俺は異世界ものしか書かない
「先生、今月も脱稿お疲れ様でした。それでは、失礼いたします。」
電話口で、子供のように軽く明るい声が僕の鼓膜を震わせた後に、電話が切れた。
脱稿確認の電話を聞いた瞬間、これが物書きにとって一番の快楽ではないだろうか。
僕は張り詰めた緊張の糸を引きちぎり、奮発して購入したキングサイズのベッドで横になった。
何かを生み出すというのは、僕にとっては出産だ。
赤子が母親の栄養で育つように、僕の時間や経験という栄養をたった一つの作品に注ぎ、初めて作品として完成する。
赤子が成長するにあたり様々な栄養を必要とするのと同じく、作品にも様々な栄養を与える事が重要だ。
それは、嬉しかったことや感動したことなどの良い経験を与える事も大事だが、同じぐらい、苦しかったことや絶望したこと等の悪い経験も同時に与えてあげる事が大事だ。
それくらい命をかけて出産をした我が子が世に旅立つのだ。
ここまで嬉しい事は無いだろう。
そんな喜びに打ちひしがれながら、僕はこれから一つの趣味に興じようとしている。
それは、『エゴサーチ』だ。
僕は元々小説投稿サイトに小説を寄稿することから初め、SNSで自分の作品を拡散。
その反響を糧に作品を作り続け今の地位まで上り詰めてきたのだ。
つまり、反響を確認することは僕にとって心の栄養を得るのと同時に、自分の書くためのエネルギーを培う場でもある。
そんな事をぼーっと考えながら僕はエゴサーチを始めた。
SNSで僕の名前や作品を検索すると、数々の称賛が雨の様に降り注いでくる。
「この作品最高!!」、「主人公の性格、癖になります」、「ずっと先生のファンです!」「アニメ化本当に楽しみ♫」等の賞賛的なコメントは、いつも僕の心に潤いを与えてくれて、このファンのために作品を生み出し続けようと意欲を沸かせてくれる。
その賞賛をいつでも振り返る事ができるように、賞賛してくれた人のIDと共に一つのデータとしてベッドに転がっているパソコンに賞賛の言葉を打ち込んでいく。
ただ、沢山の称賛の意見がある中、どうしても作品を否定する様な意見はある。
「主人公が万能すぎて共感出来ない」とか「物語として薄すぎる」等の、作品に対するお叱りの言葉をまとめ心の中に埋める。
埋まった言葉は、やがて肥料とし作品をまた一歩大きくさせる材料となる。
なので、一つ一つ読みながら、パソコンにデータをまとめていく。
基本的にはどんな意見でも真摯に受け止めていくつもりだ。
しかし、どうしても引っかかる人のツイートがある。
それが@yumeijin、ハンドルネーム"有名人"のツイートだ。
僕の作品が発売される度に毎回感想をツイートしてくれるのだが、内容はいつも同じ。
それは、『異世界もののテンプレ化』だの、『自分に無いものを持っている様に見せかける幻覚剤』だの『異世界ものを読んでいる奴は現実を直視していない』等、異世界ものだけを敵視したツイートばかりだ。
正直な話をすると、この意見はかなり的を射てると思う。
小さい頃、自分が妄想してきた"ゲームの世界で自分が無敵になって、可愛い女の子にモテモテになる。ストーリー。
それが俗に言われる『異世界もの』だ。
僕も、自分の妄想を現実に出来る世界に惹かれて、異世界ものの作家になったのだ。
そりゃ、妄想を作品にしているのだから、テンプレ化と言われても致し方ないだろう。
ただ、この意見に対して僕は少し思う所がある。
"テンプレ化していないもの"というのは果たしてどこにあるのかと。
例えばではあるが、一見するとテンプレに見えないサッカーであっても、テンプレがある。
なんなの、足を使って一つのボールをゴールに入れる。ただそれだけの遊びだ。
だけど、その遊びを見て熱狂する人間もいる。
その答えは、ボールがゴールに運ばれるまでの過程があるからだ。
11人の人間がどんな作戦でボールをゴールに運ぶのか。その集まった11人にはどんな背景があるのか。
その過程に思いを馳せるからこそ、サッカーというスポーツは面白くなるのだ。
そういう意味では、異世界ものもおなじである。
正直、主人公が万能で美少女と仲良くなれるのは、サッカーでいう"ルール"みたいなものだ。
そのルールの中でどの様に主人公を活躍させて、美少女と仲良くするのか。
その主人公と美少女には、どんば背景があるのか。
そこを楽しませるのが、僕ら”書き手”の力で、楽しむ事は君ら"読み手"の力なのだ。
そういう意味では、最近の異世界ものはかなりの工夫されていると僕は思っている。
どんなに才覚があっても一筋縄ではいかないものや、転生するのが人間ではなかったり、そもそも才覚が無いというテンプレをぶっ壊す話などかなり幅も広い。
だからこそ、できれば君たち読み手もテンプレだろと思わずに、一つの作品として向き合ってくれると大変うれしい。
ただ、一つの作品として向き合ってくれてもかつ面白くないと思うものはあるだろう。それは完全にこちらの力不足だし、そもそも君たちは妄想から卒業をするべき年齢なのだ。現実を直視し、地に足を踏みしめて生きて欲しい。
そして、現実がどうしても辛くなったら、またこちらの世界に帰ってくればいい。
僕らは、勝手に異世界の出口を閉じたりしないのだから。
そんな事を考えていたら、ひとつ新しいストーリーが頭に浮かんできた。
早速キングベッドから飛び起き、書斎へと向かう。
執筆用のパソコンを開き、タイトルを打ち込み、ストーリーを書き始める。
『現実世界では全くの無名だった俺が、転生した異世界でいきなり超有名人になった件について』
パソコンに表示されている一本の線から、魔法の様に数々の文字が打ち出されていく
俺は異世界ものなんか絶対に書かない ひよこ(6歳) @shota0229
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