取り、自分がいた場所に目を向けると、そこにはある人物が立っていた。



 貴族様の後ろにいた護衛……


 真っ赤な髪を持つ女性。


 ゾワ……


 僕の体が警鐘を鳴らしている。


 こいつから早く逃げろ。お前には敵わないと。


 

 ……うるさいな。


 さっきから鳴りやまない警鐘。


 そのうるささに嫌気がさしながら、どうすればあの相手に勝てるかを模索する。



 ……待て。僕は何考えているんだ?


 この人と戦って、勝つだって?


 この僕が?



 明らかに冷静じゃない。ふぅ、先ずは落ち着け。


 僕はこれからどうすべきか。


 どうやったらこの場を安全に切り抜けられるかを思考する。



 ……これしか方法はなさそうだ。


 僕は小さくため息をつくと両手を上げ、相手を見る。



「なんだい? もう降参かい?」


「いえ、元から戦うつもりすらなかったのですが……」


「つまらないね。じゃあ、一緒に付いてきてもらうよ」


 赤髪の女性はつまらなそうに僕を見る。



 何で一緒にいかないといけないんだ!


 僕は絶対に吐けない言葉を心の中で吐き捨てる。


 どうせここで抵抗しても結末は一緒だ。



 仕方ない……か。



「分かりました」


 こうして僕は、連行される事となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼畜ゲーとして有名な世界に転生してしまったのだが~ゲームの知識を活かして、家族や悪役令嬢を守りたい!~ ガクーン @gaku-n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