第20話 Bランクの魔物:鎧岩石兵
迫り来る
巨体は、ダンジョンから出ても尚大きい。まだ少し距離があるが、その大きさは周りの木々と比べれば明白だ。10m級の大木の半分以上の大きさ。胴体はその大木より遥かに太く頑丈そうに見える。とても僕たちの攻撃が効くとは思えない。
それでも怖気づかずにレイラーニは杖を構える。
「──あっ……!?」
だが、レイラーニの構えた杖は、何処からか現れた白い髪の女に掴まれ、強引に奪われてしまった。
その女は身軽に僕たちの間を走り抜け、跳躍すると近くの高い木の枝に飛び乗った。
女の特徴的な髪の色は覚えている。
「ふ、フローラさん!? 何するんですか!?」
僕は左手側の木の上のフローラに声を掛けた。
「魔法使いは、魔法の杖を使って魔法を使うらしいじゃない。杖がなければ魔法の攻撃力は著しく落ちる。レイラーニさんに魔法を使われたらちょっと面倒なので」
両手でレイラーニの魔法の杖を抱き締めるように持ち、ニヤニヤと意地悪く笑い僕たちを見下すフローラ。
「ダンジョンから上手く逃げられたみたいですが、早く逃げないと今度こそみんな殺されちゃいますよ?」
今度の声の主は、フローラとは反対側の木の上にいた。
チェイスだ。仲間の男2人もその後ろにいる。
「クソっ! やっぱアイツら殺しとくんだったわね!」
「んな事言っとる場合か! 逃げるぞ!」
メリッサとダミアンは馬を返し、僕とレイラーニの両脇をすり抜けて行く。
「レイ!? 早く逃げないとあのゴーレムに捕まるよ!?」
何故かその場から動こうとしないレイラーニの袖を僕は引っ張って言う。
「舐め腐りやがって……」
「え? レイ?」
聞いた事のないレイラーニの低い声に、僕は耳を疑った。言葉遣いも普段のレイラーニのものとは違う。
「何やってるの!?」
「早く逃げろ! レイラーニ! アントン!」
メリッサとダミアンが急かすが、レイラーニは動こうとしない。
「諦めましたか? レイラーニさん? 貴女が俺たちの仲間になるなら、全員助けてあげてもいいですよ? どうします? 早くしないとゴーレムに殺されますよ?」
こんな時までレイラーニを狙って来るチェイス達のやり方に、僕は抑え切れない怒りを覚えた。
掟がないのなら僕もこの場でチェイスを殴ってやりたい。
「アントン、下がっててください」
そう言ってレイラーニは馬から飛び降り、騎乗者が僕だけになった馬をメリッサとダミアンのいる方へと走らせた。
「うわっ、ちょっと……!?」
操縦者がいなくなった馬の手綱を、僕は咄嗟に握ってバランスを取る。
「アントンが魔力を上げてくれたので、思う存分、魔法が選べますね。どうしてくれましょうか」
1人こちらへ向かって来るゴーレムへと歩いて立ち向かうレイラーニの後ろ姿は、僕の知る優しくてポンコツなレイラーニではなかった。凄まじい闘気と魔力、そして怒りを感じる。
「ふん! そっちから出て来てくれるとは、投降と捉えていいんですかね? レイラーニさん」
安全な木の上でヘラヘラ笑うチェイスを無視して、レイラーニは左手を左端の木の上のフローラへと翳す。
「きゃっ!!?」
すると、バチっと、白っぽい稲妻のようなものが魔法の杖から発生し、フローラは驚いて杖を手放した勢いで枝から足を滑らせ、他の枝にぶつかりながら地面へと落ちて動かなくなった。
そして、放り出された杖はまるで磁石に引き寄せられるかのように、レイラーニの左手に戻って来た。
「な、何だと!? 杖がなくてもそんな強力な魔法が……!? そ、そうか、その眼か……!! 『
僕の位置からはレイラーニが『
「
レイラーニの呪文と同時に杖から発せられた光が氷となり、眼前に迫っていた
