いつかまた、この恋を

 あの神社に先生を移動させたのは恐らく夜枝だ。『オタケビ姫』がわざわざ助ける理由が見当たらない以上、アイツの方からわざわざ連れ出したとしか考えられない。状況的に助ける理由があるのも、『オタケビ姫』のように神話世界に引きずり込める事が可能なのもアイツだけなのだから。

「嘘! 嘘! 嘘! あああああああああああ! 何で! ど、どうして! 先生!? あんなおばさんと!」

「そりゃお前、俺は年上好きだからだよ! 先生のあの……未亡人みたいな雰囲気がたまらなかった! よく見たら美人だし、全然アリ! んで、お、俺はモテモテになったから猛アタック受けちゃって……あはははははははははは! だっははははははははは!」

 断末魔の叫び声は楽しそうで、何より他人様を馬鹿にしている。呆気に取られて俺の事など気にしている余裕もないらしい。認知の歪んだ彼女の主観は自問自答の無限ループに入って身動きを取れないでいる。

 同時に、『オタケビ姫』の身体も小さくなった。彼女はもがき苦しむように頭を抱えて縮こまり、角っ子の影に姿を眩ます。それと同時に俺の身体を覆い隠していたシミも地面に引っ込んでしまった。


 ―――に、逃げなきゃ。


「嘘嘘嘘嘘嘘嘘! こんなの嘘! 信じない! 拇印があるけど、これはきっと無理やり―――!」

「無理やり! 無理やりなのは嫌いだって言っただろ! じゃなきゃ俺は丹春にでも靡いてるよ! お前は! 俺の事をずっと見て来たんだろ! だったら今までの俺の態度で分かる筈だ! 俺は! 無理やりが嫌いだって!」

「嘘! だって! 違う! 私もそれ知ってたから告白しなかった! 今の硝次君に言っても怪しまれるだけだって!」

「だから無理やりじゃねえんだよ! 分かれよお前の言ってる事がおかしいんだって! 滅茶苦茶で、自分にだけ都合が良くて―――お前の言い分は呪いでおかしくなった女子と全然変わらん! こうなる前に告白してきてくれたら受けたけど、そうはならなかった! 俺にはもう、先生が居るんだよ!」



「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 喉を切り裂くような音と共に響き轟く大絶叫。校舎全体を揺らしてあらゆる窓を割るその声量は人のそれではない。廊下の真ん中を歩くのは無理があって、硝子を頭から被った。

「ぐううううううう……………!」

 携帯のライトを点けて振り返っても光は向こう側には届くまい。だが不自然な角度の月明かりが水都姫を照らしている。手元の婚姻届けを忽ち黒いシミが覆って、紙は崩れ落ちていった。

「これで無かった事になった! もう大丈夫だよ硝次君! 私と! 結婚出来るよ!」

「それはコピーだよ! オリジナルはまだ…………」

 水都姫が視線を向けるのに合わせて、俺は自分の身体を指さした。

「この中だ!」

「!!」

 後はもう、逃げる。水都姫の精神状態と『オタケビ姫』に関連性があるなら彼女の精神を揺さぶるしかない。火は有効どころか本人が黒いシミであるなら逆効果だ。学校中に設置した発火物は時間の無駄だったという事に―――いや。



「隼人ぉ! 聞こえるか! 燃やしまくれ! 『オタケビ姫』は黒いシミが全身に覆われてるから、いつ何処から襲撃するか分からない! だから……全部燃やしてしまおう! 全部燃やせば……お焚き上げ完了だ!」

 一年の教室に入ると、アルコールをたっぷり吸い込んだ紙が張り巡らされている。教壇に置いてあったライターを手に取ってそのまま退室すると同時に放火。走っているだけで体から血が失われていく様だが、不思議と足は止まらない。止まったら多分、死ぬ。

「待って硝次君! 硝次!」

「こんな学校があるからいけないんだ! 生徒と教師の関係なんてまどろっこしい! これからは男と女! 学校が消えれば俺達は気兼ねなく愛せるんだああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ああ狂え。

 さあ狂え。

 存分に嗤え。

 俺を好きと誤認した女子のように倫理を唾棄しろ。窓が割れた今なら鍵がかかっていようと関係ない。外から火をつけて回るだけ。こんな世界にも煙感知器があるようで、音が鳴っている。


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。



 ギギギギギギギギギギギギャギャギャギャギャ!


