第7話 過去
僕には先が見えない。
オークを殺してどうなる。
他の奴らに捕り、今度こそ食われてしまうだろう。
かといって他に行く当てもない。
どうしたらいいのか分からないな。
悩みながら歩いていたのだが、気がついたらオークのテリトリー付近に来ていた。
そうだ、シュランはいないのかな。
「食料を盗んだ?」と、問いかけるつもりはない。
そんな質問をして嫌われたら、話せる相手がいなくなってしまう。
今は誰かに話を聞いてもらいたい。
でないと心が崩れ落ちてしまいそうだ。
「な〜にしてるの?」
いきなり声をかけられビックリした。
背後を振り返ると、そこにはシュランの姿があった。彼はほほ笑んでいて、なんだか安心してしまった。
「ああ、シュランに会いに来たんだよ。昨日はありがとう。おかげで助かったよ」
「そんなことを言いに来たの? 全然よかったのに。こんなところに来て、また捕まっても助けてあげられないよ」
「まあ、それだけじゃないんだけど。昨日はなんで急にいなくなったんだよ」
「彼らに見つかったら問題になるかなって思ってさ。人影が見えたからとっさに逃げちゃった」
「それより、レイは無事そうだね。仲間に入れてもらえたんだね」
「いや、それが、そうでもないんだよ」
今朝の出来事を話したい。
しかし、シュランはオークの仲間みたいだし、僕がオーク殺しを命じられた、なんて知ったら二度と会ってくれなくなるかもしれない。
それどころかオークにチクられるかもしれない。そうなったら僕はアザミとオークを敵に回してしまうだろう。
本当に彼に話してもよいのだろうか。
ダメだと思っているのに、口から自然と言葉がこぼれ落ちた。
誰にも相談しないなんて無理だ。
「聞いてくれる?」
僕は話を切り出した。
◇ ◇ ◇
「レイも言われたんだね。僕も最初はアザミのグループにいたんだけどさ、同じことを言われたよ。」
まさかの返しに驚いた。
「え? じゃあ、シュランはオーク殺しを断ったからアザミのグループを抜けたってこと?」
「いいや。僕はオークを殺す決断を下したんだ。奴らが寝静まった頃に殺しに行ったんだけどさ、バレて捕まっちゃった」
シュランは優男って感じで、とてもではないが強そうには見えない。そんな彼がオークを殺そうとしてだって!?
信じられない。
思わず「うそっ!?」と言ってしまった。
「それが本当なんだよね」
「それで、どうなったの?」
「殺されたくないと思って必死に命乞いをしたんだ。『なんでも言うこと聞くから助けて』ってね。そしたらなんとか生かしてもらえたよ。奴らが空腹じゃなくて助かった。その結果がオークの言いなり人形ってわけだけど。無様だろ? まあ、思っていたよりも自由に動けているから悪くなかったのかな」
シュランは笑いながら話してくれたが、きっと辛いに違いない。よく見ると彼の手足にはアザがある。オークに何をされているのだろう。これ以上は考えたくない。
化け物との共同生活なんて僕ならごめんだ。
「それで、レイはどうするの? 断るなら僕と一緒にオーク達と暮らす?」
シュランは僕の顔を覗き込んで誘ってくる。
「まさか。あいつら臭いし嫌だよ。なんでシュランは平気なんだ?」
「我慢してるんだよ。朝も昼も夜もいつでも毎日臭いよ。死ぬよりはマシ。それだけだよ」
シュランは鼻を摘んで、匂いを追い払うように手を動かした。匂いを我慢するかのように目をつぶっていたが、急に真剣な顔つきになった。
「オークを一体だけ目立たない場所に連れ出そうか?」
思ってもいない提案だった。これは殺しの手伝いをするよ、ということだろう。
「なんでそんなこと言い出すんだよ」
「そうすれば、簡単に殺せるだろ? 僕が注意を引くから、後ろから殺っちゃいなよ。それで解決だ」
「それはシュランを巻き込んでいるよね。そんなのダメだよ。それに殺しはしたくない」
僕はシュランから目を離してしまった。
「あのさ、聞いてもいいのかな。レイはなんでそんなに殺しに抵抗があるの? 食べられそうになったんだよ。やり返してもいいんじゃないかな」
出会って二日目の人に話すことではない。
僕が返事をしないことで、無の時間が流れた。
だが、彼は過去を少し話してくれたし、僕も話さないとフェアじゃないのかな。
そう思って口を開いた。
「僕はスキル持ちなんだ。それが分かったのは子供の頃さ。簡単にいうと人を操れる能力なんだ。村人たちからその力を恐れられた僕は両親と一緒に村を追い出されたんだ」
「そんな可哀想に」
「そして、夜道を歩いているところを盗賊に襲われた。両親は殺され、僕も殺されそうになった。その時、初めてスキルを使ったよ。目の前で舌なめずりをしていた盗賊を運良くスキルで支配下に置けたんだ。そして、そいつに仲間を殺すよう指示をだし、スキを見て逃げ出したんだ」
シュランは憐れむような目で僕を見ている。
黙って話を聞いてくれているので続ける。
「その後、運良く冒険者が見つけてくれたから助かったんだけど、両親の遺体が忘れられないんだ。あんな光景はもう見たくないよ。それに自分のために他人を殺す奴らが許せない。だから命を奪うようなことはしたくない。スキルも人には使いたくない」
他人に話すのが初めてだからかな。手が震えだした。
震えを止めるように胸の前で両手を握った。
「そっか。強いねレイは」
「強い……僕が?」
シュランの一言で、手の震えが弱まった。
「そうだよ。そして誰よりも優しい心を持っている。その心を汚してはいけないよ。ここは悪人ばかりだから難しいだろうけど、人間らしさを保つことは大事だよ」
「でも昨日、受刑者一人を見殺しにしてしまった。僕は自分を嫌いになりそうだよ」
「きっと仕方なかったんだろ? 気にしてはダメだ。悔いていることが優しさの証拠だよ」
「そうかな。そう言ってくれてありがとう」
シュランはどこまでも優しいな。彼に話して正解だった。
自分らしさを貫こう。
「シュランと話せてよかった。じゃあ、そろそろ行くね」
日が高くなってきた。もうあまり時間が無い。
「それで、レイはどうするの?」
「アザミの命令は断るよ。今後どうするかはまた考えるさ」
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