「サブスクリプション!」
その瞬間、僕は手綱を握ったままサブスクリプションの画面を起動。レイラーニのステータスを確認する。
「こ、これは……」
驚く事に、レイラーニの魔力はゴーレムを氷漬けにした魔法で700以上も減ったのだが、残り魔力が1になると、何故か勝手に魔力が回復していき、現在の上限である1013まで完全回復した。
「自動魔力回復?? 僕のサブスクリプションの力じゃない……これは『
僕もメリッサもダミアンも、
レイラーニは目の前で凍結して動かなくなったゴーレムの頭へ杖の先端の魔法石を向ける。
すると、ゴーレムの顔面はピキっと音を立て、爆発するように綺麗に頭だけが砕け散った。
だが、死んだ筈なのにその巨体は何故かその場に残り続けている。
「なるほど、死んでも死体が消えませんね。ダンジョンで生まれた魔物ではないという事ですか」
レイラーニは消失しないゴーレムの身体を見ても冷静に分析して言う。
「く、クソっ! Bランクの魔物をこうも簡単に……」
「話があります。降りて来なさい」
「ふん! 俺たちの方は話はない。今日のところは引き上げ──」
チェイス達が枝の上で立ち上がろうとすると、レイラーニは杖の魔法石の上に何やら光の円盤のようなものを生成し、それを振りかぶってチェイス達が乗る大木の幹へと放った。
「なっ! ちょ、待て!!」
その光の円盤は大木の幹をいとも簡単に切断し、チェイス達はバランスを崩してそのまま3人共地面に落ちてしまった。
「詠唱破棄でこの力……素晴らしい」
魔法石を見ながら、レイラーニは自分の力に陶酔しているような事を言う。
今の魔法で魔力は900程減ったが、それもすぐに回復していく。
やがて、レイラーニから発する闘気やら魔力やら怒りは、消えていった。
「レイ! 大丈夫!?」
僕は馬を降り、レイラーニのもとへ駆け寄った。
すると、彼女はフラフラとしながらも杖をついてその場に屈み込む。意識はあるようだ。
それを心配してメリッサとダミアンも駆け付けた。
「無茶するんじゃないわよ、全くこの子は」
「また倒れられたら適わん」
「大丈夫です。制御出来ています。それより、ギルドの人たちを助けなくては」
サブスクリプションのステータス画面によると、レイラーニの魔力は500程になっていた。どういう理屈なのか分からないが、意識を失って倒れるといった事はなさそうだ。
体力も減ってはいない。怪我もなそうなので一安心だ。
「よし、それじゃ、救護活動に赴くか」
「そうね。レイ、アンタは少し休んでなさい。あたし達でやるわ。あ、アントンは手伝うのよ?」
「分かってるよ」
ヘトヘトになっているレイラーニをその場に残し、メリッサとダミアンのは倒壊した小屋の方へと馬を駆けさせた。僕も恐る恐る慣れない馬を前へ進める。
ところが、メリッサとダミアンが氷漬けになって固まっているゴーレムの左右を通り抜けようとした時だ。いきなりゴーレムは凍ったまま頭もないのに動き出し、メリッサとダミアンをそれぞれ左右の腕で捕まえて高く持ち上げた。
2人が乗っていた馬は、驚いて嘶きながら森の中へと逃げて行った。
「嘘だろ!?」
ノロノロしていた僕は運良くそのゴーレムの魔の手から逃れられた。しかし、目の前ではメリッサとダミアンが上空へと掲げられている。
動けるのは僕とレイラーニしかいない。
「ちょっと、レイ!? 詰めが甘いわよ!! 早く助けなさいよ!!」
「死んでなかったのか、コイツ!? 信じられん」
メリッサもダミアンも、ゴーレムの手の中でもがいているが、さすがにその怪力の前では細いエルフや小さなドワーフの力は無力に等しい。
