第3話 ブラッドナイフ

「な、なんなんだよそれは!? お前スキル持ちだったのか」

 僕は自らの血で形成したブラッドナイフの刃を男に向けた。

「そうだ。できればこいつを人には使いたくない。早く僕から離れるんだ」


 赤い血でできたナイフを見たからか、男の力が一瞬だが弱まった気がした。言うことを聞いてくれる、そう思いホッとできたのは一瞬だけだった。再び男は力強くしがみついてきた。


「脅しても無駄だ。手を離したら俺は溺れて死んでしまう。それならお前も道連れにしてやる」

 なんということだ。自分が助からないから僕も一緒に海に沈める気なのか。自分勝手な奴め。忘れていたが船に入れられていた男たちは全員犯罪者なんだ。どんな思考回路をしているのか分かったもんじゃない。


 このままでは何をされるか分からない。自分の心臓がバクバクしているのが分かる。目の前の男を僕がこの手で殺すことになる。やるんだ。やらないと僕も死ぬ。


 ブラッドナイフを男めがけて振り抜く。刺さる瞬間を見たくなくて目をつぶってしまった。


 それでも手の感触で間違いなく刺さったことが分かった。ブラッドナイフから肉の動きが伝わってくるのが気持ち悪くて、僕はナイフから手を離した。


「残念だったな。そこは急所じゃない」

 男の声で僕は目を開いた。ブラッドナイフは男の腕に刺さっていた。血が流れ、海を赤く染めていく。


「ナイフから手を離したのは間違いだったな。いただくぜ」

 男はブラッドナイフを手に取ろうとする。僕にやり返すつもりなんだろうけど、もう遅いよ。そろそろ始まるころだ。


「なんだこれ! ナイフが掴めねえ。どうなってんだよこれ!」

 人の腕に刺さるくらい硬く固まっていた僕のブラッドナイフが液状に戻っていく。ブラッドナイフはただの武器ではない。本当の能力はこれから発動するんだ。


 これは血の契約だ。ブラッドナイフを刺すという行為はダメージを与えるのが目的ではない。これは血を分け与える行為なんだ。


「やめろ、入ってくるな!」

 僕の血がどんどん傷口から男の体内に入り込んでいく。男が手で払おうとするが無駄だ。飛び散った血が傷口に吸い込まれるように集まっていく。


 流血し、血が減っている相手にこのナイフを差すと、ナイフが血に戻り、相手の体内に僕の血が流れ込む。失った血を補充してあげているのだ。そして僕の血が全身を巡ると血の契約が成立する。これは一方的な主従契約であり、決して逃れられない。それがどういうことなのかというと……。


「僕はブラッドナイフが刺されたものを一方的に従者とすることができ、命令に従わせることができるようになる」


「そんなこと嘘だ!」

「試してみようか? 何を命じようかな」

 男は黙ってクビを横に降っている。無意識に命令が絶対であることを悟っているのだろう。先程まで全力で僕に抱きついていたのに、力が抜けていくのが感じ取れる。


「や、やめてくれ。殺さないで」

「じゃあ、離れてくれる? それなら何もしないよ」

「それは無理だ。死ぬのと同じだ」

 これ以上のやり取りは無駄だな。時間もかけたくない。僕は決断を下すことにした。


「血を分け与えた謝儀を行為で示せ。主人であるレイが命じる。手を離せ!」

 男を凝視し、命令を下した。


 男の目が赤く染まり、さっきまでの抵抗が嘘みたいに「はい」と返事をし、手を離してくれた。


 死ねと命じなかっただけありがたいと思ってほしい。これが僕のスキル『血の支配者』の能力だ。血を分けられた相手は僕に恩を返すために絶対服従となる。


 男はもがいている。泳げないのは本当のようだ。


 僕はを背にして泳いだ。しばらくすると後ろが静かになった。きっと溺れたのだろう。それを確かめるために振り向く余裕は僕にはない。


 人を殺してしまったのか。さっきの男の助けを求めるかのような表情が頭から離れない。

(気にしてはダメだ。ますは生きて島にたどり着くことだけを考えるんだ)

 残りの力を絞り出して必死に泳いだ。


 結構な距離を泳いだはずだが島にはまだ着かない。誰かたどり着けた人はいるのだろうか。日が落ち初めて、水が冷たくなってきた。早く島に上がらないと、僕も死んでしまう。


◇ ◇ ◇


 どれくらいの時間をかけて泳いだのだろうか。気がついたら浅瀬に乗り上げていた。体力の限界だったが、なんとか島に着くことができた。


 しかし、これからどうしたらいいんだ。僕は倒れたまま動けずにいた。そして、まぶたが重い。このまま眠ってしまいそうだ。



「何だこいつ。おい、お前生きているか?」

 誰かが近づいてきたのだろう。声をかけられ、ハッとなった。僕は気を失っていたようだ。先に着いた人だろうか、誰だかわからないが声からは敵意は感じられない。これで助かる。僕はほっとした。


「なんだ、一人で立てないのか? ほら、手を貸すぞ」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ」

 今まで気を失っていたからだろうか、頭が重く、すぐに目を開けられない。なんとか声のする方に手を差し出す。すると手を握る感触があった。それが人間の手ではないことはすぐに分かった。


(ん? 何だこれは。皮膚が厚いのかガサガサしている。それにこれは指だろうか? かなり太くてゴツい。僕はいったい何を握っているんだ)


 顔を上げ、空いている手で目をこすった。ぼやけた視界でもすぐにその正体が分かった。


 こいつはオークだ。

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