 背後から聞こえてくる音は水都姫のモノではない。窓に映った景色には干物みたいに枯れ果てた細長い指と焦げた斑点だらけの身体。黄色のぶよぶよした肉をいたるところにこびりつかせる醜い脚が映っていた。

 シミは隠れ蓑でもあったようだ。『オタケビ姫』の外見は何とも醜く悍ましい。背筋が凍るような思いに反応して全身の魔法が解けていくようだ。血が身体から出過ぎている。痛みは限界突破して殆ど何も感じないが、こればかりはどうにもならない。だけど走る。まるで誰かが俺のダメージを引き受けている様に元気よく走れるなら、体力が続く限り走る。時間稼ぎをしないといけない。

 二階にやってくると既に火の手は上がっていた。隼人がやったのだ。

「――――――ゴホッ! ゴホッ!」

 窓が割れて換気は出来ている反面、廊下にも煙が噴き出している。こういう時は姿勢を低くしてハンカチを―――そんな事をしている場合か、相手は焦げ付いたシミだ。匍匐して逃げられるか。

「ゴホッ! ゲホッ! ゴッホぉ! ぐぁは……」

 耐えるとか堪えないの話ではなく、窒息しそうだ。空気が薄い。一酸化炭素を吸い込んでいる? でも、早く三階に上がろう。ここは隼人が全部やったと信じて調べない。

 三階に上がると、丁度バット松明を持っていた隼人と遭遇した。

「硝次! お前……その身体」

「うっせえお前よりは大丈夫ゴホッ! こ、ここはもうおわっ……」

「まだだ、手分けするぞ! 逃げる算段は屋上に整えてある! 学校で教わったろ、滑り台で脱出だ!」

「おま…………」

 あれは下で受け止める人が居ないと駄目だった筈だ。錫花は儀式中だから絶対に手を貸せないどころか、校庭に目が向いたら儀式を邪魔されてしまう。それを教える前に隼人は猛スピードで今通ってきた場所を逆戻り、俺は本来アイツが走り抜けようとしていた方向へ。

 

 ―――アイツ、元々死体だから煙とか関係ないんだろうな!

 

 意識が希薄になるとどうしても気性が荒くなる。そうでもしないと永遠に意識が閉じてしまいそうだった。放火されていない場所に火をつけるだけの作業。


「待てえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 一個下の階から声が突きあげるように響く。まだ二階から三階にかけてを移動しているならまだ―――

「うわ!」

 急に足を取られてその場に転ぶ。左足を掴まれた。何に? 決まっている! 『オタケビ姫』だ!

 黒いシミが俺の足を掴むように広がって―――それどころか身体に向かって伸びようとしている。叩いても爪で引っ掻いても駄目だ。シミは裂傷から体内に潜り込むと、俺の口の中から両手を突き出して出てこようとしてくる。

「おごが! あっ…………ごぇ……」

 口の中から生えて来た手を止めようと掴んだが、逆に口の中に手を引きずられてしまった。俺は自分の口に両手を突っ込もうとして死にかけている。

「ご、げ、え、がげ、が」



「俺の親友に手を出すんじゃねえ!」



 突如として身体にかけられた液体には覚えがあった。この掛けられた瞬間身体全体が蒸発していくような感覚。特に目は、まるで焼けたような痛みを感じる。うっすらと見える視界には、携帯のライトを胸に入れてマッチを擦る隼人の姿。

 

 ―――火種が、身体に落ちた。


「 ̶ぎ̶ゃ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶あ̶!」


 俺の声をかき消すように更に大きな女性の声が口から喉を破るように込み上がってくる。手は直ぐに引っ込んで身体中からシミが逃げていくと不思議と身体の火も消化された。

「やっぱりな。直接燃やすのは効果ありだ。火は憎いから、近づける事が駄目なだけだ」

「…………お、お前、な―――いたッ」

「口が裂けてるから、喋らない方が良い! もう三階は終わったから、屋上行くぞ!」



「見つけたあ!」



 『オタケビ姫』と水都姫が独立行動しているなんて隼人は知らなかった。婚姻届がきっかけで狂乱状態に陥っている彼女は家庭科室辺りから持ち出したであろう包丁を構えて隼人に向けて近づいてくる。

