異世界監獄島 〜冤罪によりパーティを追放され島送りに。そこは他種族の囚人も収容される無法地帯。他人を従属化できるスキルを駆使し生き残りをかける〜

しわくちゃん

第1話 追放と冤罪

 事件が起きた。

 人が刺されて倒れている。


 酒場の裏路地で血を流し、ピクリとも動かないその男のことを僕はよく知らない。だが、その直ぐ側に立つ男のことならよく知っている。


「ガラム! なんでこんなことになったんだよ」

 ガラムは僕の所属している冒険者パーティのリーダーで魔法剣士だ。パーティメンバーで集まり酒場で飲んでいたところ、他の客と口論となった。「外で決着をつけるか!?」と言われたガラムは熱くなり、男と二人で店を出ていったのだ。時間を置いて状況を確認しに来たことは間違いだった。こんなことになるだなんて。


「ああ、レイか。こっちに来るな! いや、どうしよう。助けてくれないか」

 こんなに動揺しているガラムを見るのは初めてだ。僕を見る彼の目は泳いでいて、全身が震えている。最初は暗くて状況が分からなかったが、ガラムの手には血で染まった短剣が握られている。僕が短剣を見ているのが分かったのだろう。彼が口を開いた。


「俺は悪くない。先に武器を出してきたのはこいつだ。短剣を俺に向けてきたから奪おうとして取っ組み合いになって、それで、気づいたら刺してしまってたんだ」

 短剣の刃は深いところまで赤く染まっている。相手は重症に違いない。酔ってましたで済む話ではなさそうだ。


「落ち着くんだ。大丈夫、君は大丈夫だから。それをこっちに渡すんだ」

 ガラムが変な気を起こさないように目を合わせながら近づき、短剣を取り上げた。そして、倒れている男の状態を確認する。大量の血が地面に広がっているが、上級回復魔法なら助かるかもしれない。


「カトレアの回復魔法でなら助けられるかもしれない。ガラムは待っていて。僕が彼女を呼んでくる」

 カトレアは僕らのパーティの紅一点でヒーラーだ。ガラムたちの飲みグセが強いのが苦手で酒の席には毎回来ない。一刻を争う事態だ。すぐに宿に呼びに向かおうと来た道の方を振り返ると、カモミールがいた。


「レイまでも戻ってこないので心配で来たのですが、これは大事件ですね」

 カモミールはパーティの魔法攻撃担当だ。魔道士だが回復魔法は覚えていない。彼ではこの事態を解決できそうにない。

「ガラムが刺したんだ。カトレアを呼べばなんとかなるかもしれない」

「残念ですが、その出血量ではもう死んでいるでしょう。さすがの彼女でも蘇生はできません」

 さっきまで一緒に飲んでいたとは思えないくらい冷静な答えが返ってきた。


「どうすればいいんだ! 俺はあと少しでA級冒険者になれるはずなんだ。それがこんな馬鹿げたことで台無しになるなんて。人殺しだ。もう人生おしまいだ!」

 男を助けられないとわかるとガラムは取り乱しだした。頭を強く掻きむしっている。


「幸いにも私達以外に目撃者はいなそうですね」

 対象的にカモミールは落ち着いており、周りを見回している。今、何と言った……幸い?

「ガラム、両手を差し出してください」

「ああ? どうするつもりだ」

「いいから早くして下さい」

 ガラムの手には血がこびりついていたが、次の瞬間、キレイに流れていった。カモミールが水魔法を使ったのだ。洗浄し終えるとすぐに「さあ、行きますよ」と言い、ガラムの手を引っ張った。あろうことかその場を立ち去ろうとしたのだ。


 僕は予想外の行動に問わずにはいられなかった。

「ちょっと待ってよ。もしかして死体をこのままにしておくつもり?」

「このままではガラムが犯罪者として捕まってしまいます。そうなるとパーティメンバーも連帯責任で冒険者登録が抹消されます。これは彼だけの問題ではないのです」


「でも、後でバレたら罪が重くなるよ。人を殺したんだ。ガラムのためにも自首させて罪を償わせるべきだ。ガラムはずっと今日の事を引きずりながら生きていくことになるんだよ。それでもいいって言うの?」

