おじいさんと六尊の地蔵様

上田 直巳

第1話


 一年の最後にやってくる十二月、その異名を師走という。

 普段は泰然と構えている師でさえも、走り回らねばならぬほどの忙しさ、というところからきているともされる。


 さてそんな超大忙しの時期を乗り切って、疲れた身を休めたいのは何も人間だけではあるまい。

 ここ人里離れた山奥では、六体のお地蔵様がのんびり秘湯に身をしずめていた。


「ふう。極楽、極楽じゃ」


 お地蔵様は立ちっぱなしでカチコチだ。

 実体は石なので、文字通り水によく沈む。


「しみるのう」

「ほぐれるのう」


 石なので、ほぐれない。


「今年もまもなく、しまいじゃの」

「はやいもんじゃて」

「この一年、世の中は良くなったかのう」


 こんな時でも衆生を気遣うお地蔵様。立ちのぼる湯けむりの向こうに思いを馳せる。


「良くもなれば、悪くもなる」

「諸行無常じゃ」

「かわっているようで、何もかわらん」


 その時、一体のお地蔵様の頭頂がピカーンと光った。


「おや。誰か、峠に近づく者がおるようじゃ」

「ふむ。迷える衆生を見守るは、我ら地蔵シックスの務め」

「急ぎ戻らねばなるまいて」

「いざ、参らん」


 そうしてお地蔵様たちは、神速で峠に戻った。


「わしの台座は、これじゃったかの」

「ふむ。雪に隠れてしもうたの」

「端っこはどれじゃ」

「ここに相違あるまい」


 降り積もる雪に埋もれた台座を探し当て、六体のお地蔵様がそろって所定の位置に並んだ時、奇跡は起きた。


「おお、あたりの雪が溶けてゆくぞ」

「いかん、いかん。これはちと、温まりすぎた」

「冷やせ、冷やせ。雪をかぶるのじゃ」

「はようせねば。ほれ、いまに人が来る」


 お地蔵様は不思議な力を使って、自身の上に雪を降り積もらせた。

 温泉で存分に温まった石の体が急速に熱を失っていく。


 そこへ、ふらふらとした足取りで近づいてくる人影がある。

 笠を担いだおじいさんだ。


「うう、寒い。雪が強くなってきたなあ。早く帰らないと」


 貧乏なおじいさんは、薄着の体を震わせて、遅くなってしまった家路を急ぐ。


「しかし、源さんにつかまると、ロクなことにならんもんだ」


 おじいさんは笠を売りに町に行ったが、途中で同郷の源さんに出くわして、忘年会に強制連行されていたのだ。

 最初は「一杯だけ」との約束で付き合ったが、その通りできるほど強固な意志があれば、この悪友との関係などとっくに断ち切れているはずである。


 要するに、おじいさんはこんな時間まで飲んだくれて、すっかり笠を売りそこねてしまった。


(どうしよう。ばあさんに、何と言い訳したら……。ああ、お終いだ。おれはもう、お終いだ)


 地獄に仏とはよく言うが、この時おじいさんは、降りしきる雪の向こうにお地蔵様を見た。


「おお、お地蔵様だ。ありがたや、ありがたや」


 おじいさんは雪の中、立ち止まってお地蔵様たちに手を合わせた。


(どうか、今宵のことがばあさんにバレませんように……!)


 一心に祈ると、少しばかり心が晴れた。

 しかし峠には相変わらず雪が降り続いている。


「こんなに雪が積もって。お地蔵様たちも気の毒だな」


 そのお地蔵様たちが自分で積もらせたものだとは、知るよしもない。


 おじいさんはお地蔵様に積もった雪を、そっと拭った。

 その手がお地蔵様のひんやりツルツル頭に触れたとき、おじいさんは天啓を得た。いくぶん酔いがさめたのかもしれない。


 そうだ、この笠、お地蔵様にあげてしまおう!


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