「お前が、お前が、お前が、お前が、お前が、お前が、お前が、硝次君を傷つけるから私は助けようとしたんだあああああああ!」

「ちょ………まじか、よ!」

 身体を引きずって二階を経由してから屋上へ戻る算段のようだ。姫ではなく隼人に階段卸しをされる事になるとは思わなかったが、彼にもその気はなかった。寝転がって俺の身体を抱きしめると、踊り場まで転がって移動。朽ち果てた身体が目に見えて壊れていくが気にも留めない。

「は、隼人。やめ、ろ。それじゃいつかお前のからだ、が」

「うるせえ今回は助けさせろ! 親友だろ!」

 身体の痛みなど何のその。隼人は崩れ落ちる身体を省みずに走り続ける。二階はとっくに煙で大変な事になっているが死人には何の影響もない。一方で俺は、もう呼吸が詰まって身動きを取れなくなりつつある。

「あと少し! こっちの階段上って、それで終わりだ! 煙で前が見えないからアイツも屋上に行くとは思ってない筈! いいか、まだ耐えろ。あと少しだからな!」

 階段を上がる音。身体が崩れる音。

 

「あっ―――」


 身体が落ちる音。それは不可抗力だったのだと思わせる階段を上っていく音。身体は一切動かない。ここまで来て―――俺は。



「だめですよ、こんなところでまけちゃ」


 

 声が、俺を引っ張る。立ち上がらせて、階段を上らせていく。指先の感覚も無ければ目前の視界も煙に遮られてままならない。誰が俺を、導いている?

「がんばれ、がんばれ、せんぱい」

 


「何処お! 何処なのお! 硝次ぃ!」



 階段を上り切って、扉が開かれる。小さな手がゆっくりと背中を押して、俺の身体は煙から逃れるように倒れ込んだ。

「硝次! お前まだ動けて……いや、細かい事は良い! 行くぞ!」

 扉を閉めて煙を遮断すると、隼人は肩を貸すように身体を持ち上げて布の滑り台にセットする。

「揺葉! 今から隼人行くからな! 受け止めろよ!」



「おーらい! 早く出しなさい!」


 

