エピローグ

「……る! ユルル!」  


呼ばれて、手を添えられて、意識が現実に帰ってくる。  

溢れんばかりに輝く星空から視線を下ろすと、星と同じくらいキラキラと淡く輝く金色が見えた。

中心にあるくりくりとした明るい瞳が、不思議そうにこちらを見上げている。


「ん、リューのことを思い出してた」  


何でもないことように返したつもりだったが、女の子――コレットの目は大きく見開かれ、それから心配そうに陰った。  

彼女の瞳に映り込んだ自分を見る気になれず、もう一度空に視線を移す。

星の光は冷たく、煌々と降り注いでいる。


「昔アイツと一緒に星空を見に来たなぁ、って」  

ぼんやりと見上げたまま、言葉が勝手にぽろぽろと口から零れていく。

「どうしても見たくて、夜中に布団抜け出してさ、地図片手に坂道を駆けて。眠気をこらえて、こうして見上げて」  

空一面の満点の星空に、二人揃って感動していた。  


あの時と同じように光に溢れる星々に、今度こそ届くような気がして、あの時と同じ様に手を伸ばしてみる。

けれどやっぱり星は遠く、行き場を無くした手が空を切った。


「……また見に来ようって、言ってたのにな」  


結局あれから、二人揃ってここに来ることは一度も無かった。  

翌年、運良く二人揃って同じチームになったものの、リューはリーダー、オレには相方がつくことになった結果、手探りなことが多い一年が訪れ、忙殺されてしまった。

二年目は冬になる前にクロが死に、星に思い至りすらしなかった。


どうにかチームとしての態勢を立て直して、今度こそはと思った今年は、約束をした当人であるリューが居なくなってしまったのだ。

それも何も告げることなく、ひっそりと。  


アイツが居なくなった時、真っ先にクロが居なくなった時のことが頭に浮かんだ。

あの時の二の舞にならないように、人間を警戒する大人をなんとか説得して巻きこんで、麓の街に至るまであちこちくまなく探し回ったのに、リューの行方は依然として知れない。

まるで元々存在しなかったかのように、忽然と姿を消して欠片も見付からずにいる。


「もしかしたら今日、ここに来てるかも、って思ったんだけど」  


やっぱり影も形も見当たらなかった。

本当に、どこに行ってしまったんだか。  

それでも、亡骸どころか痕跡も見つかっていない以上、どうしても死んだとは思いたくなかった。

きっとどこかでアイツは今も生きている。

ヒトにもオオカミにも見付からない場所で、静かに。  


ふと微かな重みを感じて物思いから覚める。

見れば、コレットがそっとこちらに身体を寄り添わせていた。  

そっと彼女の肩に手を回して抱き寄せる。

布越しに柔らかな温かさが伝わってきた。


「お前は、勝手に居なくなるなよ」  


ぽつりと呟いたその声は、自分で思ったよりも小さく掠れていて、すがりついて希うかのような頼りなさだった。


「うん」  


それでも彼女には届いていて。身を寄せて応えてくれた言葉に、支えられる。


「ユルルこそ、居なくなっちゃ嫌だよ」  

抱き締められた、その感覚が愛おしい。

「……ああ、お前を置いていったりしない」  


ほんの少し、辺りの寒さが和らいだ気がした。

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星降りの丘 牧瀬実那 @sorazono

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