第22話 告白

 僕たちを囲っていた魔狼ワーグの群れは、しばらくの間襲う機会を窺っていたが、空が白み始めると、一斉に引き上げていった。

 それから1すぐに、近くのギルスという街の自警団がやって来て、チェイス達の身柄を拘束すると手際よく連行していった。


 法で禁じられた『暗黒水晶』を使用した罪は重い。チェイス達は冒険者の資格を剥奪され、牢屋に入る事になるだろう。

 もちろん、それは全てを裏で操っているヴィンセントも同じだ。


 ヴィンセントに関わらなければ、こんな事にならずに済んだのに。僕と同期の冒険者がこんな事になってしまったのはとても悲しい。


 疲労困憊の僕たちは、日が昇ると、森に逃げた馬を呼び戻し、ポリティアの街へ一旦帰還する事にした。


「さっさと帰ろう。何故か魔狼ワーグたちは引き上げてったけど、またいつ襲って来るか分からないわ。もう腕が痛い」


「そうですね、メリッサ。まさかヴィンセントさん達が魔物を操るスキルを持っていたなんて」


「アイツのせいで俺たちはいつもクエスト中の魔物の乱入が多かったんだな。得心がいったぜ」


 3人は馬に荷物を括り付けながら各々ボヤく。

 僕もまさかヴィンセントがここまでしてレイラーニを狙って来るとは思わなかった。僕たちを殺してでもレイラーニの力が欲しかったのだろう。一介の冒険者がやるにしては悪質過ぎる。

 ヴィンセントが暗黒水晶をどこで手に入れたのかも気になるところではあるが、後はギルドと自警団に任せよう。


「おお、そうだアントン。コイツを持って帰れ」


 ダミアンはそう言うと、僕の方へ麻袋を投げ付けた。


「え? 何これ?」


 突然のダミアンからのプレゼントを受け取り困惑する。麻袋は僕が両手で抱える程の大きさで少し重い。


鎧岩石兵アーマードゴーレムの破片だ。ほぼ砂だがな。そいつを防具屋に持って行け。Bランクの防具を作ってもらえるぞ」


「え!? 本当!?」


 まさかの情報に僕の頬は緩んだ。

 まさに干天の慈雨。

 チェイス達が横取りした防具は魔狼ワーグの襲撃でボロボロに壊れて地面に転がっていた。Eランク程度の防具では、Cランク相当の魔狼ワーグにはほとんど意味を成さない事が分かった。

 だが、鎧岩石兵アーマードゴーレムの素材ならば、かなりの防御力が期待出来る。


「早く帰ろう! これで防具を──」


「待って、アントン。その前にお話が」


 左手で馬の手綱を握って寂しそうな表情で僕を見るレイラーニ。

 一体どうしたと言うのか。


 メリッサもダミアンも、自分の馬の前で腕を組んで僕へと視線を向ける。


「どうしたの? レイ」


「アントン。サブスクリプションの発動条件……いえ、リスクと呼ぶべきですね。貴方の口から話してください」


「え? ……何言って……」


「話してください」


「だから、それは特にないって」


「さっきのゴーレムとの戦闘で、私は貴方の嘘と、不思議な現象を見てしまいました。本当は、私にはもう察しはついています」


 寂しそうな目で、レイラーニは僕を見て言う。

 メリッサもダミアンも静かに腕を組んで僕の声を待っているようだ。


「……バレちゃったか。レイには隠し事は出来ないね」


「私が今ここでその事を問い詰めるのは、それがこのパーティーの、そして、アントン自身の為にもなるかと思ったからです。話してください。貴方の口から」


 僕は一度俯き目を閉じると、皆にサブスクリプションの事を話す決意を固めた。


「サブスクの代償は、“お金”。使用する特典に対し期間と金額が指定されているんだ。だから、無制限に特典を使う事は出来ない。僕の所持金が反映されているから、僕がお金を持っていなければ使えないんだ」


「やっぱり……アントンのお金が私たちより明らかに少ないのはおかしいとは思っていましたよ」


 レイラーニはまた寂しそうな声色で静かに言った。

 だが、メリッサは違った。


「何でそんな大事な事言わないのよ!? アントンが自分の為にお金を使うのなら文句はないわ!

 けど、あたし達の為に使って金欠になって装備もろくに買えなくなるんじゃ納得いかないわよ!」


「悪いがアントン。俺もメリッサと同じ考えだ。お前だけ苦労するような事になるなら何故言わなかった? 俺たちは仲間じゃないのか?」


 メリッサとダミアンの怒りはもっともだ。自分を犠牲にしてまで助けられる義理などないと思っているのだろう。

 だが、そうではない。


「仲間だからこそ、だよ。僕は皆にどうしても恩返しがしたかったんだ。こんな冒険者としてお荷物以外の何者でもない僕を、大事な人生という時間を使ってまで支えてくれる皆に恩返しがしたかったんだよ」


「恩返し……」


 レイラーニが静かに呟いた。


「そうだよ。僕、サブスクのスキルが発現して嬉しかった。ようやく発現したスキルが、皆を強化してあげられるスキルだったんだから。これでようやく恩返しが出来るって思った。……でも、その対価がお金だと知ったら、絶対に皆は使わせてくれないと思ったから……だから黙ってた。……ごめん」


 僕は胸の内を吐露して頭を下げた。


「レイ、アンタ、アントンに言ってあげて! アンタとあたし達の思ってる事は一緒だろうからさ」


 メリッサは腕を組んだままツンとした態度で言う。

 レイラーニは頷くとダミアンへ視線を向ける。赤い髭を手で扱いているダミアンも黙って頷いた。


「アントン。私たち3人が貴方と一緒にいるのは、貴方と同じく、恩返しがしたいからです。ただ冒険者パーティーを組みたいからというわけではありません。私たち3人は、貴方の優しさに救われて今こうして人間のテリトリーに来て冒険者をしています」


