こ と ば


『言葉』は文化を形にした

秩序を作った、感情を伝えた


だが、ワタシ達が理解するには

数が多すぎた


いちいち余計で、いちいち足りない

簡単なのに、難しい

熱すぎて、冷たすぎる


そして、ワタシ達は決めた

こんなに疲れるのなら、言葉なんて


一つだけに、してしまえと



「……」


 少年は、雨が打ち付ける電車の中で、どこかで拾ったであろう手記を、無言で読み進めていた。言葉を発する事が出来ないが、文字の理解は可能らしい。


(雨の日は、言葉狩りの動きが鈍って倒しやすくなるし、雨水で貴重な材料が流れてくる事がある。でも電気を一切作る事が出来ないし、いつまで降り続けるか予想出来ない。大人しく、ここにいよう)


 兜のリガルが、頭から話しかけてきた。少年はそう言われて、手記を電車の中にある備蓄ボックスに入れると、窓から雨が降る外を眺めた。


(天気予報装置がクラフト出来るようになれば、探索効率も上がるよ。イーツボックスで食事も確保出来たし、しばらくは一安心だね)


・・・ --- ・・・


・-・・ -・- ・-・-- ・・ ・・-・ ・-・・ ・・・ ・--・ -・-・・ -・・- --・-・ -・


 そこに突如、兜が何かを受信して、ツートン音が頭に流れてきた。相変わらず少年は、モールス符号を理解出来ず、どうすればいいか分からない。


(これは【救難信号】だね。実は君以外にも、廃頽世界で探索してる人間プレイヤーがいるんだ。ただ——この信号に関して、ボクは受信をする事しか出来ない。君がモールス符号を扱える様になったら、CQ交信が出来るんだけど——)


 少年は、右手の甲にあるパドルを見た。他の人間プレイヤーと合流が出来れば、探索において心強い味方になるだろう。しかし、モールス符号のやり取りが必須である以上、言葉の解読と発信する技術が必要だ。


(外は雨だし、今日はボクが軽くモールス符号を教えてあげるよ。まず、さっき受信した【救難信号】だ)


・・・ --- ・・・


(これは『SOS』という、廃頽世界はいたいせかい共通の救難信号だ。三文字だけど、間を入れずにツツツ、ツーツーツー、ツツツと打つのがコツだよ。やってみて)


 不器用ながら、少年はリガルに言われた通りにゆっくり右手のパドルを操作する。ツ・ツ・ツ、ツ——、ツ——、ツ——、ツ・ツ・ツと音が鳴る。


(その調子。それを、もうちょっと早く打ち込むんだ。そうしたら、信号として他の人間プレイヤーに、ボクから発信する事が出来る)


 少年は、何度かツートンと打ち込んでみた。シンプルな信号な為、タイミングさえ分かれば、そこまで難しくない。次第に救難信号として完成する。


・・・《S》 ---《O》 ・・・《S》


(うん。やっと形になったね。これで困った事があれば、他の人間プレイヤーに助けて貰えるけども、意図を伝えられるように、符号を覚えていかないと。——そうだ。今日は雨で動けないし、ボクが『あ』と『い』の打ち方教えてあげるよ)

 

--・--


(これは、『あ』だよ。ツ——、ツ——、ツ、ツ——、ツ——と、君の右手で打ってみるんだ)


--・--《あ》


 少年の手から、一文字のモールス符号が完成する。しかし『あ』の段階で、長音と短音が組み合わさる為、覚えるのにも苦労しそうだ。少年が軽く首を傾げながら打っていると、リガルが言った。


(うーん。『あー言うと、こー言う』って語呂合わせで、覚えたら良いかも)


--・--《あ》


 リガルの言った語呂合わせをイメージしながら、少年はツ——、ツ——、ツ、ツ——、ツ——と、符号を打ち込んだ。


(そうそう。そんな感じ。初めは取っ付き難いかもしれないけど、メッセージが分かるようになったら、きっと面白いよ)


 慣れてみると、シンプルな音並び。繋げて解読するには難しそうだが、相手の言葉として聞き取れたら脳汁ものだろう。


(次は『い』だね。これは、ツ、ツ——って短音と長音一個ずつの並びだよ。イトウって覚えると、簡単だからやってみて)


・-


・-《い》


 リガルの符号に返信するように少年は右手で、ツ、ツ——と打ち込んだ。意味が分かって面白くなってきたのか、何回も何回も少年は符号を打ってしまう。


--・--《あ》 ・-《い》

--・--《あ》 ・-《い》 

--・--《あ》 ・-《い》


(楽しくなってきたみたいだね。じゃあ——他の文字も、順番に教えてあげてもいいけど——その前にこの廃頽世界で、一番大事な単語を教えてあげる)


---- ・・-・・ -・・・ ・・


 長音の連続の後、複数の短音に一つの長音。教えてもらった『あ』でも、『い』でもない為、流石に少年も理解出来ない。


(これはね『ことば』って並びだよ。次は、一文字ずつ打ってみるから聞いてみて)


----


(これは『こ』だよ。長音四つの並び。コージーコーナーって覚えるといいかもね)


・・-・・


(次に『と』——これはね、『あ』と長音と短音の並び方が逆なんだ。特等席とくとーせきってリズムで覚えてみよう)


-・・・ ・・


(最後に『ば』これは少し複雑で、『は』って文字に、濁点を付けなくちゃいけない。『は』は、ツー、ツツツって打ち方で、ハーモニカって口遊みながら、短符一個分の間隔あけてから、二回短音を入れるんだ。じゃあボクの後に、続けて打ってみて)


----

----《こ》


・・-・・

・・-・・《と》


-・・・ ・・

-・・・・・


 少年はリガルの後に続けて符号を打ち込むが、最後の『ば』だけ、間隔を空けずに短音を連続してしまった為、文字として完成しなかった。


(うーん——やっぱり、すぐには出来ないね。モールスは君が生きていく為に、大事な『言葉』になる。だから、ボクと一緒に時間をかけて、ゆっくり覚えていこうね)


 少年は静かに頷いた。これを聞き取り、誰かに伝えるには時間が必要だろう。しかし、これが世界の謎に迫る鍵であり、唯一の言葉なのだ。


「……」


 無言でリガルから教えられたモールス符号を、少年なりに練習していると、外の雨が弱まってきた。少年は、ゆっくり電車の入り口から外を見てみる。


「……」


 雨水に流れてきたのか、少年の立つ入り口に何かの文字が刻まれたアルミプレートが、浮いている。少年はそれを拾って、目で読む。



「ことば」は あらそいをはじめた

「みらい」と「かこ」が しょうとつした


じんぞうにんげんは 上に

ぼくたちにんげんは 下に



 プレートにはそれしか書かれていない。リガルもこれを把握しただろうが、何も言わずに沈黙を貫く。少年は電車の入り口から見える、聳え立つビルを見つめた。


『現在』が迷子と化した、廃頽世界はいたいせかい。自然と文明が混ざり合うこの場所で、少年が目指すのは地上か——地下か。モールス符号を自ら理解しようとするか否で、その道筋は決まるだろう。

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頽廃世界のモールス・キュレーション【第一層】 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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