第4話
終盤、どんどん苛烈になる敵と罠に、モンスターの所持品も身に着けられそうなものは何でも奪って身に着けた。
もちろんリグレットサーガにそんな要素は無いが、「こちとら遊びでゲームしてんじゃねぇんだ」の精神である。
プレートアーマーを着こんだら、胴がぐらつかなくなったし、ミンチミートというイカれた名前のトゲこんぼうは、丈夫で攻撃力も高い。これで、最後までいく。
辛くもボスマップを制して、もう一歩も動けないほどに崩れたゾンビの元へ、ジュリエットが駆け寄ってきてくれた。走る姿もマジ天使。
真っ先に俺の修復をしてくれて、その後でドロップアイテムから「反魂の霊薬」を拾い上げた彼女は、固い表情で笛を吹いた。
すぐさまどこからか現れた大きな嘴の鳥に「これを、ロミオ様に」と、託す。
鳥が飛び去った後の空を見上げたまま、ぽつりとジュリエットはつぶやいた。
「これでロミオ様は目覚めるかしら。目覚めて、あの子と幸せになるかしら」
嫌な予感を押し殺して次の言葉を待つ。
「もうずっと前からロミオ様の心は、ここには無いってこと、分かってたの。でも、私から逃れるために、仮死の薬を飲み干すほど苦しんでいるなんて知らなくて……。ねぇ、これで、お詫びになると思う?」
何だよ、あんた、知っててこんなとこまで来てたのかよ。
うろたえて、ヴァァと情けない声をもらした下僕に、彼女は泣きそうだったのを無理やり笑顔に変えた。
「そんなことゾンビに聞くなよって顔ね、さ、次が最後の戦いのはずよ、残りの宝石を全部使ってスキルをセットしましょう」
目的を果たしたならさっさと戻ればいいのに、ここには「ワールドマップに戻る」のボタンが無い。
そんな無粋なことを言わなくても、俺と彼女の短い旅路は「絶叫する骸」を討伐するまで終わらないのだということを、何故か宿命めいて理解していた。
スキルブックを開いたジュリエットの横にしゃがみ込んで、俺は項目の一つを指さした。
「ヴァ」
「えっ、移動力?」
もう一度ヴァとうなずく。
「もっと攻撃力とか、ライフとか……あっ、わ、分かったからぁ」
ちょっと脇腹をつついてやったら、たまらない表情で身をよじるから、ジュリエットはけしからん。
「じゃあ、1つ分……えっ、全部? 全部移動力を入れるの?」
そう、追加ボス「絶叫する骸」を討伐するには、どうしても移動力が要る。他のどのステータスが高くても、足が遅ければ5ターンで全滅だ。
戸惑いを浮かべていた翡翠の瞳が、覚悟を決めたようにまっすぐこちらを見つめた。
「わかった。口を開けて」
そう言って彼女は、まるで大切なものを扱うように、俺の両頬を手のひらで包んで口づけたから、少し眩暈がした。
「なんだか、おまえは私の言葉が分かってるみたい」
そう思いたいだけなのかな、とジュリエットが眉根を寄せたので、抱き寄せたい衝動に駆られて肩に手を伸ばす。
「……きっと、生前からとても強かったのね、女の子だとは思えないわ」
「ヴァァア?」
ちょ、このどこが女の子……自分のパタパタ揺れるスラックスの足を見下ろして、このゲームの男キャラクターたちの無駄なマッチョ加減を思い出す。時間が無くて3カ月ほど床屋に行けていなかったことも思い出す。
「これからも、よろしくね」
ベルトを外して性別をさらけ出しますかという選択肢に、そっと「いいえ」を選んだ気持ちで俺は「ヴァ」と頭を下げた。
絶叫する骸は、その名の通り絶叫する。どんな風にするかと言えば、5ターンに一度、自分を中心とする円範囲攻撃で叫ぶ。ランダムにアンデッドモンスターを一体呼び出す上に、範囲内に居れば即死だ。
DIYした大八車を引いて、俺は絶叫の範囲外まで全力で走った。
移動力を最大まで上げても、ゾンビの足ではギリギリの距離。もちろんジュリエットには到底無理な移動だから、愛を込めて俺が運搬する。
「ギィヤアアア!」
耳をつんざく叫びが終わると、ジュリエットが台座の上から「左!」と叫んだ。紫色の草の影から現れたゾンビドックを力任せに叩き潰し、再び全力で絶叫する骸まで走る。
1、2、3とカウントしながらひたすらにトゲこんぼうを振るう。走れなくなったら終わりだから、足元を狙う攻撃だけは死ぬ気でよけて、あとはこっちもボコボコに殴られる。
絶叫モーションが来たら再び全力退避。その間に後ろの大八車からジュリエットが修復してくれた。
最初から最後まで、なんつう泥臭い戦い方だよと、俺は笑った。
せっかくゲームの世界なんだから、美女だけじゃなくて、ど派手な魔法とか、神速の剣技とか、普通何かあるでしょ。
「今度は右にワイトキング! もう少しだから、負けないで!」
祈るような主の声に、華麗な方向転換を決めたゾンビは、でもさ、と強く手の中の獲物を握った。
どれか一つしか選べないんなら、やっぱりあんたを選んじゃうと思うんだよね。
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