第6話 ルール
恐ろしい光景を目にしてしまった。
囚人が囚人を裁いている。
小指を切り落とされた男は、痛みを耐えながら僕の前を通りずぎていった。
ここで怪我を負ったら一体誰が治療してくれるんだ?
薬草くらいはあるのだろか。危ないことには首を突っ込まないようにしないと。
「で、誰そいつ?」
アザミの一言で皆の視線が一斉に僕に集まった。
僕を連れてきてくれた囚人が「お前が自分で説明しろよ」と言わんばかりに僕を突き出した。
「今日この島に着いたレイだ。その、休む場所を探して、ここに辿り来たんだけど」
「新しい仲間ってわけだな! よし、皆でこいつをかわいがってやれ!」
アザミがそう言うと、囚人たちから歓声があがった。どうやら歓迎されたようだ。
先程の緊張した雰囲気とは違い、フランクな感じに正直ほっとした。彼らは今から食事のようで、テーブルと椅子に着いた。そして僕にも食べ物を分けてくれた。
目の前には焼いた肉と平べったいパンのようなものが用意された。至ってシンプルな食事だが、船の中では硬いパンしか食べられなかったし、空腹も相まって、とても美味しそうに見える。
「これ食べてもいいいの? ありがとう」
僕はすぐに食べ終えてしまった。物足りないと思い、周りを見渡してみる。他の囚人の食事は僕に出されたものとは違い、肉は薄く、パンは小さかった。
僕は初日だから豪華だったのかな?
もっと欲しいと言える状況とは思えないので、我慢することにした。
「さっきは恐ろしいところを見せてしまったね」
アザミが僕の隣に座ってきた。笑顔で話しかけてくれたのだが、目は笑っていない感じがする。
「大丈夫。ルールを破ったり、ヘマをしなければ手荒な真似はしないから安心して」
「ルール?」
「ああ。島には囚人同士で決めた独自のルールがある。絶対に覚えておいてほしいのは二つだ。他のグループのテリトリーには無断で入らないこと。そして、他人の物を盗まないことだ。簡単だろう?」
「そうだね。そのルールを破らないようにするよ」
「素直でよろしい。ああそうだ、分かっているだろうけどここのボスは俺だ。俺の言うことには逆らうなよ」
そう言い残すとアザミは席を外し、食堂を出ていった。
短い時間だったが、彼と話すのはとても緊張した。「ルールを破ったら殺す」と脅されているようだった。
食事を終えた僕は部屋に案内された。
今は空き部屋が多数あるようで、個室を用意してくれた。部屋には昔使われていたであろう古いベットだけがあった。鍵は壊れているため誰でも侵入可能だ。
誰かに襲われないか不安だったが、外で寝る勇気も無い。それに今日はもう疲れた。ちょっとした物音に怯えながらも、この日は就寝した。
◇ ◇ ◇
なんだか眩しい。
窓から光が差し込んでいる。久しぶり朝日で目覚めた。
(よかった。まだ生きている)
体に異変は無い。無事、夜が過ぎ去ったみたいだ。
部屋の外に出ると何やら少し騒がしい。また何か問題が起きたのだろうか。昨日の指切断を思い出し、一気に緊張感が増した。
食堂の前に人が集まっている。
「何があったの?」
僕は近くにいた男に話しかけた。
彼が言うには、看守が定期的に食料を届けてくれているのだが、昨日は船が港に来なかったから荷物も降ろされなかった。このままでは食料が足りなくなる。そんな中、食料庫が荒らされ、物資が盗まれていた。そのことに今朝気づいて、皆ピリピリしている、という訳だ。
昨日、他の囚人が口にしていた貧しい食事を思い出した。確かにあんな食事が続いたら不満がたまるだろう。誰かが盗み食いしてもおかしくはない。
しかし、疑問が残る。昨日、囚人が罰を受けていたばかりだ。あの痛ましい姿は皆の記憶に残っているだろう。それなのに誰かが犯行に及んだなんて考えられない。僕だったら絶対にしない。
「誰が犯人なんだ! 心当たりのあるやつはいないのか」
アザミが声を荒らげている。
「そういえば昨日、レイがシュランと一緒にいるのを見たぜ」
僕をこの建物に案内してくれた切り傷男が話しだした。
「なんだと。それは本当かレイ」
アザミの鋭い眼光が僕の方に向けれられた。
余計なことを言ってくれたじゃないか。
嘘は言えない。他にも目撃者がいるかも知れない。
「ああ、本当だ。道案内をしてくれたんだよ。親切でいい人だったけどそれが何か?」
「シュランはな、俺たちの誘いを断って、オークの手下になることを選んだんだ。分かったぞ。レイを道案内をするついでに食料庫に近づいて、お前に注目が集まっている間に盗んだんだろう。そうに違いない!」
「ちょっと待って。どういうこと?」
「オーク達が指示を出したんだろう。食料が足りないのはあいつらも同じはず。共食いしないためにシュランに盗みをさせたんだろうよ」
そういえば、昨日オーク達と貸しがどうとか話してたっけ。まさかね。
「ちょっと待ってよ。証拠は無いんだろ?」
「シュランは一昨日もこの辺りをうろついていた。証拠なんていらねえ。捕まえて吐かせるんだよ。オーク達が俺たちの物を盗んだのはこれが初めてではない。報復をしないと腹の虫が収まらねえよ。なあ、お前ら!」
アザミの煽りにより皆のボルテージがあがり、一気に騒がしくなった。
アザミの鋭い眼光が、再び僕に向けられた。
「おい、レイ! 昨日の礼をしろ。そうだな、オークを一体殺して来い」
は!? 礼ってなんだよ。昨晩の食事のことか? あんな飯で殺しを強要されるとは思ってもいなかった。想定外の命令に驚き、声がでない。
僕は黙ってクビを横に振った。
アザミはナイフを手に握り、僕に近づいて言い放った。
「断ることは許さない。お前がオーク達の仲間ではないことを証明をしろ。分かったな」
ナイフを首元に突きつけてきた。刃先には昨日の血がこびりついている。これは脅しではない、ということが伝わってくる。
何か言わないといけない。分かっているけど、まだ喉から声がでない。僕が何も言えないでいると、アザミが話しだした。
「いいか、ここには常駐の看守がいない。だから囚人の身に何が起きても助けには来ない。例え殺し合いが起きてもな。自分の問題は自分で対処しないといけない。多くの奴はそれができない。だから仲間を作る。お前はどうする? 一人になるか、それとも俺たちの仲間になるか、どちらをか選べ。一人を選んだときのお前の安全なんて誰も保証しないぜ」
きっと命令を断ったら、すぐに襲われるのだろう。そんな気がする。この島で一人で生きていく自信は無い。すぐに命を落としてしまうだろう。
しかし、僕にオークを殺せるのだろうか。そもそも、自分が生き残るために命を奪っていいのだろうか。物理的にも心理的にも今の僕には難しいことだ。
「ちょっと考えさせてほしい。僕にも覚悟を決める時間がほしい」
「太陽が昇り切るまでには決めろ。それ以上は待たない」
そう言うとアザミは去っていった。
すぐに他の囚人たちも解散し、その場には僕一人だけとなった。
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