「そんな……有り得ないです。頭を破壊したのですよ?」
レイラーニは杖に寄り掛かりながら眉間に皺を寄せて復活した首なしゴーレムを見上げる。
「ざ、残念でしたね。完全に身体を粉砕しなかったのが間違いだったんですよ、レイラーニさん。このゴーレムは頭がなくても動きます。脳も必要ないので痛みも感じません。そう進化しているのです」
左肩を押さえながら、木々の間から出て来たチェイスが不敵に笑って言った。
「進化ですって?」
「そうです。魔物は人の力で強制的に進化させる事が出来るのですよ?」
「『暗黒水晶』ですか。卑劣な事を」
ポツリと、レイラーニは聞き慣れない単語を口にした。
「嫌ですねぇ、まるで僕たちが暗黒水晶を使ったみたいに言うじゃないですか?」
「いずれにせよ、暗黒水晶に関わっているなら冒険者としての人生は終わりですね、チェイスさん」
「終わりなのはあのエルフとドワーフです。俺の命令一つでゴーレムは2人を握り潰します」
「そうはさせませんよ」
レイラーニはまた杖を構える。
「おっと、動かないでください。貴女が攻撃すれば、あの2人は潰れてしまいますよ。助けるには、俺の言う通りにするしかない」
「卑怯者め」
「何とでも言ってください。さ、まずは貴女のせいで倒れた俺たちの仲間を回復してください。その後、俺たちと一緒に来てもらいます。さすがに、断らないですよね? レイラーニさん? 断れば、まずはドワーフが潰れます」
邪悪な笑みを浮かべ、勝ち誇ったように笑うチェイスの様子に、レイラーニが怒っている事は明白だが、それは僕も同じだ。
「私が魔法を使えば2人を殺すと言うのですね」
「そうです。簡単な話でしょ? 」
チェイスは余裕そうにケラケラと笑っている。
一体どうしたらいいのか分からない。
僕はこの中で一番自由なのにチェイスからは脅威だと思われていないのか眼中に無いといった風に相手にされていない。
だからと言って、今僕が出来る事は何もないだろう。
ゴーレムを倒す事は到底出来ないし、下手にDランク冒険者のチェイスに挑んでも返り討ちにされるだろう。サブスクリプションで見れるチェイスのステータスは同じDランクの強化前ダミアンと同じくらい高い。
そもそも、僕が動いたのを見ればゴーレムが2人を潰すに違いない。
非力な僕はレイラーニに頼るしかない。
──と、僕がレイラーニの眼を見ると、その美しい碧眼は、また燃えるような紅い色に変わっていた。
そしてその視線の先にはゴーレムが。
「アントン、ゴーレムの防御力は760ですが、いけますか?」
どうやら
サブスクリプションで仲間を強化してゴーレムを倒せと言う事だ。
今レイラーニが攻撃をすればメリッサとダミアンは殺される。
ならば、パーティーの中での最高攻撃力のダミアンの攻撃力をさらに上げて、ゴーレムを倒せばいいのだ。ダミアンを強化すれば攻撃力は800を越える。
チェイスもまさかゴーレムに捕まっている者が動くとは思わないだろう。
──だが、肝心な事を僕は忘れていた。
支払うお金がない。
攻撃力500増加には500ゴールドが掛かる。
今僕の手持ちは327ゴールド。
とてもじゃないが足りない──と、思ったのだが、僕は所持金の隣に宝石のようなマークが増えている事に気が付いた。
その宝石には、2000ゴールドと表示されていた。
「もしかして……」
僕は雑嚢からダンジョンで拾ったレディーレクリスタルの原石を取り出した。
ダミアンの話では1つ500ゴールドくらいの価値だという。4つあるから合計2000ゴールド。
つまり、サブスクリプションの画面の宝石の数字は、宝石を換金した時の金額だ。
ここに数字が表示されるという事は……
