第45話
「婚姻の申し出は断られた。
かの国は、我が国との友好を拒んだ。
よって、ベルダ王国国王の名において、チタ王国への進軍、及びその征服を命じる。
第3王子、前へ出よ」
「はっ!」
「お前を今回の総司令官に任じ、その指揮権の全てを委ねる。
第2、第3騎士団を連れ、見事その任務を果たしてくるが良い」
「かしこまりました」
「お待ちください!」
謁見の間、国の重鎮や大勢の貴族達が居並ぶ中で、ケインが大声を張り上げる。
「・・何だ?
今がどういう時であるか、理解しておるのか?
王子と雖も無礼は許さんぞ?」
国王が煩わしそうにケインを見遣る。
「恐れながら、私は今回の戦には反対致します。
かの国は、決して我が国との争いを望んではおりません。
婚姻の申し出を断ってはきたものの、その態度や文面は非常に丁寧、かつ、誠意に溢れておりました。
元々、こちらの要求自体に無理があったのです。
ミランとの戦の後遺症も未だ癒えぬ今、敢えてチタ王国と事を構える利はありません」
「黙れ!
陛下のご決定に不服があると申すか!」
第3王子がケインに激怒する。
「そう申しております」
「・・お前は余の判断が誤りであると申すのだな?」
国王が無表情になる。
「はい!」
「良い機会だ。
皆の者、よく聞くが良い。
この国の次期国王には第3王子を充てる。
ケインは王位継承権剥奪の上、辺境での謹慎処分とする」
「お断り致します」
「何!?」
「断ると言ったのです。
陛下には、今この場で退位していただきます。
これ以上、この国を無能者に任せる訳には参りませんから」
「余を無能と申すか!」
「そう言っております」
「衛兵!
この無礼者を捕縛せよ!
牢に入れた上、近日中に斬首してくれる!」
「・・言っておきますが、私のレベルは現在107です。
私を捕縛しようとするなら、当然の如く、抵抗しますよ?」
動き出そうとした衛兵達の足が止まる。
周囲に居る者達からも、一部でどよめきが起きる。
「それに、さすがの私も味方なしに陛下に喧嘩を売ったりはしません。
私の専属メイドであるサリーのレベルは105、そして私を支持してくださるアリア将軍のレベルは152、そのご息女であるマリアさんのレベルは144。
そちらにいらっしゃるアリア将軍は言うに及ばず、他の方々も直ぐにこの場に来られるよう、城内に待機していただいております。
何なら、今この場で陛下の首を取りましょうか?」
「レベル107だと!?
・・お前がそんなに強いはずがなかろう。
メイドが105?
馬鹿も休み休み言え。
誰か、そやつを始末しろ。
この場での抜刀を特別に許す」
ケインの言葉を一笑に付した国王が、将軍や近衛の方を向きながらそう口にした。
1人の将軍が前に出る。
「私が始末致しましょう」
今回の戦に、第3王子と共に参加する予定のその将軍は、己のレベルが98であるため、自身の勝利を疑わなかった。
「・・馬鹿な人」
アリアが隣でそう呟いたが、それをケインに向けたものと解釈したその男は、『全くですな』と余裕の笑みを浮かべ、彼の前に立つ。
「大人しく冷や飯でも食っていれば良いものを、不相応な夢を見るから死に急ぐ羽目になるのです。
・・お覚悟」
「貴方の事は良く知ってますよ。
軍の暗部を率いて、大分この国の評判を落としてくれましたからね。
私の手で裁けてちょうど良かった」
「死ね!」
将軍が抜いた剣ごと、彼の身体を縦割りにするケイン。
アークがケインに与えた魔界の剣は、いとも簡単に将軍の鎧を真っ二つにする。
「「「!!!」」」
国王を初め、第3王子派の連中が、口もきけずに目だけを大きく見開く。
「この汚物を、メイド達に片付けさせないでくださいよ?
