銭湯で惚れた!

 俺の名前はコタロー。髪を洗った後、濡れた髪をオールバックでキメるとつい鏡に向かって目を細めてしまう男だ。ワイルドだろ〜?


「ねーオジさん、なにやってんの〜?」


 さらに額に前髪を一房垂らし悦に入っている俺を見ていた子供が不思議そうに話しかけてきた。


「フッ、坊や、お風呂ではちゃんとパンツを脱ぐんだよ」

「ち、ちがわ〜! これは夏休み中プールに通ってた日焼けだい!」


 ちなみに今日の俺は近所の銭湯に来ている。


「ふぅ〜、よっこいしょういち」


 決まり文句を吐きながら湯船につかる。ちなみに腹一杯食べた後は「クッた、クッた、ルンゲクッタ」が決め台詞だ。確かヤン坊・マー坊のようにルンゲさんとクッタさんがいたんだっけ。何をした人かは知らんけど。


 ふと湯煙の先を見やると泡風呂コーナーにジェットを浴びながら目を閉じているオッさんがいる。あ〜あれ気持ち良いんだよな〜。腰とか足の裏にあてるやつ。

 日焼けした浅黒い顔で角刈りのオッさんは土木関係の肉体労働者のように思える。今日も一日お疲れさんでした。と言いたいところだが、泡風呂コーナーは定員が少なくあまり長く使用されても困る。早く空けてくんねぇかな〜、などと考えていると薄目を開けたオッさんとバチッと目が合ってしまった。い、いかん! 無意識にチラチラ見ていたらしい。

 角刈りのオッさんはザバっと立ち上がると、湯船の中を歩き俺の前を通り過ぎていく。そして、


「ごめんなすって」


 と一言渋いセリフを吐いて出ていった。ププッ、いつの時代よ? と思って後ろ姿を目で追うと背中がアーティスティックな方だった。や、やべ! エラい人にエラいことしてしもた! そう思ったところでもうアフターフェスティバルである。

 しかし公共の場においては騒いだり割り入ったり仁義に反する余程の振る舞いをしない限りはカタギには手を出さない。彼らが守る真の任侠道とはそういうものある。くっ! 惚れちまうぜこん畜生め!


 てなことで気を取り直して泡風呂の方を振り向くと、泡風呂はさっきの子供にすでに取られていた。


〜・〜・〜


「あ゛〜〜〜」


 その後しこたま汗を流した俺は、透明な冷凍ボックスの牛乳に心奪われつつも、家の冷蔵庫にキンキンに冷やしてある缶ビールを思い出しグッと堪えていた。代わりに扇風機に向かって喉を鳴らし、服を着替え外に出る。するとそこには湯上がりの美女がお風呂セットの入ったビニールバッグを抱え立っていた。

 湯上がりだけに化粧はしていないが色づきの良い唇、少し茶髪の髪はアップにまとめ、白いうなじがボーダー柄のTシャツの首元から艶めかしい。ぴちっとしたシャツが身体の線を浮かび上がらせ、丈の短さもあり細っそりとしたスキニーパンツとの間から肌が垣間見える。

 ビジュアルだけでトリートメントのフローラルな香りが漂ってきそうである。こ、こんなん、


『惚れてまうやろ〜〜〜!』


 何という恐ろしい女だ。半ば脱水症状気味で朦朧とした頭が煩悩に忠実な叫び声を上げた。するとその美女がふとこちらを見て


「あ、あの〜、ちょっといいですか?」


 と話しかけてくるではないか! えっ! なに⁉︎ ぼくになんかご用でしゅか? 連絡先の交換ならちょっと待ってください。○ineはしていないので。あ! でも運命の糸では結ばれていたかもね!


「あっ! 母ちゃん、お待たせー!」


 突然の声に振り向くとさっきのガキ、いやお子さんだった。


「もう〜、長湯だから心配したじゃない。あっ、すいません、この子がまだ脱衣場かお風呂にいないか聞きたかったので」


 そう言うと二人は手を繋いで帰っていくのであった。


「フッ、どうやらサウナの汗が足らなかったようだな」


 まだ目から汗が流れてきやがるぜ!


 俺の名はコタロー。幾つになっても整わない男さ。


                         完

――――――――――――――――――――――――――

ご愛読いただきありがとうございました。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

惚れっぽいコタロー TiLA @TiLA_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