第2話

 おじいさんが去ってしまうと、峠に静けさが戻ってきた。しんしんと雪は降り続ける。


「そろそろ、雪を止めても良いのではないかの」

「ふむ。忘れておった」


 すると雪はぴたりと止んだ。降りやまぬ雪は、自然現象ではなかったようだ。


「ずいぶんと楽しげじゃったのう」

「よき心がけじゃ」


 おじいさんは「これは良いことを思いついた」と、うきうきとした様子でお地蔵様たちの雪を払い、売り物の笠を惜しげもなくかぶせ、足取り軽く帰っていった。


 売れ残った、というより売りそびれた笠を、そのまま持って帰るよりはましだろうという酔っ払いの浅慮ではある。


「なかなかに、心根の良い若者よ」

「あれくらいのは、じいさまというんじゃよ」

「ふむ。人間は、はようふけるのぅ」

「むなしきことよ」

「かなしきことよ」


 お地蔵様たちの笠にわずかに積もった雪を、冷たい風がさらってゆく。


 だが端のお地蔵様だけは、少し様子が違った。


「足りなんだか」

「足りなんだようじゃの」


 笠が一つ足りず、おじいさんは最後のお地蔵様に手拭いを着けていったのだ。


「わしのと、交換してやろうか」

「ふむ。ちとにおうのう」


 手拭いのお地蔵様は、石のお鼻をすんすんとした。それから、こうも付け加える。


「しかし、なんじゃ……。ほっかむりも、あったかいもんじゃのぅ」


 お地蔵様は、ほぅ、とお顔を綻ばせた。


 温泉から戻って急速冷却した石の体は、すっかり冷え切っていた。

 それが、心なしか再びポカポカしてきたような。


 もちろん、湯冷めしてどうこうなるようなヤワなお地蔵様たちではない。


「この善行に、報いてやらねばなるまいの」

「なるまいて」

「さて、どうしたものか」


 六体のお地蔵様、しばし沈思する。


 やがて一つの頭頂が、ピカーンと光った。


「こんな時のために、アレがあるんじゃわい」

「ふむ。そうじゃ、そうじゃ」


 人々はお地蔵様にお供え物をする。

 しかしお地蔵様は、それを消費することができない。


 野菜や果物ならば山に住む動物たちに分け与えてやることもできるが、お餅丸ごとそのまんまとなれば、野生動物にはやや厳しい。

 小判などの財物もまた、獣には使い道がない。


 そこでお地蔵様たちは、そういうものを地中深くに埋めて保存していたのだ。


 お地蔵様たちが足元を掘ると、大判小判がざっくざく。さらに餅や米、野菜などの食料も出てきた。


「すんすん。カビてはおらぬようじゃの」

「わしを何と心得るか」

「ふむ、地蔵じゃの」

「うむ、地蔵じゃ」


 しばらく出番がなかったので、何年も前に埋めたままのものもある。

 だがそこは、お地蔵様の神秘のパワーで半永久的に鮮度が保たれているらしい。


 お地蔵様たちは、ほっほっほ、と笑い合うと、最後に掘り起こした鹿ケ谷かぼちゃをコンコンと叩いた。

 かぼちゃはパカっと割れて、中から立派なソリが生まれた。


 そうしてお地蔵様たちは、掘り出し物をせっせとソリに積み込んだ。

 長年かけてコツコツ集めてきたので、それなりの量がある。


「これも持って行くのかえ」


 あらかた積み終えて、あたりを見れば雪の上には木の実がどっさり転がっていた。


「それは、リスたちの忘れもののようじゃの」

「ならば戻しておくとしよう」

「そうしよう」


 お地蔵様たちは、木の実を元あった場所に埋め直した。


「やがて芽が出るじゃろうて」

「万事整ったの」

「さすれば」

「いざ、参らん」


 よいせ、よいせとソリを引き、お地蔵様たちは峠の道を下って行く。


 久しぶりの出番に張り切っていたお地蔵様たちは、このとき気づいていなかった。

 お地蔵様たちが去った直後の峠へ、新たな人影が近づいていることに。


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