「僕の優しさに……救われた?」


「そうです。私たち3人は揃って種族の異端児・・・でした。同族からは蔑まれ、人間からはその力を疎まれたり利用しようとされたり、故郷でも、この人間の国でも、1人では居心地が悪かった。そんな私たちに声を掛けてくれたのがアントン、貴方でした」


 僕はレイラーニの話を聴きながら、3人と出会った日の事を思い出した。

 それは、今ここでは語り尽くせない程の出来事だった。3人との出会いを僕は忘れる事が出来ない。


 僕の瞳からはいつの間にか涙がポロリと零れた。


「僕への恩……って言うのが、皆との出会いの時の事ならそれはもうとっくに返してもらってるよ。Fランクの出来損ないだった僕を、Eランクにしてくれた」


 レイラーニは首を振る。


「私たちが恩を返したと思うまで、恩返しは終わりません。アントンの夢はSランク冒険者になる事でしたね」


「……うん、まあ、なれればいいなぁ……くらいだけど」


「私たちは貴方のその夢を叶える事が最大の恩返しだと思っています」


「いや、でもそんな何年掛かるか分からないし、そもそもなれないかもしれない……」


「馬鹿だなアントン。俺たち長寿種族の前で人間が何年掛かるか分からないなどとは。100年くらいは余裕だ! ま、そんなに掛からずに、お前ならサクッとSランクになるだろうとは思っているがな」


 ダミアンが笑顔で言う。


「そうよ。だからさ、サブスクの件は相談して欲しかったなー。じゃないと何だか人の金でメシを食うみたいで申し訳じゃない」


 今度はメリッサが笑顔で言った。


「ごめん、皆。ありがとう」


「アントン。いいですか? これからはサブスクリプションを誰かに使う時は、貴方の貯金から出すのはやめてください。パーティーで“サブスクリプション貯金”を出し合ってそこから使うようにする。もちろん、無駄遣いはしない。本当に必要な時に皆で相談して決めましょう。サブスクリプションというスキルは、性質上、貴方だけのものではないのですから。どうですか? 皆さん」


「いいんじゃない? サブスクはアントンのスキルだけど、強化対象がアントン自身じゃなく他人である以上、恩恵を受けのはあたし達なんだから」


「アントンだけマイナスになるのはおかしいからな。俺も賛成だ!」


 メリッサもダミアンも笑顔でレイラーニの提案を快諾した。


「決まりですね。いいですね? アントン」


「分かったよ。ありがとう。レイ、メリッサ、ダミアン」


 僕は涙を袖で拭った。

 3人は本当に素敵な仲間たちだ。種族はお互い違うけど、そんな事は関係ない。まるで家族のような居心地の良さがここにはある。


「よし! じゃあ、戻ろうか!」


 ダミアンはそう言って馬に飛び乗った。


「そうですね。アントン、さ、乗ってください」


「いつもありがとう、レイ」


 僕はダミアンからもらった麻袋を、馬に括り付けてあるリュックに押し込む。そして、先に騎乗したレイラーニのエスコートで、僕は馬に乗せられた。早く僕が男としてレイラーニをエスコートしてあげたいものだ。


「あ、アントン。サブスクでバストサイズ弄れるようになったら、真っ先にレイの胸大きくしてあけてね! あたしよりは小さめで」


「は? またそんな下品な話を」


「いや……それは」


「アントン、メリッサの話なんて間に受けなくていいですからね」


「だってそんなまな板じゃ可哀想でしょ?」


「そんな事ないよ。僕はレイのぺったんこの胸が好きだから」


「コラ!」


 口を滑らせた僕の頭を、レイラーニは軽くポコっと叩いた。


「ご、ごめん、今のはレイを励まそうと」


「子供が余計な事を考えるんじゃありません」


 頬を赤らめたレイラーニは、僕をチラッと見ると、すぐに前を向いてしまった。

 その仕草が堪らなく可愛かった。


「良かったじゃない! アントンが貧乳好きで!

 ハッ!」


 そう言ってメリッサは掛け声を上げると、笑いながら逃げるように馬を駆けさせた。


「あ! コラ、待ちなさい! アントンの前で胸の話はしないで!」


 レイラーニはぷんぷん怒りながら馬を駆けさせ、逃げたメリッサを追い掛ける。


「おい、アントン! 腹が減ってしまったんだが、今日のメシは何だ?」


 隣を駆けるダミアンが僕の顔を覗き込んで言う。


「あ、あのさ、皆。ヴィンセントがまだ捕まってないんだから、また魔物とか送り込んで来るかもしれないのに何でそんな緊張感ないの??」


 脳天気な3人に僕を咎めると、背後のレイラーニは言った。


「私たち最強のパーティーが、あんな低俗な男に負けるものですか」


「次会ったらとっ捕まえてギルドに突き出してやる!」


「むしろこっちから探しに行ってボコボコにしてやってもいいわね! どうせアイツ冒険者資格剥奪されるだろうから、ギルドの掟は適用外でしょ!」


 強気で頼もしい3人の言葉に、僕の不安は不思議と和らいだ。


 朝日が眩しい。


 僕たちは輝く朝日の方角へと向かって行く。


 これから先もずっとこのパーティーで冒険が出来たらな、と、僕は思った。

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謎スキルを持つ底辺冒険者は、亜種族パーティーと共に成り上がる。~『サブスクリプション』って名ばかりのスキルだけど、開花したら実は凄い?~ あくがりたる @akugaritaru

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