第19話 追撃
白い光に目が眩んだ僕が次に見たのは、ダンジョンの入口にあった小屋の一室だった。
今までの薄暗いダンジョン内とは違い、温かな灯りがそこら中に点っている。
他の冒険者やギルドの職員もおり、僕はようやく気の休まる場所に戻れた事に安心して大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか? アントン」
声を掛けてくれたのは僕の肩に手を回していたレイラーニだ。
彼女に魔法でダンジョンからの脱出をサポートしてもらった。僕1人だったら今頃ゴーレムに殺されていただろう。
万が一逃れたとしても、レディーレクリスタルがなくお金もない僕は、他の冒険者に泣き付く以外自力での帰還を余儀なくされる。帰還路である入口のあの長い階段を登る気力も体力もなかったので、最悪野垂れ死ぬ事になっていたかもしれない。
「大丈夫。ありがとう、レイ」
「遅かったじゃない! 2人共! すぐ戻ると思ったのに」
僕たちの背後から血相を変えたメリッサが声を掛けてきた。隣にはダミアンもいる。2人共無事に帰還出来ていたようで一安心だ。
「いや、それが、僕のレディーレクリスタルがなくなっちゃってて……」
「え?? なくなった?」
「ああ、だからレイラーニとくっ付いて戻って来たのか」
ダミアンが赤いモサモサの髭を扱きながら言った。
「レイがいなかったら他の冒険者見付けて一緒に帰るか、あの長い階段を登ってくるかしかなかったと思うと……ゾッとするよ」
「大丈夫ですよ。もしアントンがダンジョンから戻らなかったら私が真っ先に探しに行きますから。……それより」
レイラーニはキョロキョロと辺りを見回す。
「チェイスさん達はどこへ?」
「それが、あたし達も探したんだけど、もうこの小屋にはいなかったのよね。あのクズ共、絶対許さないわよ」
怒りに拳を震わすメリッサを一瞥したレイラーニは、管理ギルドの受付の男性職員の元へ向かう。
「すみません。ここのダンジョンにBランククラスの
すると、男性職員は目を丸くして立ち上がった。
「
「本当です。2層目の宝箱部屋に出現しました。私たちは危険を感じたので戦わずに逃げてきましたが、他の冒険者たちにも危険が及びます。すぐに確認してください」
「分かりました。フレーゲル! 確認頼む!」
「了解」
職員がダンジョンの入口の横に立っていた軽く武装した男性に声を掛けると、彼はその場から一瞬で消えてしまった。きっと、ギルドの魔法スキルの高い人間か、レイラーニと同じ魔法使いなのだろう。
「それと、今日ここを訪れた冒険者で緑色の長髪の男と黒髪の顔の整った男の2人組が来ませんでしたか?」
「ん? ああ、来ました。Cランクの2人だ。Cランク冒険者がここに来るのも珍しいから覚えてますよ。何だか感じの悪い方でしたし。でも、確か30分くらい前に帰りましたよ?」
職員の言葉に、レイラーニは僕たちの方を見て無言で頷く。
「ありがとうございます。
「はい、お任せください。調査が完了次第、各ギルドに報告します」
そう言って職員は軽く頭を下げた。
僕とレイラーニはそれを返したが、メリッサは怒りに顔を歪ませているし、ダミアンは腕を組んで何か考え事をしているようだった。
「さ、今日のところは帰りましょうか。チェイスさん達の事は帰ってからギルドに報告しなくては。アントンの防具は別のダンジョンで手に入れましょう」
「それもいいが、さっき手に入れたレディーレクリスタルの原石を換金すれば良い防具の1つくらいは買えるだろ。俺も一緒に選んでやる」
「ふん! 今すぐ探し出してぶっ殺せばいいのに」
「メリッサ、お前はすぐそういう事を……一旦頭を冷やせ。俺たちに奴らを殺すという選択肢はない。ギルドの掟は絶対だ」
まだ怒りの収まらないメリッサは、冷静なダミアンに窘められるが不満そうにぷいっとそっぽを向いた。
防具が手に入らなかった事は正直どうでもいい。それよりも、レイラーニが本格的に狙われ始めている事がとても不安だった。
山賊や魔物と言った完全なる敵ではなく、冒険者という僕たちと同じ仲間に狙われているというのがタチが悪い。山賊や魔物なら討伐出来るが、相手が冒険者なら自分たちでは手出し出来ない。ダミアンの言う通り、ギルドの掟では冒険者同士の暴力行為は禁止されている。
「帰ろう。ギルドが対応してくるよう頼もう。防具の話はその後でいいよ」
僕が意見を述べると、そっぽを向いていたメリッサもこちらを向いて頷いた。
「アントンが言うなら……」
♢
僕たちはギルドの小屋から出ると、小屋の隣の厩舎に向かい自分たちの馬へと跨る。
帰りも僕はレイラーニの馬に同乗し、駆け足で帰路についた。
辺りは日が沈みかけている。
今日は道中の森の中で野宿だろう。
「レイ、いつまでも役立たずでごめん……」
レイラーニの前で僕は突然呟いた。
「え? 何言ってるんですか? 役立たずだなんて、私はそんな事思った事ありませんよ?」
「いや、僕のサブスクもレベルが上がったのに、結局何も役に立たなかった。
