第24話 論功行賞

 アルスは自室で休んでいた。ザーマイン帝国との戦争が終わった事で、大きな心配事がなくなり、ひとまずは安心して、いつものようにくつろいでいたのだ。


 貴族達への説明も、何とか誤魔化す事が出来た。ドラゴンが再度アルスの目の前に現れない事を祈るばかりである。


 だがアルスには王としてまだ仕事がたくさん残っていた。


 その内の一つが論功行賞である。古今東西、功を立てた部下に対して、褒章を渋ったため反逆されたという話は枚挙に暇がない。


 今回ザーマイン帝国と戦った兵士達に、褒章を上げないという訳にはいかなった。


 無論、今回の戦いは全てアルスのおかげという事にして、褒章を上げないという選択肢も取れるが、部下からの反逆を恐れる小心者なアルスが、出来るはずがなかった。


 アルスは戦いの詳細を兵士達から聞いていた。その結果、一番大きな戦功を上げたのは、指揮官を務めたルフだろう。


 剣聖ルフに対する褒章は簡単だった。将軍の位を与えればいいのである。その戦功から誰にも文句は言われないだろう。


 問題がベルルだった。ベルルはどうやら、多数のザーマイン軍を倒しただけでなく、武帝ガイアと呼ばれる相手を足止めしていたらしい。


 そして、ルフ曰くそれがなければ、今回の戦争でザーマイン軍を撃退出来たか怪しい程、大きな事だったらしい。陰の立役者と言うべき存在がベルルなのだろう。


 そこまでアルスは理解する。しかし、ベルルに与えればいい褒章が思い浮かばなかった。それはベルルが兵士ではない事が挙げられる。


 宮廷魔法士であるベルルに対して、軍の役職を上げるのも違和感があり、それをベルルが本当に望んでいるか疑問だった。


 宮廷魔法士らしく、研究費などの金銭ぐらいしかアルスには思い浮かばなかった。しかし、ベルルはどちらかというと、金が多く必要になる研究をしていなかった。


 宮廷魔法士の仕事は主に二つある。


 一つ目は、国内で問題が起こった時に、魔法という専門技術を活かして、解決する事。


 二つ目は、国から研究費が与えられ、自由に研究していい代わりに、その成果を国に提供する事だ。


 そして、元々ベルルは研究成果は期待されておらず、どちらかというと前者の役割が多い。


 アルスには結局、何を褒章に与えるのが適切かが分からなかかった。よって、アルスが出した結論が、ベルルの望みを聞くことだった。







「ルフよ前に参れ」


 玉座に座っている年若い王の声が、広間に響く。


 それは年相応な声音だったが、どこか威厳のようなものも含まれており、若さとの不釣り合いさから、聴くものにどこかカリスマ性のようなものを感じさせた。


 カーマ王国において、叙勲式が開催されたのだ。



「はっ」



 アルスに名前を呼ばれたルフは、赤い絨毯の上を堂々とした歩みで進んでいく。


 そして玉座から数メートル離れた位置で停止すると、その場に跪ずいた。



「剣聖ルフ、其方は僅か百人の兵士を率いて、並み居るザーマイン軍を蹴散らした。そしてザーマインの英雄達相手に大立ち回りをし、最終的には皇太子ルシウスの副官を務めるシドを打ち取った」



 アルスが言葉に発したルフの戦功に、周囲の人間は改めてざわめく。彼らも噂は知っていたが、王から直接口から言われた事で、真実だと認識したのだ。



「よって、その戦功をもって其方に将軍の位を与える。これからは一軍を預り、数千人を率いる場合もあるだろう。我が国のために一層励む事を期待している」



 ルフは自身が仕える王の言葉に、思わず笑みをこぼす。彼が考える限りの最高の褒章だったからだ。



「謹んでお受けいたします」



 ルフの言葉に、アルスは満足気に頷く。


 王であるアルスを軍の最高指揮官とした場合、その直接の部下である、将軍の位を与えられたルフは、事実上の王都に駐在する軍団の頂点を意味していた。


 最も、それはあくまで騎士団を除いた、平民からなる軍団ではあったが。


 それから、アルスはルフが下がったのを確認すると、次の人物の名前を呼んだ。



「ベルルよ前に参れ」



 アルスに呼ばれたベルルは、返事をしてルフと同じようにアルスの前に跪く。



「其方はその身に魔法を纏い、無双の如くザーマイン軍を蹴散らし、そしてあの武帝ガイアと互角の戦いを繰り広げた。その献身はカーマ王国の勝利に大きく繋がっただろう」



 戦功の具体的な内容が、アルスの口から放たれると、意外にもルフの時よりも、大きなざわめきを周囲にもたらした。


 それはベルルの知名度が低かったのが大きいだろう。武帝ガイアの名はカーマ王国でも知られている。


 そのガイアと互角に戦ったというのは、アルス王の口から言われなければ、信じられなかっただろう。



「軍において相応の役職を用意する準備がある。しかし、其方は宮廷魔法士だ。他に何か希望するものはあるか?」



 アルスから問いかけられたベルルは、一呼吸置き、事前に考えていた内容を言葉に出す。



「......陛下、新たに魔法士だけの部隊を組織してくれないでしょうか?」



 その予想外な言葉に、周囲の時間が一瞬止まった。アルスはベルルの言葉の意味を考える。



「それは、其方を長として新しく魔法士の軍団を作るという事か?」


「はい。そしてただの魔法士ではなく、近接戦闘に特化した魔法士だけの部隊です」



 魔法士だけの部隊は、既存の軍の中に存在している。しかし、近年カーマ王国は戦争をしていない事もあり、質は低かった。


 基本的に、優れた魔法士は宮廷魔法士になるのである。しかし、ベルルが新しく魔法士の部隊を組織しようと思ったのは、精鋭の魔法士部隊を作るだけが目的ではなかった。


 ベルルは今回のザーマイン帝国との戦争で、自信が打ち砕かれたのである。それは武帝ガイア相手に時間稼ぎしか出来なかったからだ。


 元々研究よりも、魔法を使った戦闘が好きなベルルは、自分の魔法に自信を持っていた。


 武帝ガイアに敗れた事で、悔しさを感じたベルルは、自分の魔法が最強である事を、証明したいという思いが沸き起こったのである。


 そして、それは個人としてだけでなく、組織としてもだった。



 アルスはベルルの肯定を聞いて、彼女の思いを考察する。仮にベルルが既存の軍で相応の地位を貰っても、それはルフの部下になるだけである。


 確かルフとベルルはあまり仲が良くなかった事を、アルスは思い出す。


 つまり、ベルルはルフの下になりたくないのだ。 その事を察すると、アルスは迷わずベルルの希望を受け入れる事にした。


 アルスもその気持ちは分からなくもないと思ったのだ。ルフの部下になるのは、自分だったら死んでも嫌だった。



「いいだろう」



 アルスの言葉を聞いた、ベルルは嬉しさを堪えて感謝を述べる。



「陛下、感謝いたします」



 ベルルとアルスのやり取りを見ていた周囲の貴族達は、ある事を察する。迷わずに新たな軍を組織する意味、それはアルス王が戦争をするつもり以外の何ものでもなかった。


 この叙勲式のおかげで貴族達は再確認出来た。アルス王は大きな野心を持っていると。


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隣国から有能なやつが次から次へと追放されてくるせいで気づいたらうちの国が大国になっていた件 さそり @usausakenusa

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