第13話
その後、私達4人は代わる代わるゴーレムに魔力を供給し続けた。
どうにか20時間後には別の魔力炉の調達が済み、今度は暖機運転中に不具合で爆発するようなこともなく、魔力炉は魔力の供給を正常に開始した。
そうして、私達は本当の意味で、この仕事を終える事ができた。
肉体的な疲労と、魔力を使い果たしてボンヤリする頭で、私は完成したダムガーン像を遠巻きに眺めていた。
ダンジョンとは違うが、今まさに、目の前に聳えているものが、自分たちが手づから作り出したものだと考えると、感慨深い。
「うちに来る仕事は、こんな仕事ばかりなんですよ」
背後から声がかかる。
振り向くと、疲労の色を濃くしたアイリーンさんがいた。
彼女はフラフラと歩み寄ってくる。私は慌てて彼女に手を貸した。
「すいません…」
「少し眠ったほうがいいのではありませんか?」
「いいえ」
アイリーンさんは首を振った。
「だって、手ずから作り上げた完成品を、眺めていたいじゃないですか」
アイリーンさんは、摩天楼の只中に立ち尽くす、巨人像の姿を瞳に映す。
ダムガーン像の下には、いまだ多くの人が完成祝いに訪れ、お祭り騒ぎだ。
眠りを知らないドドンガド市が、今日は休む事すら忘れているようだった。
私とアイリーンさんは、ベンチに腰掛け、手ずから作り出した作品を見つめた。
「…デモン山さん、本当にありがとうございました。デモン山さんが居なかったら、このお仕事は、終わってなかったと思います」
二人で眺め始めて、どれほど時間が経った頃だろうか。ふと、アイリーンさんは私に声をかけた。
「お給料は、期待していてください」
「ははは。ええ、期待しておきます」
「……でも」
アイリーンさんは私を見た。彼女の澄んだ美しい魔眼が私を縛り付ける。
「それだけじゃないですよね? どうして、私達を手伝ってくれたんですか? 自分のお仕事だってあるのに、それを投げ出して…」
「……」
果たして、私の理由を彼女に語るべきか、否か。
夢破れただけのつまらない男の話を、情熱を燃やして走り続ける彼女に聞かせて、それで、何が得られるというのか。
私は、満足していた。
この仕事に関わり、完成まで漕ぎ着くことができて満足なのだ。嫉妬も恨み言も後悔も、何も出てこない。いや、そんなものは最初から無かった。
だから、何も語れない。
ただ恥ずかしいだけの過去の事など彼女に語れない。
私は、この夢の残骸を伏せる事にした。
心を秘し、私は微笑む。
「どうやら私は、アイリーンさんに一目惚れしてしまったようです。貴女に、格好いいところを見せたかったんですよ」
「はわっ!?」
アイリーンさんは顔を真っ赤にした。
「え、あ、そ、その…! わた、わ…私…!」
焦りの余り、バタバタと両手を振るアイリーンさん。
己の心を隠そうとするあまり、アイリーンさんを困らせ過ぎてしまっているようだ。
そろそろ、私は退散しよう。
「それでは、私は戻りますね」
「え!? あ…」
私は席を立つ。
「あのっ!」
立ち去る間際、アイリーンさんは私に声をかけた。
「で、デモン山さんも……お仕事している姿がとても格好良かったです…! とっても!」
上級種族だというのに、子供みたいに目を輝かせ、汗だくになって物を作ってた姿が、格好いいだなんて…。
アイリーンさんにそう言われ、何だかとても照れ臭くなって、振り返って、はにかんだ。
「ありがとうございます」
実は私も、誉められ慣れていないのだ。
※
その後、私は新しい連載を始めることになった。
零細迷宮工房奮闘記と銘打ったルポルタージュだ。
今では偉業の1つとして魔王領中から観光客が訪れるダムガーン像。これを見事に作り上げた職人達の裏側を、最も近い場所で見てきた者が記す、真実の物語…とかなんとか謳い文句をつけて。
机の上に広げた資料の中には、マイム姫とじいやが、ダムガーン像の前に並び立ち、屈託のない笑顔を向けた写真があった。満足そうな表情だった。