「違いますよ。アントンがサブスクリプションで私の魔力を強化してくれなければ、私の方が役立たずでした。魔法使いなのに魔法を使えないなんて、笑われちゃいます」
レイラーニはクスリと笑って言った。
「それに、俺の素早さを強化してくれたお陰で3人とすぐに合流出来たんだぞ? あの強化がなかったら今頃俺は
僕の小さな呟きは隣を走るダミアンにも聞こえていたようで、ガハハと豪快に笑いながら僕を慰めてくれた。
「うん、役立たずじゃないわね。あたしはね、今日アントンと2人で行動して気付いたんだけど、凄いポテンシャルを秘めてると思うのよね。戦闘能力もEランクダンジョンの魔物に対応出来るようになってたし、サブスクリプションはまだ発現したばかりなのに、かなり有能なスキルじゃない。仲間たちを強化して、得意分野を伸ばし、苦手分野を克服してあげられるなんて素敵なスキルよ」
「……そ、そうかな?」
「珍しくメリッサがいい事を言ったな」
「あ“!? ドワーフ何か言った??」
メリッサを軽く怒らせてもダミアンはガハハと笑っている。
「メリッサの言う通りですよ。アントン自身もどんどん強くなってますし、サブスクリプションだって強力なスキルです」
「そ、そこまで褒められると……照れるよ。でも、ありがとう」
「本当の事ですから……」
急にレイラーニの声色が弱々しくなり、何故か馬を止めた。
メリッサもダミアンも突然止まったレイラーニに合わせて馬を止める。
「レイ? どうしたの?」
僕は振り向いてレイラーニの顔を見る。
何故か神妙な顔をしている。
「アントン、私たちに話してくれませんか? サブスクリプションの『リスク』」
「……え?」
真剣な眼差しで僕を見るレイラーニ。
メリッサやダミアンも静かに頷いている。
「私も馬鹿ではありません。サブスクリプションに使用の為のリスクがある事は分かります」
「そうよ。でなければ、出し惜しみをする意味がないもの」
「強化された俺たち側に何らかのリスクがあるのか、はたまた、アントン自信にリスクがあるのか。いずれにせよ、仲間に何かリスクがある筈だわな」
レイラーニもメリッサもダミアンも、サブスクリプションについて出し惜しみをする僕に疑問を抱いていたのだ。確かに、リスクがないなら3人のステータスを限界まで上げているだろう。それをやらない明確な理由を僕は説明していない。
「3人にリスクはないよ。……その、実は、バフを掛けられるのは1人1回で、効果期間が切れるまで次のバフを掛けられないんだ……」
「私には3つもバフを掛けてくれてましたよね?」
「そ、それは初回限定特典で1人限定で最大で3つバフを掛けられたんだ、だからレイに……」
その場で思い付いた適当な言い訳。こんな事言ったら、後々2個以上のバフを掛けられなくなるのに、僕は3人に心配を掛けたくない一心でまた嘘をついてしまった。
「……信じますよ?」
寂しそうな瞳でレイラーニは僕を見つめる。
きっとレイラーニには僕の嘘は通用していない。
本当の事を言うべきか……
と、僕が言葉を詰まらせたその時、背後で何かが崩れる音がした。
同時に悲鳴が聞こえる。
「何?」
レイラーニが馬を返し音のする方を見る。すると、僕の目にも異様な光景が飛び込んで来た。何と先程まで僕たちがいたギルドの小屋が倒壊しているではないか。
「おいおい、ギルドの小屋が……何で……」
ダミアンは目を見開いて言う。
「グォォォォ!!」
すると、雄叫びと共に瓦礫の中から大きな何かが現れた。
その姿を見て、僕たちは戦慄する。
「
「有り得ないわ! ダンジョンで生まれた魔物はダンジョンからは出て来ない筈……」
「というかどうやってあの巨体で地上に登って来たんだ!? どうする、レイラーニ!!」
「ギルドの人たちがあの瓦礫の下にいるなら助けなくては……」
「それはいいんだけど、あたしもダミアンもアイツには勝てないわよ??」
どうするか話している間に、
「こっちに来た! 目が見えないんじゃないの?? アレって」
僕は軽くパニックになり思わず狼狽える。
「し、知らないわよ! でもあたし達が見えてるのは確かみたいね。レイ、やれる? 無理なら逃げるわよ」
「やれます……A級魔法を使う事になりますが」
「それはギルドに禁じられてるじゃん、ダメだよレイ」
僕は言いながらサブスクリプションの画面を開く。レイラーニの魔力は812。ダンジョンから脱出した時に少し使ったから減ったのだろう。
恐らくだが、A級魔法は魔力812程度では足りない。イグロート湿原の時に使った炎の魔法も、僕がサブスクリプションで魔力を補充したにも関わらず底を尽きて倒れていた。いずれにせよA級魔法は使えないと思った方がいい。
「今のレイの魔力は812。今日魔力を新たに1000追加したばかりだから僕のサブスクでもこれ以上は増やせない。それでも勝算はある?」
目の前のゴーレムは地響きを立てながら確実にこちらへ近づいて来る。
「勝てます」
レイラーニは頷くと杖をゴーレムへと向けた。
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