 重力に圧し潰される感覚に身体が流される。身動き一つ取れないまま下っていくと、誰かが俺の身体を受け止めてくれた。

「硝次君! 硝次君! ちょっと、ねえ! 死なないでよ!」



 シャン。


 シャン。



 神楽鈴の音。

 ああ、錫花が傍にいるのか。

「✹▅▃▍▌⊡❈﹡†✦○◢∮」

 言葉が聞き取れない。人の言葉じゃない。

「✻☗▯▰■❐◥◬꧂◉֍✞」

 火の手の回った校舎は一層燃え上がる。火炎に混じって―――いや、この燃え上がる御焚火こそ、叫び声だ。

染闇暗そめるやみよくらがり祓御焚火はらうおたきびよ魂患たましいわずらい心鎖しんをくさるまじないを水鏡界境みかがみにさかうものより御主還おんあるじへかえさん





「嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあ̸͙̟̟̪̫͕̙̜͎̫̫̰̮̮͎̔͋͌̾̃̍͂̀̐́͗̈̄̈̀ͅあ̷̫̦͕̯̈́̂̌͊͋̉̋̋̽͌̃̏̊̓̒ͅあ̷̣̞̣͔̯̓͗̿́̇̇͆̄̈́̋̂̆̌あ̷̖̦͉̙̗̪͍͈̞͋͒̃͂͒̓͐̓̔́̍ͅͅあ҈͍̠͚̩̍́̅̚あ̷̰̝̣̫̲̱̈̑͋͊͑͐̽͛͊͒̚あ̶̜̣̭̗̦̀̎̉̋̊̿͑̊̀あ̶̬̤̳̣͖͚́́̐̊̌́̀̈́̍͐͆̀̚あ̴̱͖̭͍̩̝̦̗̰͙̲̉̉̇̿͆̑̋͊̽̋͆あ̴̝͎͙͇̳̰̖̳̝̗̠̪͚̖̐̃́̋͆あ̵͔̗̱̠̑̽̀̾̓͂͊̀̅̎あ҉͔̟̪͍̙̘̗̲̝̬͍̮̟̀̂͒̂̈͑̎̊̏͒̚あ̸̱̦͙̤̲̯̝̞̘̟̝̰̗͉̠̀̎̌̆̔̆̓ͅあ̷̗̫̠̟̝̣̲̟͕͋̀̿͐̐あ̷͇̫͎͎͎̭͉͉̪̥͍̱̞̠͐͛͐̋̇̎ͅあ̸̦̗̬̤̥͚̗̗̓͆̂́̓͆͌͋͌̅̓̾̚ͅあ҉͉̯̫̖͓̲̦͉̲̥̮͉̟͗̽̑̊̉̒͐̀̇͒̂̒̚あ̵̳͈̥̲̮̝̱͕̉̒̋̐͆̎あ̴͚͖͕̩̗̯̜̿̉̄͋͒̌̉̾͐̃̽̑̀あ̵̝̟̞͔̜̠̥͖͉̱͕̝͆̋́̈́́̏̈́̓̈̽あ҈̗̣̤̲̬̗̙̲͓͔̗̇͌͐̇̔̋͛ͅあ҉̪͔̦͓̪͓̝̦͙̇̉̅̏̓̾̇̓̒̂̽͂̀あ҉̱̝̯̳͕͔͙̫̖̲̬̮̯͇̯̘̌̎̃͂̎̀̒̃̉̉͐͛̓͌あ̷̰̞̬̭͖̭̤̟̠͈̓́̾͛̾͗̆̀̀̄̿̽̒̓̂̓ͅあ̶͚͉̫̰͔̟̥̘̗̫̽̓͌̾̈̂͗ͅあ̵͚̥̗̰̤͖̝̬͉̥̮̩͇̃̒̉̍̐̎̏͂̀̊̅ͅあ̴̭̯͓͕͉͓̀̌̂̀̿̒́̿ͅあ̴̞͚͈̲͇̭͕̎̇̃̀͑̑̓͛͐̐̀̃̽̄ͅあ̴͔̞̣͍̑̏͒̐̾͗͂̈̿́̀͑͌̾あ̷͍͇͓̫̪͇͇̉̀̀̃͒̇̇͛̉̂̀͌̈͂̚あ҉͔͉̜̠͙͎̝̬͔̫̳̠̜̱̣͛̎͌̀̅͒̔̐̚ͅあ̷̦̘̬̪͍̞̙̜̠̜͇͎̘͂̿̉̏̚̚あ̸͖̘͈̠̪̙̖̉͛̉̈̌͆̑̒͌͒͂̚̚アああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ̸͙̟̟̪̫͕̙̜͎̫̫̰̮̮͎̔͋͌̾̃̍͂̀̐́͗̈̄̈̀ͅあ̷̫̦͕̯̈́̂̌͊͋̉̋̋̽͌̃̏̊̓̒ͅあ̷̣̞̣͔̯̓͗̿́̇̇͆̄̈́̋̂̆̌あ̷̖̦͉̙̗̪͍͈̞͋͒̃͂͒̓͐̓̔́̍ͅͅあ҈͍̠͚̩̍́̅̚あ̷̰̝̣̫̲̱̈̑͋͊͑͐̽͛͊͒̚あ̶̜̣̭̗̦̀̎̉̋̊̿͑̊̀あ̶̬̤̳̣͖͚́́̐̊̌́̀̈́̍͐͆̀̚あ̴̱͖̭͍̩̝̦̗̰͙̲̉̉̇̿͆̑̋͊̽̋͆あ̴̝͎͙͇̳̰̖̳̝̗̠̪͚̖̐̃́̋͆あ̵͔̗̱̠̑̽̀̾̓͂͊̀̅̎あ҉͔̟̪͍̙̘̗̲̝̬͍̮̟̀̂͒̂̈͑̎̊̏͒̚あ̸̱̦͙̤̲̯̝̞̘̟̝̰̗͉̠̀̎̌̆̔̆̓ͅあ̷̗̫̠̟̝̣̲̟͕͋̀̿͐̐あ̷͇̫͎͎͎̭͉͉̪̥͍̱̞̠͐͛͐̋̇̎ͅあ̸̦̗̬̤̥͚̗̗̓͆̂́̓͆͌͋͌̅̓̾̚ͅあ҉͉̯̫̖͓̲̦͉̲̥̮͉̟͗̽̑̊̉̒͐̀̇͒̂̒̚あ̵̳͈̥̲̮̝̱͕̉̒̋̐͆̎あ̴͚͖͕̩̗̯̜̿̉̄͋͒̌̉̾͐̃̽̑̀あ̵̝̟̞͔̜̠̥͖͉̱͕̝͆̋́̈́́̏̈́̓̈̽あ҈̗̣̤̲̬̗̙̲͓͔̗̇͌͐̇̔̋͛ͅあ҉̪͔̦͓̪͓̝̦͙̇̉̅̏̓̾̇̓̒̂̽͂̀あ҉̱̝̯̳͕͔͙̫̖̲̬̮̯͇̯̘̌̎̃͂̎̀̒̃̉̉͐͛̓͌あ̷̰̞̬̭͖̭̤̟̠͈̓́̾͛̾͗̆̀̀̄̿̽̒̓̂̓ͅあ̶͚͉̫̰͔̟̥̘̗̫̽̓͌̾̈̂͗ͅあ̵͚̥̗̰̤͖̝̬͉̥̮̩͇̃̒̉̍̐̎̏͂̀̊̅ͅあ̴̭̯͓͕͉͓̀̌̂̀̿̒́̿ͅあ̴̞͚͈̲͇̭͕̎̇̃̀͑̑̓͛͐̐̀̃̽̄ͅあ̴͔̞̣͍̑̏͒̐̾͗͂̈̿́̀͑͌̾あ̷͍͇͓̫̪͇͇̉̀̀̃͒̇̇͛̉̂̀͌̈͂̚あ҉͔͉̜̠͙͎̝̬͔̫̳̠̜̱̣͛̎͌̀̅͒̔̐̚ͅあ̷̦̘̬̪͍̞̙̜̠̜͇͎̘͂̿̉̏̚̚あ̸͖̘͈̠̪̙̖̉͛̉̈̌͆̑̒͌͒͂̚̚ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




