そんな事をさせたら、直ぐに貴方の首を刎ねますからね」
真っ青になっている国王を見ながら、ケインが冷静に言い放つ。
「・・こうなってしまった以上、チタ王国との戦争は、好きにすれば良いです。
もしかの国に勝てれば、貴方は殺さずに幽閉に止めましょう。
ですが、もし負けた場合、貴方には自害していただきます。
それから、今回の戦に騎士団の騎士を参加させる場合、彼らの意思を尊重してください。
嫌がる者を、強制的に参加させないように。
・・恐らく、誰一人帰還できないでしょうから」
それだけ言うと、ケインは静かに謁見の間を去って行く。
それに、アリア将軍が無言で従う。
更にその後を、ケイン派の貴族達がぞろぞろ続いて行った。
「誰か奴を止めろ。
討ち取った者には褒美を与えるぞ」
国王の力ない言葉に、残った3分の1に満たない貴族達の中で、反応する者は1人もいなかった。
「もう直ぐチタとの国境だが、敵兵の姿が全く見えないな」
「・・我々にとっては、彼らが抵抗しないでくれれば、その方が良いでしょう」
総司令官である第3王子と、その副官である将軍が、前方の荒野を見ながらそう呟く。
目印である涸れた小川を超えれば、そこはチタ領だ。
だが、2週間前まではかなり高かった軍の士気は、今は見る影もないほど衰えている。
その理由は分っている。
人員も物資も、当初計画していた5分の1も集まっていない。
あの謁見の間での出来事の後、辛うじてその場に残っていた貴族達の中からも、多くの離反者が出た。
次期国王が誰になるか、現国王がどうなるかが明らかになった今、わざわざ自滅の道を歩む者はそういない。
他に進める道が無い者達だけだ。
騎士団員も、その大半はアリア将軍の下に集った。
彼らの唯一の希望は、チタで占領した町や村から少しでも多くの金品を強奪し、それを持って他国に亡命することである。
ケインから、『貴方の王位継承権、並びに王族としての身分は、この戦が終わり次第、直ちに剥奪するからそのつもりで』と釘を刺された第3王子。
副官の将軍も、戦後はその地位を解任され、領地没収の上、平民落ちが決まっている。
この機会に国内の膿を全て出し切りたいケインによって、その出兵は許されたものの、彼らにはもう後がないのだ。
現国王は既に謹慎処分を受けて自室から出ることもできず、その王妃や王女達は、王族としての身分を剥奪された上、手ぶらで其々の実家へと追放された。
現在は、大臣を初め、上級官僚にまで粛正と改革の手が及んでいる。
事前にそれを察知し、慌てて国外に逃げようとした者達もいたが、何故か、そういった者達の資金が立て続けに何者かに根こそぎ盗まれて、彼らは身動きが取れなかった。
その反面、暫定的に国王の地位に就いたケインにより、下級官僚やメイド達の給金が適正額まで引き上げられ、騎士団の序列も、貴族としての身分ではなく、実力と熱意によるものに改められた。
彼によって、アリア将軍は唯一の元帥の地位に就き、国の軍事顧問として、国王の相談役にまで昇り詰めた。
空いた将軍の地位には、アークによってベッドの上で説得されたマリアが就く予定である。
「あのラインを超えれば、我々にはもう後がない。
亡命先が見つかるまでは、ずっと放浪の身だろう。
・・覚悟は良いか?」
第3王子が副官の顔を見る。
「既にできております」
「そうか。
ならば号令を」
「はっ」
将軍のかけ声で前進した2000人弱の軍隊を、非情な運命が襲う。
「・・超えてしまったのね」
チタ王国の領土に入った第3王子達の前に、たった1人の若い女性が立ちはだかる。
人間でないのは明らかだ。
「何奴だ!?」
「言っても意味ないわ。
どうせ直ぐに死ぬのだし」
その言葉が、彼らが耳にした最後のものであった。
「終わったの?」
自宅に帰って来た俺を、アリサとアイリスが出迎える。
「ああ。
派手にやろうかとも考えたが、戦意の衰えた者達を、あまり嬲るのもどうかと思ってな。
魔王クラスの眷族1人に全て任せた」
「お風呂にでも入る?