「見つからなければいいのです。今なら誰にも見られていません。だから早くこの場を去りますよ」


 そんな。素直に経緯を説明すれば罪が軽くなるかもしれないのに。先に誰かに通報でもされたら今よりも大問題になってしまうよ。


「おい! お前らこんなところで何してんだよ」

 やばい。誰かが来た。反射的に振り返ると、そこにいたのはバコモスだった。知っている顔で安堵した自分がいた。彼はふらつきながら近づいてくる。かなり酔っていそうだ。飲み会でもかなりのハイペースで飲んでいた。

「大変なんだ。ガラムが人を……」

「ガラム? 俺はお前が何をしたのかを聞いてんだよ、レイ!」

 バコモスの怒号により僕の声は遮られた。

「僕?」

「その短剣はなんだよ。お前がそこの男を刺したのか?」

 バコモスは僕が「違うよ」と否定する間もくれない。

「お前がやったんだろ? どうしてそんなことしたんだよ」


 どうしよう。バコモスは酔ってまともに会話ができそうにない。


 やばい。血まみれの短剣を持ってるのは僕で、ガラムの手はもう汚れていない。経緯を知らない人が見たら僕が殺したみたいじゃないか。


「そうなんです。レイが短剣で人を刺したんです」


 カモミールのやつ何を言い出すんだ。なんで僕が殺したことにするんだ。こんな時にふざけているのか? カモミールに問い詰めなくては。彼に近づき、捕まえようと腕を伸ばしたときだった。


「やっぱりそうか! 逃げようとすんなよ」

 バコモスに腕を掴まれ、そのまま投げ倒された。石畳は固く、強い衝撃に襲われた。彼は戦士であり、その力は凄まじい。あまりの痛さにしばらく起き上がれそうにない。


 バコモスの誤解を解くには本人に打ち明けてもらうしかない。

「僕はやっていない。そうだろガラム?」

「えっと……」

 なんで黙るんだよ。ガラムの目が泳いでいる。カモミールが割って入ってくる。


「ガラムは我々にとって必要不可欠な人です。彼は将来、A級冒険者になることでしょう。動物を使役して荷物運びくらいしかできないレイとは違うのです! 彼は世の中から必要とされる人になるのです。そんな将来有望な彼が人殺しなんてするはずがない。そうですよねガラム!」


 カモミールと目を合わせたまま黙り込むガラム。何を考えているんだ。


 カモミールが無言でうなずくとガラムも呼応するようにうなずき、重い口を開いた。


「ああ、そうだ。そうだよ。刺したのは僕じゃない。レイにはがっかりだよ。俺に罪を着せようとするなんて。この卑怯者め。お前はクビだ!」

 

 彼らはパーティで使えない僕を犯人に仕立て上げるつもりなんだ。

 僕の本当の能力は動物を使役することではない。もっと恐ろしいものだ。他人を傷つけないように過ごしたい。だから力を抑えきたんだ。いや、そんなことは今はどうでもいい。クビって何だよ。


 僕の中で何かが崩れる音がした。信頼していた人たちから裏切られることがこんなにも苦しいことだなんて知らなかった。知りたくもなかったよ。


「なんでそんなことが言えるんだよ。僕はガラムを助けてあげようとしたのに!」


「見苦しいぞ。黙ってろ!」

 痛みで起き上がれずにいた僕にバコモスが覆いかぶさってきた。

「お前なんて仲間じゃない! 仲間を騙そうとするなんて恥知らずなやつめ。刑務所で反省するんだな」

 バコモスは更に上から押さえつけてきた。苦しい。息ができない。もう声を発することもできない。あとは目の前が真っ暗になるのを待つだけだった。気を失う前に見たガラムやカモミールの顔が忘れられない。二人して悪い笑みを浮かべていた。


 こうして僕はパーティをクビになった。そして、無実を証明できずに殺人の冤罪で捕まった。

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