「………………ん。ここ、は」

「硝次君!」

 揺葉が見上げている。学校が燃えている。意識が混濁して、前後の事情が繋がらない。そうだ、俺は、俺が学校を燃やせって指示を出して…………

「生きてた……のか」

「―――当たり前でしょ! 頃合いを見て居場所教えたら居なくなったわ。水都姫は乗り気じゃなかったみたいだけど、神様には逆らえなかったみたい。あっちもあっちで時間がなかったんでしょうね」

「そう…………か」

 立ち上がろうとして、一度は失敗する。身体中に包帯を当てたのは揺葉だろうか。それで直ぐに治るという事はないけど、さっきよりは楽になった。

「……気絶した直後って、こんな動けるもんか、な」



「火楓さんが耐えたんだと思います。新宮さんの重体ぶりからして、もう既に…………」



 錫花が珍しく会話に割り込んできた。神楽鈴こそ持ったままだが大幣の方はというと適当な枝で組まれた薪の中に突っ込まれており、中には閉じ込められるように隼人が寝転がっていた。

「はや、と!」

 腹を裂かれ、中には焼け焦げた無数の何かが詰め込まれている。大幣の布にしみこんでいる血は錫花の物だろうか。彼女の腕にナイフで切ったような切り傷がある。血は滴って、上から隼人のお腹に打ち付けられていた。

「こ、これは何をしてるんだ?」

「この場所を清めて、専用のお焚き上げ場所にしたんです。『御焚火姫』を上書きするのなら、死因を似せるのが手っ取り早いです。親和性―――もとい神話性がかみ合いますから。清めるのが、一番大変でした。でも……何とか、間に合いましたね」

「後は……火をつけるだけ、なのか?」

「私はもうお別れ済ませたから、アンタのタイミングでやれば。硝次君の方が、色々言いたい事あるでしょ」

 そう言って横から揺葉が松明をくれる。新聞紙を捩じってアルコールで湿らせただけの代物だが、この薪に火をつけるには十分だ。燃料代わりの草は真横にたくさん積まれている。

「…………お別れなんていいだろ。さっさと火をつけろよ」

「隼人。俺は―――」



「サ……………………セ…………」




「!?」

 三人が一斉に振り返ると、こちらに向かって這いずるように近づいてくる声がする。霊的現象でもないが不思議と身動きを縛られて様子を見るしかなくなっていると、次第にそれが人の形をした―――いや、水都姫だという事が分かった。学校諸共焼却されたと思っていたが、辛うじて生きていた……いや。