僕は試しに画面越しのダミアンを指でタップする。そして、攻撃力+500をタップ。
「あ、やっぱり、思った通りだ」
ダミアンのステータス上の攻撃力が869になり、同時に僕の手のひらの上のレディーレクリスタルの原石が1つスーッと消失した。
新しい発見だった。
現金以外の貨幣価値があるものもサブスクリプションでは換金を必要とせずに使用出来る。
これなら──
「行けるよ、レイ」
僕の返事にレイラーニは無言で頷く。
「ダミアンさん、お願いします!」
「お、おう! そういう事か!」
ダミアンは先程の僕の指の動きで全てを悟ったようだ。レイラーニが皆まで言わずとも、雄叫びを上げながらゴーレムの手を自らの力だけでこじ開け脱出すると飛び上がって太い岩の腕を斧で殴り付けた。
「オラァァァ!!」
ガキン! と大きな音を立てダミアンの斧が腕を斬り落とした。
「グォォォォ!?」
左腕が斬られて驚いたゴーレムは咆哮を放つ。
耳を押えたかったが、僕は続けてメリッサの物理攻撃力もサブスクリプションで500ポイント上げた。右下のクリスタルマークの数字がまた500減った。これでクリスタルマークは1000。僕の手のひらの上の原石がまた1つスーッと消えてしまった。
僕は残った原石2つを雑嚢にしまった。
僕の隣に並んだレイラーニは、クリスタルが消えるのをチラリと見た。
「馬鹿な!? 強化した
想定外の出来事に、チェイスは木の陰で明らかに動揺している。
「コイツは凄いパワーだ! いつもの倍以上だ! ほらよ! メリッサ !」
ダミアンはゴーレムの右腕も振りかぶった斧で叩き斬ってメリッサをも解放する。
落ちて砕けた岩の腕から転がりながらメリッサは受身を取って立ち上がった。
「助かったわ! ダミアン! このあたしがアンタに借りを作るなんて」
「ダミアンさん、メリッサさん。ゴーレムの身体の中心に暗黒水晶があります。それを破壊してください」
赤く煌めく瞳のレイラーニが指示を飛ばす。
「「了解!!」」
同時に返事をした2人。まずはダミアンが、両腕を失ったゴーレムの片脚を砕き、横に倒れたところを懐に飛び込んで頑強な岩のボディーをゴリゴリと削っていく。
その間にメリッサは長弓を手に取り、矢筒から専用の矢を取り出し番える。
「信じられない……
「オラァァァ!! 見えた!!」
ダミアンの斧の乱舞でゴーレムの身体は中央部まで穿たれ、そこから黒い邪悪な光が漏れ出す。見た事もないような真っ黒い
「それが暗黒水晶です! 破壊してください!」
「頼むぞ! メリッサ!」
「いけぇぇぇ!! メリッサーー!!」
僕はいつの間にか叫んでいた。
こんなに熱い気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。
「砕けろぉぉぉ!!!」
メリッサの長弓から1本の矢が放たれる。
矢は真っ直ぐゴーレムの身体の真ん中に空いた穴の中で煌めく暗黒水晶に向かって風を切って飛んでいく。鏃が触れた瞬間に水晶は砕けそのままゴーレムの身体を貫いて背中から飛び出した。
「グォォォォ……」
ゴーレムの雄叫びは小さくなって消え、その身体も崩れ去り、最後に残ったのは砂だけだった。
「す、凄い、サブスクで攻撃力を500上げただけなのにこの威力……」
「さて、チェイスさん。大人しく降参しなさい」
レイラーニは静かに言う。
するとチェイスは逃げられないと悟ったのか、その場に両膝を突いた。
「降参……します」
俯きながら両手を上げたチェイスは弱々しくそう言った。
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