第5話

 絶叫する骸を討伐すると、ご丁寧にワープポイントが現れて、一瞬で森の入り口まで転移した。

 そこにはロミオがモブ顔の令嬢の肩を抱いて立っていて、イベント通りにジュリエットに婚約破棄を申し渡す。

 命がけで森を踏破したジュリエットは泥と血にまみれていて、それを二人は汚物を見るような目で見下ろした。

 対してジュリエットの瞳は、ゆらゆらと潤んでいる。罵詈雑言を受けてなお、深い安堵を覚えているようなその顔が、痛々しくて、それでも綺麗だ。


「婚約破棄を受け入れます。どうか、お幸せに」

 彼女の完璧な礼に、ロミオは気圧されるように「分かってくれればいいんだ、じゃ、僕らはこれで」とすごすごと馬車に乗り込んで退場する。


「ロミオ様のお元気そうな顔を見られて、良かったわ」

 振り返ってきた彼女は、ハッと息を呑んだ。俺が淡い光に包まれはじめていたからだ。

 普通に考えてイベント限定の措置だった「下僕を連れて次のマップへ行ける」は、ここで終わる。


「まさか……おまえとは、ここでお別れなの?」

 たぶんね、と俺は光る足元を見つめ、それから空を見上げた。何か天使が降りてきそうな雰囲気だけど、ゾンビって天国行き?

 ドン、と前からの衝撃を感じて視線を戻すと、ジュリエットのつむじが見えた。

「イヤ! 待って、行かないでっ!」

 ぎゅうっと力が込められて彼女から、すがるような抱擁を受ける。


 馬鹿なジュリエット。こういうのは下僕じゃなくて、ロミオにやらなきゃ。あんたくらいのいい女に行かないでって言われたら、浮気心なんて消し飛んだだろうに。


「私、墓守りになってひっそり暮らすわ。そこに、おまえも連れて行きたいの! ゾンビだもの居心地もいいはずよ、だからっ!」

 確かにゾンビと墓地なら相性抜群、だけどジュリエットは隠居するには早すぎるよ。明るい場所にちゃんと戻りなさいと、俺は偉そうに彼女の頭をポンポンした。


「ヴァアァ……」

 泣かないでと言えないのは、ゾンビなんかになったせいだし、ホントは泣いてくれるのが嬉しいからかもしれない。翡翠の瞳から次々と零れる涙は、宝石みたいにキラキラ光って、どんどん強くなる光に吸い込まれる。

「お願い、ひとりにしないでっ……」

 嗚咽した彼女の肩がひときわ大きく震えた時、脳内にピンポンとお気楽な音とアナウンスが流れた。

「ゾンビのレベルが上昇。スキルスロットが2増えた」


「へ?」と彼女は涙に濡れたまつ毛をしばたたかせる。

「ヴぁ?」俺の口内では、入院して抜いた下の親知らずが、二本とも復活していた。




「今日は宝石商のご隠居の葬儀よ、参列者がかなり多いはずだわ。頑張りましょう」

 事務連絡を聞きながら、俺は鏡台の前から立ち上がる。クラシカルなメイド服に身を包み、しっかりと化粧をすると、ひょろりと背の高い不健康そうな女性に見えなくもない。

 事実「声が出ないメイド」として、すでに半年近く町の人の目を欺いていた。


 俺は森を抜けても、元の世界に戻ることも、お空の星になることもないまま、依然ゾンビとしてジュリエットと暮らしている。

 実家に戻ったジュリエットは、婚約破棄を両親に報告し、本当に下僕のゾンビを伴って街はずれの墓地の墓守になってしまった。


 ちなみに新居に着いてすぐ「これからは家で暮らすんだから、綺麗に洗ってあげるわ」と、お風呂イベントが発生。

 ジュリエットはまじまじと俺の裸を見つめ「どうしてもっと早く教えてくれなかったのっ!」と、泡のついたスポンジを投げつけた。

「ヴァ」しか言えないのに無茶言うなと思ったけど、可愛いから全部許す。


 だけど男だと分かっても、顔色を隠すために化粧が必須なことと、この世界の骨格基準で行くと、のっぽの女性体形という哀しい理由で、俺は彼女のメイドとして今日も隣に立っている。




「そういえば、新しいスロットにスキルを入れてなかったわね。今のうちに、しておく?」

 後ろ手にカーテンを閉めて、彼女が小首を傾げれば、下僕はおとなしく椅子に座って、主のくちづけを待つ。

 メイドと美しい金髪の主人の倒錯した絵面は、萌えを超越してドストライクだ。

「あ、呪文を唱えるのを忘れちゃった。また、夜に、もういっかい。ね」

 

 濡れたメイドの唇に触れて、いたずらっぽく麗しの女主人は笑う。

 屍啜りのジュリエット。彼女に啜られるなら、やっぱり俺は本望だ。

 

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屍啜りのジュリエット 竹部 月子 @tukiko-t

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