第4話 囚人達

 オークが目の前にいる。

 なんでだ? 理由はどうでもいい。早く逃げないと。


「おいおい、どこに行くんだよ」

 手を強く握られ離れられない。絶対に離さないという意思を感じ取れる。このままでは手が潰されそうだ。


「なんだなんだ。そいつ美味しそうだな」

 ここはオークの生息地なのか? オークがぞろぞろと集まってきて、囲まれてしまった。


「こいつ、いい匂いがするな」

 顔を近づけられ匂いを嗅がれる。オークの体臭がとてつもなく臭い。それに粘液が顔に付着して気持ち悪い。なんとかスキをついて逃げないと。


「僕を一体どうするつもりだ」

「どうって、もちろん食べるんに決まってんだろ」

 目の前で口を大きく開き、俺の顔にかぶりつくような素振りを見せた。驚いて反射的に目をつぶってしまう。すると下品な笑いが聞こえてきた。

(くそ! 僕をからかいやがって)


「おいおい! すぐに食べたらもったいないだろ」

 後から来たオークが俺の手を握っていたオークを突き飛ばした。おかげで手が自由になったのだが、やはり状況はよくないままだ。


「そうだそうだ。かわいがってやらねえとな」

「あ? それなら俺が最初に相手をしてやるよ」

「そこは俺が一番だろ。初物しかいらねえよ」

 オークたちが僕の処遇を決めるのに揉めだした。かわいがる? 初物? 何の話だ。まさか……僕を性処理に使う気か? 僕は男だぞ。一体何をするつもりだ。


 早く逃げないと。

 幸い、僕の方に意識が向いていないようだ。


「てめえ、何しやがる!」

 突き飛ばされたオークが殴り返し、オーク同士で殴り合いが始まった。


 オークは足が遅いはずだ。今のうちに逃げよう。浜辺のすぐ近くには森が見える。あそこに入り込めば簡単には追ってこられないはず。


 僕は最後の力を振り絞って砂浜を蹴り出した。

「うおおおおおお!」

 全力で駆け抜ける。振り向くな。前だけを見るんだ。自分にそう言い聞かせた。


 森にはすぐに到達できた。木々がかなり密集していて、後を追ってきたオークは枝や根が邪魔でスピードダウンしている。


 このまま逃げ切れる。そう確信した。その時だ。


 ミシミシと木をなぎ倒す音が聞こえてくる。その音はだんだんと大きくなっていく。何かが前方から近づいてくる。身構え、足を止めた。


(なっ、こいつは……)


 目の前の木がなぎ倒された時、その全容が明らかとなった。先程のオークより一回り以上大きい。こいつはオークロードだ。


「いい匂いがしたから来たんだが、なぜ人間がこんなところにいるんだ?」

 やばい、目が合っている。上から見下されプレッシャーがすごい。少しでも動いたら、その瞬間に襲われるのではないか、そう思うと足が動かなかった。


 身動きが取れないでいたところ、後を追ってきたオーク達に捕らえられてしまった。


◇ ◇ ◇


 日がすっかり沈んだというのに、僕の近くだけは明るい。そして火傷しそうなくらいに熱い。

「僕を焼いても美味しくないぞ!」

 捕らえられた僕は丸焼きになる寸前だ。手足を縄で縛られ、焚き火の近くに置かれている。そして、十数匹のオークが火を囲むように集まっている。


「今日、船が来なかったせいで今後食料が不足するのは目に見えていた。だが、俺たちは運がいい。こいつが手に入った」

 僕の側に立っているオークロードが言った。こいつというのは僕のことだろう。


「天の恵みに感謝していただこうではないか!」

 オークロードの一言でオーク達から歓声が沸いた。そんな中、一部のオークが「そいつの体を楽しんでから食べたい」なんて言い出した。


「あ? ダメだ。そんなことしたら食料が汚れちまうだろ。バカなこと言うんじゃねえよ!」

 オークロードはすぐに却下した。騒がしかったオーク達だが、一気に大人しくなった。


「お前ら、こいつを火にいれろ!」

 ついに、僕の恐れていたことが起こってしまうのか。オークロードから号令がかかってしまった。


(嫌だ、焼かれたくない)

 縄をほどこうと試みるが無駄に終わる。オーク二体に持ち上げられてしまった。もうダメだ。


「ちょっと、何してるの!?」

 少し離れた場所から人間の若い男がこっちに向かって話しかけてきた。あいつ正気か? オークの群れが見えないのだろうか。


「おい、こっちは危険だ。見てわからないのかオークに囲まれてるんだよ。君は逃げろ」

 僕の声が聞こえていないのか。男が近づいてくる。


「僕のことはほっといていいから走って逃げるんだ」

 先程よりも声を張って言った。さすがに聞こえているはずだが、構わず距離を詰めてくる。そして、オークの横を普通に通り過ぎ、輪の中に入ってきた。


 この男、なんで襲われないんだ?


 その男は、僕の心の声が聞こえているかのように「大丈夫だよ。僕は彼らの仲間だから」と言った。

 わけがわからない。人間とオークが仲間? これは夢なのか。頭が混乱している。


「シモーツ! ダメだよ。彼の服を見てごらんよ。僕と同じ服だ。彼は囚人だ」

 その男はオークロードを目の前にしても怯えることはなく、当たり前に話しかけていた。シモーツというのはオークロードの名前なのだろう。オークにも名前があることに少し驚く。


「ああ、言われてみれば似たような服を着ているな」

「気づいていたよね? しらばっくれないで早く彼を解放してあげてよ。焼け死んじゃうよ」


「俺たちのテリトリーに入ってきた者にどんな処罰を下すのかは俺が決める」

「彼の身なりは整っているよね。服も新しそうだ。きっと新人だよ。許してあげてよ」

 男は僕を助けようと必死にオークロードを説得してくれた。


「人間同士助け合おうってか。分かったよ。でもこれは貸しだからな」

「わかってるよ。代わりを用意する」

「おい、そいつを降ろしな」

 オークロードの命令に従い、オーク達は僕を地面に降ろし、縄をほどいた。


 危なかった。あと少しで食われるところだった。


「立てる? ここじゃ落ち着かないよね。あっちに行こう」

 男に手を引かれ、導かれるようにオークの群れを突き進んだ。オーク達にジロジロと見られ、襲われやしないかと怯えてしまった。だがそれは杞憂に終わった。何事もなく通り過ぎることができたのだ。


 事焚き火の明かりが小さく見えるところまで離れるとシュランは足を止めた。そして、ここに座りなよと促された。


「君、新しい囚人だよね? 僕はシュラン。君は?」

「えっと、僕はレイ」

「レイだね。よろしく。僕も囚人なんだよ」

 それは服装でなんとなく分かっていた。同じ服を着ている。


 シュランは続けて言った。

「そして彼らもね」

 シュランの目線の先にいたのはオーク達だった。

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