俺は異世界ものなんか絶対に書かない

ひよこ(6歳)

俺は異世界ものなんか絶対に書かない

時刻は日付を越えようとしているその時、僕はまだパソコンとにらめっこをしていた。

開いているパソコンの画面、そこには一文字も文字が入力されていない。

画面の中にある細い線だけがチカチカと点滅をし、早く文字を打てよと煽っている。


僕はしがない小説家、いや、小説家の卵だ。

仕事もろくにせず、小さい頃から住んでいる僕の王国で今日も小説家になるために頭の中から文字をひねり出そうとしている。


「きっと将来は凄い人になるな。」

これが、両親の口癖だった。

その口癖を僕は心の底から信じ、自信はビールの泡のように溢れ、自己肯定感は宝石みたくキラキラと自分を輝かせていた。

ただ、時間が経てばビールの泡は消え、宝石もくすんでいく。



有名なスポーツ選手になるためにサッカーを始めては、同い年の才能あふれるものに絶望を味わい、有名な歌手を目指して歌を練習していれば、同級生から音痴とバカにされる。

そんな事を繰り返し、僕の自信は泡の様に弾け、自己肯定感は粉々に砕け散ってしまった。


ただ、どんなに自己肯定感が細かく砕け散ったとしても、僕は有名になりたかった。

砕け散った自己肯定感を他人に埋めて欲しかった。


こんな才能の無い自分でも輝ける世界がある。

それが『小説』だった。

パソコンで文字を打てば、うまい下手なんかわからない。

同じ日本語だから、表現が通じないという事もない。

だから、僕でも輝ける。

そんな気がしていた。


でも、目の前にある真っ白な画面が全てを物語っていた。


「いや、自分が今掛けていない理由はきっとインプットが足りないからだ。」

そう思い、僕は小説の売上ランキングを検索する。

そして、売上ランキングを見た瞬間、僕はマウスを自分の手から放り出した。


映し出されている画面には、売上の上位タイトルの過半数を「異世界転生」という文字が占めている画面が映し出されている。


僕は、異世界転生が舞台の小説、通称"異世界もの"を心の底より嫌悪している。

自分が努力をしてない事を棚に上げ人生を憂いた主人公が、第三者のおかげで成り上がり、それを我が物顔の様に扱い、何故かよくわからない理由で異性から好意を持たれ、それを自分の実力と勘違いをする。


その、一切妥協の無い傲慢さに毎度腹が立つ。


正直、僕は異世界ものを書こうと思えばいくらでも書くことが出来る。

売れている作品の業界研究として、今ま僕はいくつもの異世界ものの作品を読んできた。

今の自分の背丈ほどあるような本棚は、全て異世界もので埋まっている。


そこまで異世界ものを研究してきたので、異世界ものに求める読者の要望は手に取る様に分る。

それは、本を読む快楽ではない。主人公に感情を移入をすることで得ることの出来る、"人生の満足感"だ。


異世界ものというのは、『自分に無いものを持っている様に見せかける幻覚剤』だ。

何でも出来る主人公が、美少女のパートナーと共に、世界にある様々な問題を解決し称賛される。

途中、どんなに女性から好意を抱かれようとも、決して自らの欲に動かずプラトニックな関係を築き、自分のものにする。

そんな作品が異世界ものの9割を占めていると言っても過言ではない。

つまり、"全知全能"で、"紳士的"で、周りに理解をしてくれる素敵な美少女が居る。

そんな主人公の人生を追体験出来る事こそが、異世界ものの醍醐味なのだ。


そして、異世界ものを読んでいる人間には、そんな心持ちも、能力も一切無いことも間違いないだろう。


もし仮に自分が全知全能だったとして、世界のために力を使うか?

そして、もし仮に自分の周りに美少女が居るとしたら、紳士的に振る舞えるか?

答えはきっと、NOだろう。

理由は簡単だ。異世界ものを読んでいるのは、ろくに人間社会に適応が出来ず、異世界の幻想に逃げてきた愚か者だろう。


能力研鑽や人間関係の構築は、リアルな世界で様々な失敗を経験した上で初めて身につくものなのだ。

そして、失敗には痛みと苦しみがつきものだ。

痛みと苦しみを感じる事に恐怖をいだき失敗を恐れすぎた結果、リアルの世界でのチャレンジを辞め、能力の研鑽を怠り、異世界に逃げてきたお前らに出来るはずもない。


だけど、異世界ものの主人公に感情移入をすることができれば、全てが叶う。

"他人のために自分の力を行使する自分"も、"美少女に紳士的に対応出来る"自分も全て叶える事が出来る。


その能力を得るのに必要な手順はたった一つ、異世界ものを読む事だけなのだから。


だから、異世界ものは『自分に無いものを持っている様に見せかける幻覚剤』なのだ。


幻覚剤の成分が決まっている以上、どんなに発想を工夫した所で何かの二番煎じになってしまうのはもう決まっているのだ。

だからこそ、僕は異世界ものは書かないし、前の作品の二番煎じをしているような作品を読んでいる人々の気が知れない。


「ご飯いらないの〜?」


小説の売上ランキングに憤慨しSNSに溢れんばかりの怒りを投下している最中、耳を澄まさなくては消えてしまいそうな声が、僕の鼓膜に響く。


「こっちは集中していたのに、興が削がれちまったよ。」

僕は誰にも聞こえない様な小さな声でつぶやき、ドアを開け階段を降りていく。


開いているパソコンの画面、そこには一文字も文字が入力されていない。

画面の中にある細い線だけがチカチカと点滅をし、早く文字を打てよと煽っている。


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