ハシタダさんは、後継者をみつける

 ドラゴンとの戦いは、死闘だった。


 私が動けばドラゴンはそのリーチのある腕を振るい。

 一撃当たれば私なんかを細切れにでもできようその鋭い腕の動きを予測し、槍で腕を裂きつつかいくぐって本体の前に躍り出れば、ばっさばっさと辺りに豪風を撒き散らして空へと羽ばたいて。

 追撃しようと飛び突きあげれば人間の死角外からの強靭な鱗に覆われた尾が私の体を枯れ枝のように圧し折りかかってくる。

 近衛の槍でいなしてその尾に乗り上げては槍を尾に刺して切り裂きあがれば、本体の口元から溢れるは業火の炎。

 吹き荒れる火に、皮膚も薄皮一枚ちりちりと悲鳴をあげる。


 私の一撃一撃は、手数としては多く当たっている。

 私の何倍もある巨体なのだから、付け入る隙はいくらでもある。

 だが、その一撃が当たっても、その傷は巨体から比べれば微々たるものだ。


 致命傷を与えることができない。



 だが、それでも私はいいのだ。

 私は門番。

 町を守るために今こうしてドラゴンと戦っているのだ。


 私の後ろには町がある。

 その町には、私が時間を稼いでいる間にも、ドラゴンを迎撃するために自慢の壁へと昇って遠距離からの攻撃に備える冒険者達がいる。

 準備のための時間を稼ぐ。


 それが、私の今の門番としての役目だ。



 後少し。

 もう少し。

 ドラゴンに致命傷は与えられなくとも、少しずつ細かな傷を与え、その傷が後ろの仲間達へと繋がるダメージとなるのであれば、私は喜んで一撃一撃に必殺の力を篭めよう。



 何度目かになるか分からないほどの正面での邂逅。

 地面へ着地したドラゴンへと向かって、槍を構えて走る。




 ドラゴンの翼が起こした風が、私の体を打つ。

 勢いに特攻していた私の体が止まる。



 私は、致命傷を与えることができない。


 しかし。


 相手は、私に致命傷を与えることが、できる。




 動きを止めてしまった私に迫るは、鋭利な爪。巨木を思わせる強靭な尾。




 ――時間稼ぎは、できた。


























「――手伝おうか?」



 私の体を貫く衝撃はいくら待てども訪れない。

 なぜなら、そんな声とともに、私の前に一人の少年が現れたからだ。

 へなりとしなる大きな帽子を被った、目の下にほくろのある美少年。


 そんなポケットに手を突っ込んだままの少年の前でドラゴンの爪が、尾が。

 不可視の壁にぶつかり動きを止めていた。



「ほら、動きは止めたから、やるなら今でしょ」

「お、ぉ、……――ぉぉぉおおおっ!」


 走る。

 渾身の力を込めて、近衛の槍を振りかぶる。


 穿つ。

 そのドラゴンの致命傷となるであろう、一点。


 赤い、血を思わせる瞳。


 刺し貫く。その瞳を通して内部へと。脳へと。


 一撃。

 ただその一撃に、力の全てを篭める。






 ドラゴンは、悲しげな声で、泣き。

 大きな音共に、地面に伏した。



「はぁはぁ……」

「すっげぇなおっさん、一撃だ一撃」

「き、君も。……どうやったかは知らないけど助かったよ」

「ドラゴンなんて初めて見たけど、こ~んなでかいんだな。……肉も、美味いって聞くけど、知ってる?」


 今日はドラゴン鍋。

 戦う前に思ったその考えに。みんなでまた祭りのように楽しめると思い、嬉しさに笑みがこぼれる。



「あ~、そうだ。おっさん、俺、実は女の子探してるんだけど」

「……それは空から降ってきた不思議な女の子かな?」

「空から? 空から降ってきてお姫様抱っこされてシャルルはもっと低く飛べって怒られるやつしか思い浮かばないんだけど、誰それ」



 何を言っているのかは分からないけど、私を助けてくれた彼を見て。

 私は、決めた。




 この子は、この町の門番としての、後継者にしよう、と。



















「で、で……ミコ君、ミコ君。シンヤ君を門番にしてくれるとかそういう話は上手くいけそうかい……?」

「え。私そんな約束とか説得するとか聞いてませんよ? お断りです」

「やらねぇっての」


 ドラゴン鍋で町が賑わう祭りの中。

 空から降ってきたミコ君の旦那であるシンヤ君に、私の後継者にならないかとアピール。

 短い言葉で面倒そうに断る彼のつれないことつれないこと。


 私は、諦めないよ。後継者君。

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