第21話 強襲
僕たちは小屋の下敷きになったであろうギルド職員の救出と、チェイス達の手当を済ませると、ようやく一息つく事が出来た。
辺りはすっかり暗くなり、月明かりとレイラーニが魔法で灯した焚き火の灯りが僕たちを照らした。
倒壊したギルド小屋のそば。
職場を失った職員たちは先に近くの街へと移動して行った。
リッカ遺跡のダンジョンはしばらく閉鎖されるという。
僕たちは焚き火を挟んで、手足を麻縄で縛られているチェイス達の前に座っていた。
流石にチェイス達はもう反抗せず、ただじっと焚き火の火を眺めているだけだ。
そこへ人影が近付いて来た。
「ギルドの職員たちは皆近くのフーガの街へ移動が完了しました。
話し掛けてきた男は、
彼は僕たちが救助活動を始めた頃にダンジョン内から魔法で帰還し、そのまま救助活動を手伝い、瓦礫の下の職員たちを救い出し、魔法で回復させるのを手伝ってくれた。そして、回復した職員たちを、近くのフーガの街まで誘ってくれたのだ。
「こちらこそ、色々とありがとうございました。フレーゲルさん」
「これから私はギルドの本部へ行き、リッカ遺跡管理小屋の倒壊による営業困難な状況の報告と、『暗黒水晶』を使用し魔物を魔改造して冒険者を襲わせたその者たちの悪事を報告してきます。出来るだけ早く応援を連れて戻りますので、それまでの間、大変申し訳ないのですが、その者たちの身柄の確保をお願いいたします」
礼儀正しく深々と頭を下げたフレーゲルに対し、僕たちも頭を下げて応えた。
「私たちは野宿には慣れていますから、ここで待つのは大した問題ではありません」
「かたじけない」
答えたレイラーニに、フレーゲルは礼を言うと、身体が闇に溶けるように一瞬でその場から消えてしまった。
「フレーゲルさんて魔法使い?」
僕はあまりにも鮮やかな魔法を使ったフレーゲルを見て、魔法使いであるレイラーニに疑問を投げ掛けた。
「いいえ。人間です。魔法が使える人間。それより、チェイスさん」
僕の質問に簡潔に答えると、レイラーニは杖を突いて立ち上がる。
「ギルドからも聞かれるとは思うのですが、私からいくつか質問させてください」
「……はい。何でも聞いてください。どうせ俺たちはもう終わりなんですから」
自暴自棄になっているチェイスは素直にレイラーニに応じる。
「『暗黒水晶』はどこで手に入れたのですか?」
レイラーニが言う『暗黒水晶』とは、法律で使用や保持が禁止されている邪悪な力を秘めた水晶だ。僕も見たのは今回が初めてだが、その水晶は魔物に更なる力を与えると言われており、国が徹底的に取り締まっているので簡単に手に入る代物ではない。
ただの
「……貰ったんですよ。あの人に」
チェイスは溜息をついて答える。
「『あの人』とは?」
「……関わるんじゃなかった。結局、俺たちがこんな状況になっても助けにも来てくれない。失敗したら用無しってわけか……」
「答えてください。『あの人』とは誰ですか?」
レイラーニがチェイスに迫った時、突如遠くから犬の遠吠えのようなものが聞こえてきた。
それは徐々に複数頭の遠吠えが連鎖していっている。
「
ダミアンが斧を構えて立ち上がった。
それに釣られて僕とメリッサも立ち上がる。
遠吠えはあちらこちらで聞こえる。
闇夜に響くその鳴き声は、昼間聞いたものとは比較にならない程の恐怖心を掻き立てる。
「この辺には
「あたしに聞かれても知らないわよ。
ダミアンと共にメリッサも武器を構え、辺りを警戒している。
「あ……あの人だ。俺たちを殺すつもりだ……!
口封じの為に」
「嫌よ私!! だからやめようって言ったのよ!
悪い事してお金稼ごうとするからこんな目に……死にたくないよ!!」
チェイスとフローラ、そして他の2人の男も、
「お願いレイラーニさん! 縄を解いて!