それもそのはずだ。このランドマーク事業は、当初の予測経済効果を大きく越えて、5000億ゴールド以上になると目されているのだから。
事業としては、大成功という他ない。
回転床屋も、偉業を果たした称賛を浴びることになった。
まず、新たにウォルフラムゴーレムの製造方法を論文化し、ゴーレム学会に認められた事が大きい。そう、あのボールジョイント工法が、評価されたのだ。
これにより、ストーンゴーレムを始めとした魔力連結型ゴーレムが再評価され、小さくないセンセーショナルを生んだ。
この一件で、技術屋としての回転床屋の知名度は驚くほど伸びた。今では、ゴーレム建造の依頼がひっきりなしに来ているとか。
事務担当のヨヨさんは、
「うちは迷宮工房なんだけどなァー!」
と、舞い込んでくる依頼に吠えている。
そして相変わらず、回転床の依頼は無いそうだ。
スーさんは、共にダムガーン像を支えた巨人族の工員から、度々、建築仕事のヘルプを依頼されるようになったという。
「私はダンジョントラップ業者のはずなんだけどね…」
そうぶつぶつ言いながらも、何だかんだ面倒見のよい彼女は、魔王領中を飛び回り、建築現場の助っ人に回っているらしい。
私の近況としては、そんな皆の栄光にあやかって書いた全12回の連載記事が、幸いなことに大好評を頂き、なんと書籍化されることが決まった。
再来月には各書店にて販売される予定だ。
ついに私は、木っ端フリーライターではなく、書籍化ライターとなってしまった。
おまけに、月刊ダンジョンマスターの編集部内では、私を専属記者として契約するべきだという強い声もあるのだと、書籍化祝いに行った酒場で泥酔した担当が喋った。
真実なら大変ありがたいことだ。
エリートの道をドロップアウトし、夢を捨てきれずたどり着いた場所で、私の第二のキャリアが始まろうとしている。
私は、自室のワークチェアに腰掛けたまま、天井を見上げた。
そこには、くるくると回り続けるシーリングファンがある。
くるくる、くるくると、回転床のように。
その場に佇む限り、目的地には決して辿り着けない。
冒険者は、ダンジョンを人生になぞらえるのだという。
まさにその通りだ。
私はずっと、湿った闇の中を彷徨っている。道を誤り、本当に欲しいものは手に入らず、出口も見失った。
目を閉じる。
目蓋の裏に映るのは、回転床屋での日々だった。
仲間達と、ただひたすらに1つのことを成し遂げようと働く、あの激流のような時間が鮮烈に残っている。
燻っていた憧れという炎が、一瞬だけ火勢を取り戻た。その熱が、ずっと私を苛んでいる。
ふと、玄関のインターフォンが鳴った。
しまった。打ち合わせの時間だったか? 夢想から覚めて焦るが、いや今日は違うはずだ。
なら、なんだ?
訪問販売だろうか?
私は玄関の扉を開いた。
彷徨い続けたダンジョンの出口に偶然辿り着いたとき、冒険者は揃って、天から降る光を美しいと思うのだという。
太陽ならば、その暖かな日光を。
月ならば、その冷たい月光を。
私の場合、それはどちらになるのだろうか。
「ご無沙汰してます、デモン山さん」
「あ、アイリーンさん…」
思わぬ来訪者に、私は上手く言葉が出なかった。
「アポなしで、すいません」
「い、いえ、大丈夫です。少し驚きました。一体どんな御用件でしょうか? あ、ひょっとして記事に何か問題が――」
「いいえ、問題ありません。私、今日は貴方をヘッドハンティングしに来たんです」
「え…?」
冒険者は、ダンジョンを人生になぞらえるのだという。
迷い迷って、迷い果て、迷宮に骸を晒す者がいれば、歩き、歩き続けて、暗闇の中に光を見出だす者もいる。
「私達と一緒に、回転床を作りませんか?」
やはり、目映いばかりに美しい彼女には、笑顔がとても良く似合うと思った。
回転床屋さん 零細迷宮工房奮闘記 ささがせ @sasagase
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