した と うえ


 お腹を満たし、身体を休めた少年は、歩く元気を取り戻す。イーツボックスからコードを抜いて、空を見上げると先程より日差しが赤く染まっている様に見える。


(この世界は、昼と夜があるんだ。君が電気を作れるのは日差しがあるお昼だけ。夜は、電気を作れないから、探索は控えた方がいいかもね)


 少年はふと左手首を見た。そこには、電気残量を表しているであろうデジタル数値が、黒字で確認出来る。埋め込まれた灰色のモニターには、80%と表示されている。



(電池切れを起こすと、イーツボックスが使えないし、ボクがモールスを訳してあげられない。だから、君一人でなんとかしなくちゃいけなくなる。——まず、左側に向かって歩いてみようか)


 リガルの指示に合わせて、少年は歩き始めた。かつて繁栄したであろう文明を残す世界は、くさに阻まれて活動を停止しながらも、時間は進み続けている事を見る者に印象付ける。


(ここはね、廃頽世界はいたいせかいって場所なんだ。君には、この先にある塔の上を目指して欲しい)


 しばらく進むと、辿り着くには一日はかかるであろう森の奥から、空に向かって聳え立つビルが少年の視界に入った。その巨大な建造物にも、くさが伸びて、まるで領土の奪い合いのようだ。


(ボクはただ、君にそう頼む事しか出来ない。その為に、色々手助けはするつもりだよ)


 リガルの話を兜の内側から傾聴しながら、歩き続けていると、地下シェルター入り口の様な場所を横切った。何かに惹かれて足を止めると、説明を求めて少年は指差した。


(ここは——君の知りたがってる事が分かる場所だよ。でも、あの先は日差しが届かないし、ボクを機能停止ジャミングさせる電波が張られてるんだ。君一人なら、行けるだろうけど)


 少年はその先に行けない事を察すると、再び歩き出した。リガルはそれ以上、地下に関して何も教えようとしなかった。


(君が電気の使い方と、モールス符号を全て理解したら——改めて、来てみたらどうかな)


 どこか諭す様な言い方をするリガル。少年が廃頽世界はいたいせかいを歩いていると、ガシャン、ガシャンと、軽くも重たい中途半端な足音が近付いてくる。少年は、一度足を止めた。


(あれは、【言葉狩りコトバガリ】だよ)


 リガルが注意を促す様に言うと、瓦礫の奥から甲冑が一体、闊歩してきた。面頬めんぼうは鬼の人相をしていて、目庇まびさし下にある暗闇の隙間からは、赤い眼光が覗いている。


-・・-・ ・・- ---・- ・・・- ・・ --・・- ・-・・ ・・ ・・・- --- -・--・ -- 


 言葉狩りは、ゆらりと少年の方を向くと話しかけるように電子音を発した。すると腰に備えている日本刀に手を掛け、今にも抜刀しそうな構えをした。


-・・・ ・-- ・・・- ・-・・・ ・・- ・・-・ -・-・ ・-・・ -・--- --・ ・-・ -・-・- ・- 


(言葉狩りはね、発信した事に相手が返信しないと襲ってくるんだ。君なら——倒せるかもしれないけど、今は武器もないし、体力も無い。ここはボクに任せて)


-・-・・《き》 ・---《を》 ・--・《つ》 -・--《け》 ・-・--《て》 ・-・・《か》 -・---《え》 --・《り》 -・・-《ま》 ---・-《す》


 兜の中からリガルが発する符号を、少年は一瞬だけ個別に理解するが、繋げて言葉にするには複雑で結局、何を言葉狩りに伝えたか、分からないままだった。


-- --・ ・・-・- ・・-・ -・・・ --・-・ ・-・ ・- ---- ・・-・・ -・ ・・ 


 リガルへ返事をする様に、言葉狩りは電子音を発すると、日本刀を抜かずにそのまま、ゆらりと歩き出した。発する音は一昔前、姿は更に一昔前の戦時を想起させる。少年は静かに、離れて行く甲冑を目で追う。


(言葉狩りには、内蔵電池バッテリーが備わってる。もし倒す事が出来たら、上の階層を目指す為に役立つかもしれないし、探索も便利になるかもね)


 リガルの言葉を聞いているうちに、ゆっくりと空が赤く染まってきた。目覚めて、見知らぬ事ばかり起こるせいか、時間経過が早く感じるだろう。


(今日はもうすぐ日が暮れる。その前に……活動拠点を決めとこう。たまに雨も降るし、屋根付きの廃墟を根城にしといた方がいいね)


 少年はまだしっかりした形を保つ、一車両の電車を見つけた。中に入ると、くさが所々生い茂っているが、ふかふかの座席、見通しの良い窓。一晩過ごすには、丁度良い物件だろう。


(辺りに、色々落ちているね。もっと探索したら、発電機とか武器とか発信器とか——今後、役に立つ物がクラフト出来るかも?)


 リガルのアドバイスを聞きながら、少年は車内の長い座席に座った。真っ赤だった日差しは、次第に暗い色に変化して、辺りは夜になっていく。


(今日はもう、出かけない方がいいね。ここでゆっくり休もう)


 少年はふあぁと、あくびをした後にグッと兜を外そうとしてみた。しかし、外れそうで外れない。厳つい三本ツノは、寝る時に邪魔そうだ。


(眠そうだね、おやすみ……)


 少年の不服は受け取らず、コードを通じて睡眠欲だけ感知したリガルは、眠るように促した。すると少年は、操作されるように座席上で仰向けになると、そのまま寝息を立てて眠ってしまった。


(これから一緒に頑張ろうね。君は、好奇心で上を目指すのかな。それとも探究心で下を目指すのかな。どっちか分からないけど——君はそのうち、世界の真実に辿り着けると思う。何故なら——)


 鎧兜のリガルは、眠っている少年に対して電子音を発した。今は、全く分からないモールス符号。この廃頽世界を唯一繋ぐコード。いつか少年にも、この『言葉』の意味も分かる時が、くるのだろう。


-・-・・ ・・-・- -・・・ -・・ ・・ ・・・- ・-・ ・-・-・ -・ ・・ ・-・・ ・・・ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る