「フローラさん、
「そうよ! アイツよ! “ヴィンセント”よ!」
「チッ! やっぱりアイツかよ! クソ男!」
メリッサは大きな声で僕たちの心の中を代弁してくれた。
「アントン、チェイスさん達の縄を解いてあげてください。解いたらアントンも一緒に木の上へ避難してください」
「わ、分かった」
僕はレイラーニの指示に従い、剣を抜くとチェイスたちのもとに駆け寄る。
「駄目! 間に合わない!」
メリッサの声と同時に、森の奥から茂みを揺らし、獣の息遣いと唸り声が近付いて来るのが分かった。
そして、すぐに茂みから2つの瞳を光らせた
「クソっ!」
「ガゥゥ……!」
だが、その
「うぉぉぉ!!」
ダミアンは雄叫びを上げながら次々と襲い来る
その間に僕はフローラの手足の縄を剣で切る。
メリッサは目にも留まらぬ早業で、
レイラーニも杖の先端の魔法石を輝かせ、襲い来る
しかし、それでも
「くっそぉぉぉ!!」
叫びながら、僕は剣を横に振った。
固いものを弾いた感触と肉を斬り裂いた感触が手に伝わったかと思うと、僕の身体には生暖かい液体が浴びせられていた。
それは酷く生臭い。
目の前には牙が折れ口が裂けた大きな
僕は歯を食いしばり、そのワーグの頭を剣で突き刺しトドメを刺した。
「フローラさん、あとは任せます。僕は
「わ、分かったわ」
僕は腰の雑嚢から小さなナイフを取り出しフローラに渡した。
以前よりも簡単に
彼らは敵だが、同期の同じ冒険者。見捨てるわけにはいかないと思ったのだ。
「アントン!? 何してるんですか!? 危ないから貴方も逃げててください! 私はもう強力な魔法は使えないのです。一気に
果敢に戦う僕の姿を見て、レイラーニが言った。
「大丈夫! 僕もレベルが上がってるみたいで、前より倒せるようになってるから! 僕にも戦わせて!」
「アントン! 駄目よ! いくらなんでも数が多過ぎる! あたしの矢ももうなくなりそうなの! 援護出来ないわよ!」
「俺もそろそろキツい! さっきのゴーレムとの戦闘で、斧の刃がボロボロなんだ!」
メリッサもダミアンも何とか持ち堪えているといった感じらしく、長くは持たないらしい。
それなのに、周囲の暗闇にはまだ無数に光る
フローラがチェイスと仲間の2人の男の縄をナイフで切り終えた。
だが、それを見た
「クソっ! クソっ! 来るな! あっちへ行け!」
チェイス達も必死に剣を振るがその
僕の剣も
「
フローラの詠唱が聞こえ、炎が見えたが、やはりその魔法も
「許して! ヤダ! 死にたくない……!!」
フローラの泣き叫ぶ声が聞こえる。
僕はフローラに飛び掛る
いくら斬っても数は減らず、僕やフローラに生暖かい
レイラーニも光る杖を振って
時がゆっくり流れているような気がする。
フローラやチェイス達の叫び声。
飛び散る血。闇夜ではそれは真っ黒い液体にしか見えない。
「サブスクリプション!」
こんな時に僕のスキルで何が出来るのか分からない。ただ、僕は何とかしなければという一心でサブスクリプションの画面を開いた。
その間も必死に剣を振るい続ける。
所持金はレディーレクリスタルの原石2つ、千ゴールド分だけ。
せめて
──と、僕はサブスクリプションの追加特典の1つに目が止まった。
『魔物避け』
これは、千ゴールドも消費するが使えるかもしれない。
他に出来る事はない。このまま戦っていてもいずれ力尽きてしまうだろう。
ならばイチカバチカ、やれる事をしよう。後悔はしたくない。
そう思った僕は、目の前の血塗れのフローラをタップしていた。
「サブスクリプション! 魔物避け! 10日間、対象はフローラだ!」
魔物避けの項目をタップすると、右下の宝石のマークの金額が千から0になった。
すると、今までフローラに群がっていた
「皆! フローラの周りに集まって!
僕が大声で皆に言うと、レイラーニもメリッサもダミアンも、そしてチェイスと2人の仲間もフローラに集まって来た。
「な、何これ、どうなってんの??」
涙を流しながら困惑するフローラ。
だが、僕はその答えには答えず、フローラの肩に手を置いた。
「フローラ、魔力の回復魔法はある?」
「あるけど……」
「よし、それでレイの魔力を回復させて」
フローラは何度も頷き、手に持っていた小さなステッキをレイラーニに向けた。
「
サブスクリプションの画面でレイラーニの魔力を見ていた僕は、128しかなかった魔力が500回復し628になったのを確認した。
「レイ! 魔力628! これでイける!?」
レイラーニは左手でトンガリ帽子を押さえると杖を頭上高く掲げた。
「任せてください」
凄まじい魔力がレイラーニの杖の先の魔法石に集まっていくのを感じる。見えはしないが、魔力は空気を震わせ風を起こし木々を揺らす。
「闇を侵蝕せし光。光は闇を呑め。
詠唱の後、レイラーニの杖から眩い光が周囲に放たれ、闇夜の森を一瞬だけ激しく照らした。
そして、その光を浴びた夥しい数の
レイラーニの魔力は残り3。
ギリギリだった。
「レイ!」
僕は膝を突いたレイラーニを介抱に走った。
「大丈夫か!? レイラーニ」
「また魔力使い過ぎたの!?」
ダミアンとメリッサもレイラーニのもとに集まって来た。
「大丈夫です。でも……今の魔法……A級なんですよね……」
「命があっただけいいよ。助かった。ありがとう、レイ」
僕はレイラーニを抱き締めた。
彼女はうんと頷き、そのまま寝息を立てて眠ってしまった。
僕の背後で、チェイスやフローラ達が命を拾った事を喜ぶ声が聞こえたが、僕にも、もうそちらを振り向く力は残っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます