ホワイト企業『魔王カンパニー』〜残業ダメ絶対!福利厚生は命です〜

ふぃるめる

プロローグ 定時退社系の魔王


 「お前達、また性懲りも無く来たのですかぁ〜?」


 魔王軍占領下となったリュビリスの街にほど近いトルトニース湖岸で今日も魔王軍と人族の連合軍は対峙していた。


 「今日こそ我々は、この街を解放しなければならないのだ!」


 人族の軍隊の先頭に立つ、勇者達は各々の武具を構えた。

 剣を構えるもの、錫杖を構えるもの、槍を構えるもの、盾を構えるもの、弓を構えるもの、五人の勇者達はそれぞれのスタイルにあった武器を構える。

 そして憎しみを込めた視線を眼前の魔王軍に浴びせていた。


 「ならぁー今日も相手してあげますよ〜せいぜい楽しんで行ってくださいね」


 メフィストフェレスは微笑むと、しゃなりしゃなりと錫杖の鈴の音を鳴らした。

 今にもずり落ちそうな修道服を纏っておりが清廉潔白な修道女とは程遠い見た目をしている。

 艷めく黒髪を綺麗に切りそろえた前髪の奥に朱の瞳が怪しく煌めく。


 「今日はメフィストフェレス、裏切りの聖女の貴様が相手か!」


 大剣を構える人族の男がメフィストフェレスを睨めつける。

 すると意に介した風でもなくメフィストフェレスは笑った。


 「うふふ。裏切りですって?私を異端審問したのは貴方達でしょうに」


 メフィストフェレスは実力で四大魔将の座を勝ち取った人族の女だった。

 実力至上主義の魔界において立場は、不動のものではなく常に簒奪可能なものだった。

 唯一不動の立場は魔王の座のみ。

 といっても弱ければ家臣らによるクーデターでいくらでも放逐可能ではあるが……。

 それはさておきこのメフィストフェレス、かなり異色な経歴を持つ魔族である。

 元々、闇の聖女として生を受けた彼女は異端審問官らに心共々追い詰められた果てに、心の天秤が光から闇へと傾いた。

 人族の兵士達を癒し続けたその魔法は今や人族の命を簒奪するために使われているのだ。


 「まぁいい!ここであったが百年目、貴様を浄化してくれるわ!」


 大剣を構えた男の声を合図に、この世の理すらも変える力を持つ魔術が放たれる。


 「穿て、罪暴神罰ヘブンズ・パニッシュメント!」


 その場に居合わせる全ての人族の魔術師達が力を結集させて構築した極大魔法。

 その詠唱にメフィストフェレスは顔を顰める。


 「また、どこかの神が介入してきているのかしら?」


 人族の信仰するミトラ教の聖女であったメフィストフェレスは、その魔術を知っていた。

 罪暴神罰ヘブンズ・パニッシュメントは神聖魔法の一つ、人族単体では構築出来ない魔術なのだ。


 「だからどうした?貴様はその問いの答えを知ることなく死ぬのだ!」


 大剣を構えた男は、したり顔で言った。

 地表のもの全てを破砕しながら迫る極大魔法を前にメフィストフェレスはただ空を見上げた。


 「どうだ、諦めたか?」


 わざわざ拡声の魔術を行使してまで大剣を構えた勇者は、メフィストフェレスに話しかける。

 が、メフィストフェレスは黙って空を見上げたままだった。

 その視線の先にあるものは、禍々しい光を放つ無数の短剣アゾト

 その全てが意思を持っているかのように飛翔し、一つの奔流となって神聖魔法の光の波動へと向かっていく。


 「むぅ……魔王様ったら過保護過ぎなんですからぁ〜っ♪」


 短剣アゾトの遣い手の正体を知るメフィストフェレスは嬉しそうに顔を赤らめた。

 短剣アゾトの集団はやがて光の波動と衝突し、メフィストフェレスに迫っていた神聖魔法を相殺する。

 眩い光が荒ぶる風が辺りを包みやがて静寂が訪れた。


 「うそだろ……?」

 「これって冗談だよな?」


 予想外の光景に唖然とする人族連合軍の兵士や勇者達。

 すると虚空に二人の魔族が現れる。

 片や豪奢なローブを纏った魔族、もう片方は、背中に漆黒の翼を生やしたブロンドヘアの少女、ルシフェリア。


 「拡声トランジスタボーチェ


 ルシフェリアが拡声の魔術により、広範囲に声を届けられるようにした。


 「はい、準備整ったわよ!」

 「どうも、それじゃあ始めるか」


 豪奢なローブをまとった青年は、居住まいを正す。

 そしてもっともらしい表情になるのだった。


 『ピーンポーンパーンポーン』


 拡声の魔術を通して周囲に響いた音はおよそ戦場の空気とは似ても似つかぬほどに間が抜ける音だった。

 その音は、魔王ヴェンディダードがわざわざ極北にあるディクテオンの氷窟ひょうくつまで出向き、吟味した氷柱を叩き鳴らしたときに響く音を録音してきたものだった。

 間の抜ける音に、人族連合軍の兵士達も魔王軍の兵士達もまた空を見上げた。


 『おっほん!時間が午後五時となった。忠勤なる我が『魔王カンパニー』の社員諸君は勤務交代の時間である。残業を望むものはそのまま残っても構わんが月二十五時間の上限に引っかからぬようにするのだぞ?そして残業手当の申請書を上司に出すように!』


 魔王風をビュンビュンに吹かせて勤務時間の終了を伝える魔王ヴェンディダード。

 その言葉に魔王軍の兵士たち、いや『魔王カンパニー』の社員達はぞろぞろと帰り始めた。


 「今夜はデリヘル呼ぼうかなって思うんだがお前はどうする?」

 「ん?俺は、メンズエステの予約を入れてあるんだ」


 そんな会話をしながら社員達は帰宅の途につく。

 一方の連合軍の兵士達はしばしの間、呆気にとやれていたがやがて我に返ると


 「何をやっておるか!今すぐ魔族共を討ち滅ぼせ!」


 と、武器を構えて社員たちの背中へと追い縋る。

 それを見たヴェンディダードは一言、


 「社員を守るのもまた社長の務め、お前たちも家に帰ってもらおうか。転移テレポート


 と、全ての連合軍兵士たちを何度かに分けて彼らの母国へと返してしまった。


 「俺様が業務引き継ぎに来たぜ?」


 そこに現れたのは白い頭髪の男、四大魔将が一人ベルフェゴール。


 「うむ、ご苦労である。午前一時までの勤務、よろしく頼む。状況報告としては見ての通り、人間どもを家に返したところだ」

 「了解しやした!なら今のうちに戦線押し上げちゃいますね!」


 軽いノリでベルフェゴルは言った。


 「励めよベルフェゴル」


 そう言うと魔王ヴェンディダードはルシフェリアと共に元来た方へと踵を返す。

 しかしすぐさま足を止めて振り返った。


 「くれぐれも勤務中の飲酒と喫煙は慎むように!」

 

 その声にベルフェゴルは、ミノタウロスの革で作られた手提げカバンから取り出そうとしていた葡萄酒を再びしまうのだった。

 『魔王カンパニー』は、三勤交代制度を導入し労基に則る福利厚生の厚いホワイト企業だった――――。


◆❖◇◇❖◆


 さて、新作です。

 コロナでアホに拍車のかかった作者の思いつきですので連載するかは、様子を見ながら考えます。

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