 それは生きていたというべきなのか。『オタケビ姫』のように全身焦げ付いて、殆ど死体みたいな状態だ。髪は全て燃えているし、服なんて以ての外。当たり前だ。都合よく服だけを焼かない火は存在しない。

「硝…………………………………次」




「姉ちゃん、いい加減にしてくれよ、しつこいんだよ!」




 不思議な圧力に呑まれて動けなくなっていた三人の代わりに現れたのは、地下壕の更に下へと突き落とされた水季君だった。左手は肩ごと粉砕して右足はあり得てはいけない方向にねじ曲がっても彼は気にする事なく歩みを進めて、変わり果てた姿となった姉の上に跨ると―――その首筋にナイフを突き立てた。

「どうしてだよどうしてだよどうしてだよどうしてだよ。あんなに僕は命令を聞いたのに、素直だったのに、信じたのに、託したのに、どうして僕の方を向いてくれないんだよ。僕は姉ちゃんの事を世界で一番好きだったのに愛してるのに姉ちゃんは絶対に僕の事なんか見ないで新宮硝次なんて下らない男の事なんか好きになっちゃって目がどうかしてるよ一週間なんて大したことじゃなかったのにまるで大切な思い出みたいに語ってそれよりも僕との一週間の方が濃密で楽しかった筈なのにどうして何も言ってくれないんだよ」

 何度も。何度も。

 突き立てる。

「何か言えよ姉ちゃん。僕じゃ駄目なのかアイツと何が違うんだよ僕を見ろよ僕を好きになれよ僕の恋人になってくれよ。僕ほど姉ちゃんを理解してる人はいないよ僕ほど姉ちゃんを信じた人はいないよ。姉ちゃんの為なら何でも出来たのにどうして姉ちゃんは僕に何もしてくれないんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 神様はいなくなり、死に体の姉と弟。条件は五分のようで主従は逆転していた。突き立てて、切り裂いて、切り離した傍から姉の身体を食べていく水季君に俺達は何もしてやれない。する事が出来ない。

「失敗してよかったあ! 姉ちゃんはもう僕の物なんだ! ああ、身体に姉ちゃん……ああ……大好きだよ姉ちゃん…………ああ。ああああああああ」

 むせ込み、吐きだし、それでも食事をやめない彼の姿は痛ましい。次第にその身体にはシミが広がっていくも、やはり気にする様子もなく、やがて姉の身体を平らげてしまった。お腹が、妊娠しているように膨らんでいる。

 水季君は、動かなくなった。

「な、なん…………だ?」

「……多分だけど、あの呪いでお前を女性不信にして諦めて欲しかったんだろうな。実際そうなったけど……先生や錫花ちゃんが居たから思い通りともいかなかったな」

「だから…………食べたの、か?」

「知らねえよ。ただ、アイツは呪いに関しちゃ成就して欲しくなかったんだ。そういう意味じゃ最後まで味方だったな。まあでも、あれだ。人を呪わば穴二つ。狂い方が女子みたいだったな。男の癖に」

 隼人は視線を俺の方に直すと、崩れ落ちていく頬を抑えながらぎこちなく笑った。

「今度こそお別れだ。俺は代わりに『神』になってこの町を救ってやる。救世主としていつまでも崇め奉れよ」

「じょ、冗談言ってる場合かよ。お前はこれから……焼き殺されるんだぞ」

「お焚き上げ、な。天に還されるんだよ。学校に残ってた俺の私物と、オタケビ姫の残りカスと……横取りされた俺の呪いの箱をな」

 呪いが消えれば、この騒動も終わる。隼人のお陰で無関係だった人々の死は打ち消され、日常が帰ってくる。

「クラスメイトも……まあある程度は帰ってくるんじゃないか? 霧里夜枝が生きてた頃に生存してる奴なら大体生き返る筈だ。いいだろ、もう何も起きねえよ。俺は居ないけど、平和が戻ってくる。お前がモテるかどうかは知らねえけどな」

