ハシタダさんは、戦うようだ


「ハシタダさん、大変だっ!」


 門番として私と共に町を守る壁の外で、私は遥か遠くの空を見つめていた。

 そんなときに、焦ったように冒険者ギルド長のおやっさんが私に声をかけてくる。

 私は、おっさんの慌てた声とか、私に辿り着いてはぁはぁと息を荒くしている様を背後に受け、思わず、需要がない。と思った。


「なあ、おやっさん」

「た、たいへ――なんだ、ハシタダさん、ついに町を守る気に」

「いや、私は門番だからこの町は守るけどもね」

「いやいや、あんた町長だからな? この町で一番偉い人だからな?」


 そんなおやっさんをみて、毎回私のところに来るおやっさんは、「ハシタダさんっ! 大変だっ!」から始まってないか、と素朴な疑問を思ったのだが。

 とはいえ、おやっさんが慌てるのは、この町に危機や異常が発生したときだ。冒険者ギルドの長として、門番の私の手を借りたくもなるだろう。


「そ、そんなことより、この町に――」


 その私の見つめる空。

 そこに、答えはあるんだと、おやっさんは、私が振り向かず一点を見つめていることに気づき、同じ先を見て、言葉を失った。



「さて。おやっさん。その大変を聞いてみようか」



 私の質問に、おやっさんは我にかえる。


 さすが冒険者ギルドのギルド長。歳を取りすぎて整わなくてぜ~は~ぜ~は~いっていた息を、大きく吸い込んで一瞬で整えた。真剣な表情で左手の握り拳で右胸元を軽く二度叩くという御偉い方への敬意と意見を申し立てる敬礼を行い、私を見る。


 やめてくれ。

 まるでそんな、この町で一番偉い人に向かって行うような行為は。

 私はこの町を守る門番。

 町に危害を加える敵がいるのなら、なんであろうが戦うだけさ。



「数日前、近くのダンジョンから一斉にモンスターがあふれ出したことで、当初は、集団侵攻スタンピードと思われました」

「……それで」


 ああ。あの時の豚肉は、美味しかった。


「冒険者ギルドにて調査を実施。その結果、強大な魔物の襲撃に怯えたダンジョン内の魔物が一斉に逃げ出したことが原因と判明」

「ふむ。その調査をした冒険者達には命を顧みずに調査してくれたお礼に金一封」

「助かります。彼等もよろこぶでしょう。――……更に調査した結果が」

「あれ、かな? 確かに、ダンジョンさえも壊しかねないほどだね」


 私は、そこで、目の前の空を指差した。

 最初は黒く点のように小さい物体だったそれは、おやっさんの話を聞いていくにつれて大きくなっていた。

 すでにそれは、まだまだ遠いものの、それは形からなにかさえ分かるほどに存在感に溢れている。



 煌びやかな緑の鱗を身に纏う、巨大な爬虫類といえばいいのだろうか。

 釣り上がった人を射竦める赤の瞳。

 全てを噛み切り、時には内部から赤き炎を吐き出す、獰猛で鋭利な、口と、切り裂くことに重点が置かれた鋭い爪。

 左右に拡げれば本体より大きいであろう翼は、今もばっさばっさと空へと本体を浮かせている。



「ドラゴン」

「ドラゴンだねぇ……」

「それに追われて、最近はこの平野部の魔物も活発化しておりました」

「なるほど。だから最近生傷が絶えなかったわけだ」



 冒険者達が町に入る時、大体怪我して入ってきていたことを思い出す。

 出入りの商人も護衛が多くなっていたこともあった。

 それらはこの町へ向かうまでの道中の危険度が上がっていたから、ならば納得ができた。

 いやぁ、私は門番だから、そんなこと分からないから助かるわー。


「これが、その結果、というわけだね」

「はい。……いかが、いたしますか。このままではこの町は甚大な被害を被ります。町長として、決断を」

「そうだね」

「お、珍しく認めましたな」

「町長という部分にはかかってないよ、今の相槌は」


 私は、持っていた愛用の槍を地面に突き立てた。

 その動きに、おやっさんは私に向かって跪く。


「市民は迷いの森付近の大樹の傍まで避難。護衛は冒険者ランクが下位の者達でいい」

「はっ!」

「冒険者ランクが上位――Bランク以上は、町の防衛。この町ご自慢の壁の上から、思う存分、浴びせてやるといい」


 石でもなんでも。とにかく何でもいいからぶつけりゃドラゴンだって痛いだろうからね。


「それでは、あのドラゴンに立ち向かう猛者を至急まとめましょう」

「いや、それはいい」

「……はっ?」


 私はちょっと体の具合を確かめるためにくいっと体を捻ってみる。

 ……うん。まだまだ体は十分動く。


「間に合わない。私が一人で、まずは立ち向かおう」

「何を……?」

「私が時間を稼いでいる間、町の皆は逃げられるし、壁の準備を整えられる」

「いや、だから、なにを」

「私は、この町の門番だから、それくらいはやってのけなくてはね」

「ちげぇ! あんた門番じゃなくて町長だっての! この町で一番偉いんだっての!」



 町長?

 なんだそれ、うめぇのか?



「この町の門番たる私が、この町を率先して守らなくて、誰が守るというのだ」

「いやだから、俺達冒険者が――」


 おやっさんはさっきから何を言っているのか。

 私は近衛の槍を、くるりと回してドラゴンへと向ける。



「お前ごときが、私に勝てると思うなっ!」


 私たちが話している間にゆっくりと近づいてきて、今は町の傍へと辿り着いたドラゴンへと私は叫ぶフラグだ、これ


 背中には私の守るべき町。

 近衛の槍を持ち、皆の平和の為にも今日も私は戦おう。

 かけがえのない、この町を守る為に。



 さあ、今日はドラゴン鍋だ!

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