それとも食事にする?」
「風呂を先にするよ。
その後で、腹一杯お前達の料理を食べたい」
「分った。
私が身体を洗ってあげる。
アイリスは食事の用意を進めていて」
無言で頷くアイリスを尻目に、アリサが俺を浴室まで引っ張っていく。
当然の如く、単なる入浴だけでは終わらず、約3時間後に出てきた時、料理が冷めた事に腹を立てたアイリスに、俺だけ腕を抓られた。
「今まで本当にありがとうございました。
僕が国王になれたのも、この国が再出発できるのも、全てアークさんのお陰です。
僕の判断だけで可能なものなら、お礼として何でも差し上げますので、遠慮なく仰ってください」
晴れて国王の座に就いたケインから、彼の自室でそう声をかけられる。
彼の父であった元国王は、出立した軍が消滅したという知らせを受けた後、謹慎中の部屋で、震えながら毒杯を煽った。
ケインは来週に、サリーとの婚姻の儀が控えている。
いつもなら側に居るはずの彼女がこの場にいないのは、ドレスの仮縫いの最中だからだ。
「なら例の、芋畑用の土地をくれ。
それだけで良い」
「それだけで宜しいのですか!?」
「ああ。
それからこれは、俺からの結婚祝いだ。
白金貨2000枚な」
少し重いその革袋を、ケインに手渡す。
「そんな!
していただいてばかりだったのに・・」
「今後は色々と出費が
良い国を作っていけよ?」
「・・はい。
ありがとうございます。
このご恩は、王家で代々伝えていきますから」
涙ぐんだケインの頭を軽く撫でた俺は、静かに姿を消した。
「これでお別れなのかしら?
もしそうなら、私にあなたの子を宿させてくれない?」
国を出ると伝えに行ったアリアさんの自室で、しんみりとそう言われる。
「俺は自分の子を持たない主義なので・・。
それに、俺としては、今後もアリアさんとの関係を続けていきたいのですが」
「本当!?」
「ええ。
アリアさんが許してくれれば、月に1度はしっかりと時間を作りますよ」
「嬉しい!
愛してるわ!」
この日は報告だけと思ったのに、結局朝までベッドから出られなかった。
「何で出て行くの?
ずっとこの国に居れば良いじゃない。
お母様と私は、あなたに何人女がいようとも、決して口出ししないわよ?」
定宿の大きなベッドの中で、マリアが身体ごと俺を抱き締める。
「あまり1箇所に留まりたくはないんだ。
世界は広い。
まだまだ見てみたい景色は山ほどある」
「私も連れて行ってよ」
弱弱しい声で、そう嘆願してくる。
「申し訳ないが、それはできない。
俺には秘密が多い。
それに、お前だけを連れて行くと、カレン達が激怒する」
「・・馬鹿。
本当に毎月会いに来るんでしょうね?
1か月でも忘れたら、許さないからね」
「ああ。
それは大丈夫だ。
俺の方で我慢できない。
アリアさんとお前とは、ずっと付き合っていくよ。
カレン達同様にな」
「仕方がないから、それを信じてあげる。
・・愛しているわ。
心から、あなたを」
この日は、1日だけでは帰れなかった。
学院に退学届けを出し、理事長に挨拶した後、俺はアリサと空を飛んでいた。
「今度は何処へ行くの?」
ベルダの上級ダンジョンを全て攻略し、レベルが400を超えた彼女が、俺に笑いかける。
「そうだな。
・・今回は学院生ではなく、ギルドの冒険者にでもなるか。
お前とパーティーを組んで、モブを演じてみるのも悪くない」
「それなら打って付けの国があるわ。
少し野蛮ではあるけど、聞いた話では、凄く沢山の冒険者が居るらしいわよ?」
「ならそこに行こう。
案内してくれ」
「うん!」
今回も楽しい旅になりそうだ。
俺はこの世界に来て良かった。
アリサの輝くような笑顔を見て、心から、そう思った。
魔界の落ちこぼれプリンス、異世界に行く 下手の横好き @Hetanoyokozuki
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