「…………」

 薪を掴む。格子を通して囚人と会うように。この薄い壁一つ越えられない、覚悟の差がそこにあった。

「―――何を泣きそうになってんだよ。もう最初から決まってた頃だろ。俺はお前達にもう一度会えただけでも満足だ、悔いはない。死人は死人らしく消えなきゃな」

「………………………」

 喉が擦り潰れそうだ。空を見上げるのは涙を悟られない為。何をしゃべろうとしていたんだっけ。口が重くて回らない。

「…………なあ硝次。俺はお前と友達で良かったよ。お前はどうだ?」

「……ゔん。俺も゙」

「何だかな。生きてる時はこう思ってたんだ。死ぬ時を親しい人に見せたくないってさ。でも今は違う。看取ってもらえるなんて、俺は幸せだ。ああ―――こんな俺でも、誰かを助けられるんだな」

 薪の檻から手が伸びて、手持無沙汰になっていたもう一方の手を掴む。松明がゆっくりと近づいて―――薪に火を灯した。




「―――お前達と出会えて、俺の人生は最高だった! また会おうぜ、二人共!」








































 誰かの恋を発端とした騒動から、一年が経過した。

「卒業おめでとうございます、硝次さん。朱識さん」

「今は初乃。ま、いいけどね」

 卒業式を迎えて、事実上学生という立場から解放された。校門前には錫花が立っており、両手一杯の花を抱えている。顔も隠していない。顔を隠さないと不都合は生じるものの、今日という日だけは隠したくないとは本人の弁。

「花は大袈裟だろ」

「いえ、これはお祝いというよりも……三人で、行きませんか? あそこに」

 ああ、と直ぐに目的を納得した。


 この花は隼人と夜枝に向けられるものなのだ。


 そうと分かれば花を分担して持って、目的の場所へと向かう。何でもない日常、何でもない帰り道。誰かがモテすぎるという事もないし、女子の犯罪行為はきちんと咎められる。

「先生はどうしてる?」

 湖岸先生は生き返るや否や、教員をやめて故郷へと帰った。勿論、改めて再会した火楓に付き添われて。二人には二人の問題がある。『必ず戻ってくるよ』と言い残して去って行ったのをよく覚えている。

「あれから連絡は取れていませんけど、火楓さんの方からは経過を聞いています。ケリをつけるのには時間がかかるそうです」

「向こうは時間も経ちすぎてるからこんな風に行かないわよね。どうするんだろ」

「先生は捕まりようがないだろうから、『ひきすさま』を何とかする方針なんだろう」


 墓の前に到着すると、三人で重ねるように花束を置いた。


 先に置いてあった花束は冬癒が置いて行ったのだろう。アイツは『神話』の中で一人道に迷っていたところを揺葉に拾われていた。決戦時は近くの家で様子を見ていたそうだ。

「しっかし、何でまた墓をここに建てる訳? ここに何の所縁もないでしょ」

「そうとも限りません。『カシマ様』の跡地なら、霊的にも乱れる事はないでしょうから」

「…………」

 三人で祈りを捧げる。この祈りは二人に届いているのだろうか。届いているなら、俺は嬉しい。先に錫花が離れたかと思うと、鞄に入れていた携帯を出して、おもむろにカメラを起動した。

「硝次さん。せっかく卒業したんですから、写真でもどうですか?」

「しゃ、写真? お前も入るのか?」

「勿論です。硝次さんとの思い出、沢山欲しいですから」

「ちょっと、そこでイチャつかない。こういうのって本来校門で撮るんだろうけど、まあ人も大勢いたし、私、人混みって苦手だしぃ?」

 それは錫花なりの気遣いなのだろう。


 何年経とうが、心の傷は癒えない。


 親友と後輩を失った過去を、生涯忘れる事はないだろう。墓を中心に据えて、俺と揺葉が左右を飾る。錫花がカメラを壁に固定してタイマーをセットした。



「「『「はい、チーズ」」』」


 肩に手を回されて、身体を真ん中に引き寄せられる。 

 墓までいれて、心霊写真でも撮るつもりかなんて事情を知らない人は言うだろう。ああそうだ。ワンチャン、脚でも腕でもいいから、姿が映っていればと思った。それを俺は、大切に保管するだろう。

 錫花がカメラの元まで近寄って、データを確認している。

「これで霊障が出てたら面白くない?」

「面白くねえよ。撮り直しだろそれ―――ってあれ? 誰がさっき肩に手を回したんだ?」

「え?」



「硝次さん」



 錫花は屈託のない笑みを浮かべて、俺に撮影された写真を送ってくる。




















 笑顔の親友と後輩が、そこには写っていた。 

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ヤンデレ系ヒロイン症候群 氷雨ユータ @misajack

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