第2話 スキル『血の支配者』

 犯罪者となった僕は自由を失った。

 ここは船の中だ。


 地味な灰色の服に着替えさせられ、手を縄で縛られている。周りの男たちも同じ扱いを受けている。まるで荷物のように狭く暗い船内に押し込められている。ここにいる全員が犯罪歴のある者だ。


 突如、船がギシギシと音を鳴らし大きく揺れた。見張りとして配置されている船員の会話が聞こえてくる。

「なに? クラーケンだと!? 予定変更だ」

 船員二人が甲板に出ていった。


 一体外はどうなっているんだ。

「お前さん、落ち着かないのかい?」

 心の声が漏れていたのだろう。隣の男が話しかけてきた。


「当たり前だろ。もう何日も船に乗っているんだ。どこに向かっているのかも知らされていないし、頭がおかしくなりそうだよ」

「この船の行き先を教えてやろうか。アルカーゲン監獄島だ。流人墓地とも呼ばれている恐ろしいところさ」


「監獄島? 島に向かっているの?」

「そのための船さ。なんでもその島では看守はいないらしく、刑務所らしき建物もない。だから囚人が野放しらしい。スキルや魔法を使える犯罪者を管理するのは大変たから孤島に放り込もう、ってなったらしいぞ」


 そんな管理されてない島があるのか。にわかには信じられない。

「もしかして、嘘を言ってからかってる?」

「そんなことしないさ。まあ、島がどうなっているのかは自分の目で確かめるしか無いな。なんせ島から無事に出られて者はいないって噂だからな」


 刑期を終えればいい話じゃないのか? なぜそんな噂が流れるのか分からない。


「生き残るには仲間が必要だと考えている。そこで提案なんだが、俺と組まないか?」

 組む? このよく知りもしない男と? 信頼していた人でも簡単に裏切るのに。


「物資は定期的に看守が島に届けてくれるらしいが、そんなの奪い合いになるに決まっている。凶悪な犯罪者たちと一緒だぞ。一人だと不利だ」


 その話が本当なら一人でいては危険だ。だが、すぐに返答はできない。


「あなたのことを何も知らない。どうして捕まったのか教えてくれる?」

「いきなり深い話を聞いてくるね。あんたも話してくれるならいいぞ」


 あの日のパーティメンバーからの裏切り行為は思い出したくない。それを会ったばかりの人に話すのはさすがに抵抗がある。


「それは、まだ言えないよ」

「そうだろ? 俺も同じさ。まあ秘密があってもいいじゃないか。すでに島ではグループができているだろう。新人は不利なはずさ。手を組む利点は多いと思うがね」


 答えを渋っていると船員が戻ってきた。

「お前ら甲板に上がれ。ほら、黙ってささっと動け!」


 いよいよ島に着いたのだろうか。甲板に上がると光が眩しかった。何日も暗い船内に閉じ込められていたので当然だ。それでも聞こえてくる声から皆が船の片側に集まっているのが分かった。(そっちに何があるんだ?)眩しいのを我慢し、声が聞こえる方に顔を向けた。


 目の前には島があった。

 事前に目的地を知らないと陸地かと思うくらい大きな島だ。


 あれが、アルカーゲン監獄島か。


「全員いるな。順番に海におりろ」

 船員の言葉に耳を疑った。島が近いとはいえ、ここは海の上だぞ。


「は? 何言ってんだ。港で降ろしてくれるんじゃないのかよ」

 どこからか当然の質問が投げかけられた。


「通常の航路付近にクラーケンが確認できたから港には近づけなくなった。急いで海域を離脱しないと船も襲われるかもしれない」

「でたらめを言うな。このあたりはクラーケンの生息域ではないはずだ」

「魔族が活動を再開したせいで魔物が活性化しているんだろう。この辺りならまだ安全だ。泳いで島を目指せ」


 こんなのめちゃくちゃだ。当然、反抗する受刑者がいる。

「俺は降りない。犯罪者でも最低限の安全は確保されるべきだ。このまま船に残るぜ。本土に戻ったら抗議してやる」

「話をしている時間はない。嫌でも船を降りてもらう」

 船員はベルトに通していた杖を手に取ると躊躇せず魔法を放った。


「サンダースピア!」

 鋭い光が受刑者を襲う。

「うわあああ!」

 抗議した男に直撃した。足元がおぼつかなくなった男は甲板から海に落ちていった。魔法で気絶したのか、そのまま沈んで姿が見えなくなった。


 一気に受刑者たちがざわつき出した。

 そして、サンダースピアが何発も放たれる。

「静かにしろ! お前らも海に沈みたいか!」

 倒れた受刑者はいない。警告射撃だったようだ。


「他に文句のあるやつはいるか? どうせお前らはあの島から出られないんだ。今死んでも誰も気にしないさ」

 だから島を出られないとはどういう意味なんだ。どうしたらいいのか分からなくて頭がうまく働かない。


「ここで死にたくない奴は並んで手を差し出せ」

 先程の脅しが効いたのか、船員の前に受刑者達が並びだした。手の縄を切られると受刑者たちは海に飛び込んでいった。


 くそ、言うとおりにするしか無いのか。

 あっという間に僕の番がきた。ロープを切られ、船の端に立つ。思ったより高さがあるな。正直怖い。もたもたしてサンダースピアを受けてしまうと生き残れる可能性は無い。ここでは死ねない。覚悟を決めた僕は息を思いっきり吸い込み、海に飛び込んだ。


 勢いよく海面にぶつかると、そのまま体が水中に沈んだ。光の射す方を頼りに必死で水をもがいた。


「うわぁっぷ!」

 なんとか海面から顔を出すことができた。あまり波は立っていないな。これならなんとかなるか。


 他の受刑者達が次々に飛び込んでくる。早く移動しないと上から人が降ってきて危なそうだ。先に降りた男たちに続くように、前進しようとしたときだった。何かに足が引っ張られる。


「がはあ! はあはあ、助けてくれ」

 海面から顔をだしたのは船で話しかけてきた受刑者だった。


「助けてくれ。俺は泳げないんだ。泳げないって言ったのに攻撃されたんだ。助けてくれ」

 男の頬から血が流れている。無理やり落とされたのは本当なのだろう。だが僕だって他人を助ける余裕なんてない。


「手を離してくれ。板を持っているじゃないか。それで浮くことができるだろ?」

「こんな小さな板じゃ満足に浮かないんだよ。俺たち仲間だよな。さっき話したじゃないか」

 男が僕の体に抱きついてきた。彼の顔を押して突き放そうとするが、それでも力いっぱいしがみついてくる。痛い! 腕に爪を立てられ血が流れ出てきた。


 彼を連れて泳ぐなんて無理だ。顔が海面に沈んで呼吸ができない。このままでは俺も死んでしまう。


 こうなったらやるしかない。

 もう二度と人相手にこのスキルは使わないって決めていたけど、僕だってまだ死にたくない。わ、悪く思うなよ。


 スキル『血の支配者』を発動した。


 僕の腕の傷から流れ出ている血が手の平に集まる。それはナイフの形状に変わっていった。僕はブラッドナイフを握りしめた。


「あなたを助けることはできない。死んでも僕を恨まないでくれよ」


 僕は自分が助かるためなら目の前の男が死んでもいい。そう覚悟を決めた。

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