第3話


「なっ……なんと! これは一体、どうしたことだ」


 おじいさんに遅れることしばし、ようやく帰路についた源さんが峠にさしかかると、そこにあるはずの六地蔵が忽然と消えていた。

 そして雪が深く降り積もった地面には、を引き摺って行った痕跡がある。


「探せっ! 必ず犯人を見つけ出し、この悪行の報いを受けさせるのだ!」


 大切なお地蔵様を盗まれたとあって、村人たちは総出で大捜索に乗り出した。老若男女、さらには犬まで駆り出され、手に手に松明を握りしめた憤怒の集団が夜道を突き進む。

 ただし、犬の嗅覚に頼らなくても地面に残る痕跡はあまりに明瞭だ。


 そうして一行は、その跡を辿って、村から離れたポツンと一軒家に着いた。

 おじいさんの家だ。


「まさか、あんたが……」


 信じたくはないが、言い逃れできない証拠が目の前にある。餅や米俵、野菜に魚、金銀財宝までが玄関先に山と積まれているのだ。

 貧乏なおじいさんとおばあさんに、これだけのものを揃えられるはずがない。


「売ったのか? 売っちまったのか、あのお地蔵様を!」


 源さんがおじいさんにつかみかかる。突然のことに戸惑いながらも、おじいさんは「お地蔵様」のワードに反応した。


「お地蔵様なら、もう元の場所に戻ったんじゃないのか」

「何言ってんだよ。あんた、まだ酔ってんのか」

「ほう……『まだ酔っている』とは、どういうことですか」


 地獄の閻魔えんま様、もといおばあさんの耳が聞きつけた。


「いやっ、あの、その、今のは言葉の綾で……」


 この一件はあとで裁かれるとして、お地蔵様に関しては、おばあさんはおじいさんの弁護に立った。

 去っていくお地蔵様たちの後姿を、二人してたしかに目撃していたのだ。


 事ここに至り、若い者たちを峠に遣って見てこさせると、なるほどそこには笠をかぶった六体のお地蔵様が、何事もなかったように佇んでおられた。


 こうして真相は闇に包まれたまま、事件は無事解決となった。


「何だい、源さん。嘘はいけないよ」

「嘘じゃねえ! あんたらだって見ただろう、あの時お地蔵様たちはいなかった」

「だいたい、おじいさんにお地蔵様を運べるとも思えないね」

「この忙しいのに、人騒がせな」


 これから年神様を迎えようというときに、珍騒動に巻き込まれた村人たちにはいい迷惑だ。


「いけない、仕込みの途中だった。これじゃ新しい年に間に合わないや」

「支度できるものがあるだけましさ。うちなんか、今年は餅を買えなかったよ」

「あんたのとこもかい。このところ、何もかも値が上がっちまったねえ」

「どこぞの国のお殿様が、いくさなんて始めちまったからさ」

「また年貢を引き上げるなんて話も出ているそうじゃないか」

「やめとくれよ。これ以上、何をどう搾り取ろうってんだい」


 極悪非道なお地蔵様泥棒を捕らえようとしていた怒りの炎は、不完全燃焼のままくすぶって、今にとんでもない方向に燃え広がりそうである。


 おじいさんと源さんは顔を見合せた。


 おじいさんの家には、食材がある。

 村人たちの手には、松明がある。


 そこで村人たちは火を焚いて、お餅を煮込んでお雑煮を作り、みんなで楽しく年越しパーティーをしましたとさ。


 めでたし、めでたし。







 ところで、人騒がせを反省したお地蔵様たちは、それから浮遊術を会得し、速やか且つ地面に痕跡を残さず贈り物を配達できるシステムを確立したそうな。

 そのかわり、年の瀬の頃になると、闇夜を飛行するソリが時折目撃されるようになった。


 おしまい。



 

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おじいさんと六尊の地蔵様 上田 直巳 @heby

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