第23話 アランの思惟
空が赤く染まった頃、宰相のアランは城の廊下を歩いていた。石畳の上を踏みしめる度に、革靴が地面を叩く音が辺りに響く。
アランはいつものように、歩きながら思考を巡らせていた。彼が考えているのはただ一つ。アルス王を交えて行われたつい先ほどの会議である。
その会議は意外な程、早く終わった。いや、正確に言えばアルス王が早く終わらしたと言うべきか。
アルス王は淡々と出来事を話した。剣聖ルフの派遣から、ザーマイン帝国の皇太子ルシウスの死まで。
アラン含めて全く予想だにしていない結果に、言葉も出なかったが、問題は別にあった。
それはアルス王が操ったドラゴンである。アランはアルス王が放った言葉を鮮明に思い出す。
「ドラゴンについて話す事は何もない」
「「なっ......」」
アルス王の言葉に、この場に集まった者は戸惑い、そしてお互いに顔を見合わした。
事前に彼等に対して何も知らせもなく、ドラゴンが城に飛来したのだ。今回の出来事で一番情報が不足している内容であり、この会議で説明があると思うのが自然だった。
彼らの反応にアルスは予想通りだなと思う。仮にアルスが彼らの立場でも、同じ気持ちになるだろう。
しかし、アルスは結局ドラゴンがどういう意図で、協力してくるのが分かっていない。そのため説明が出来ないのだ。
説明せずに彼らを納得する方法、アルスはある切り札を用意していた。
やがてこの場の一人が、声を上げようとした時、アルスは続けて話した。
「これは王家の秘密に関わる事だ」
その一言で彼等は黙るしかなかった。王家の正統な後継者に、代々語り継がれていると言われればそれまでだった。
宰相のアランも、この言葉を出されれば何も言えなかった。しかし彼は同時に違和感を感じていた。
(本当に喋れないのか......いや、それとも......)
そして他にも宮廷貴族達が、アルスに対して強く出られない理由があった。
それはこのザーマイン帝国の戦争は、開始から終わりまで、アルス......この国の王ただ一人で完結している所だった。
アルス王が剣聖ルフにルシウスの暗殺を命じたというのが、本当だと仮定した場合、この結果は全てアルス王が描いた通りだと考えられる。
対外的にはそのような事は認めないのは間違いないが。
そして続けてアルス王はこうも言った。「ドラゴンは滅多な事でもない限り、呼び出すつもりはない」と。
最後の言葉に、意外にも宮廷貴族達は納得の表情を見せた。自分達が何もしていない事を実感したのだろう。
全てアルス王とドラゴンに任せてしまえば、自分達の存在意義がなくなる。
宮廷貴族達はアルス王からこれから期待しているという旨を、間接的に言われて奮い立たせた。
この会議で決まった事は、ザーマイン帝国にさせる賠償である。最終的に、カーマ王国の国家予算のおよそ五年分もの金額を請求する事に決まった。
ルシウスを失ったザーマイン帝国は、戦争を継続する事は不可能だ。国内での混乱も考えると、簡単に応じる可能性が高かった。
アランが会議の内容を思い出していると、気がづけば彼は、研究室兼私室である別塔に辿り着いていた。
アランが宮廷魔法士だった時に、自身に与えられていた部屋であり、それは宰相になってもアラン自身の希望により、変わらず自身の部屋のままである。
(賠償金額については問題ないだろう。陛下はドラゴンが操れる。ザーマイン帝国が、自国の首都にドラゴンが襲来する危険性を許容するはずがない)
アランは部屋で着替えながら、考えを巡らせる。
(問題はドラゴンだ。王家......カーマインの一族と、ドラゴニア山脈のドラゴンの関係性が気になる)
今回の出来事は、アランのプライドを刺激させていた。ザーマイン帝国の侵攻から撃退まで、気が付けば終わっていたのだ。
神童と言われたアランからすれば、大きな出来事の中で、自分が蚊帳の外になっている事に我慢が出来なかった。
それもアラン自身、元宮廷魔法士であり、そして現宰相でもある。
アランは自分の机に置かれた一冊の本を見つめる。それは”ドラゴンの生態”という題名が付いた本だった。
アランが城の庭で拾った本である。それはアルス王がドラゴンに乗って飛び去った場所に、わざとらしく残された本。
アランはアルス王が自分に与えた、ヒント以外の何物でもないとしか思えなかった。
彼が本の著者を見ると、そこにはこう書かれていた。
『著者:クーベル・カーマイン』
宰相になったアランは、ここ百年のカーマイン一族の名前を全て記憶していた。しかし、クーベルという名前には心当たりがない。
つまり、最低でも百年以上前に存在した人物であり、この本はかなり昔に書かれた可能性が高い。
アランが見るに、高度な保存魔法がかけられていた。
わざわざ、この本に高度な魔法がかけられているという事は、少なからずこの本を記載した人物は、この中身が重要であると思っていたと考えられる。
ここまで考えて、やはりカーマイン一族と、ドラゴニア山脈にいるドラゴンには重要な関係があるのは間違いなさそうだった。
残念ながらこの本が書かれた年月については記載がなかった。何枚かページが破れていたため、元々は書かれていたかもしれない。
(ふう......)
アランは一旦思考を辞めて、休憩をする事にした。棚からお気に入りの茶葉を取り出し、紅茶を入れる。
そして椅子に座り、紅茶を一口飲む。アランはひと休憩した所で、他にも考えなければならない事がある事を思い出す。。
彼は本とは別に、机の端に置かれたあるものを見つめ、思わず溜息をついた。
(やるべきことが多いな)
アランの瞳には、昔の友人から届いた手紙が映っていた。
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