人間は万を抱えて生きている

@Koutako0422

第一章 混色

第1話 真っ黒

『キーンコーンカーンコーン。下校時間になりました高校の敷地内に残っている生徒はすぐに下校してください。』

 夕焼けが紅に照らす校舎に最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。校舎内に残っていた俺はガラガラと扉を閉めそそくさと教室をでる。途中でトイレをしたくなったのでトイレの中に入ると、ウィーンと物々しい清掃ロボットがトイレ掃除をしていた。俺は普段一番最後に教室を出てトイレに寄ってから帰るのだがこいつには中々慣れることができない。

 このロボットは最近導入されたばかりのもので、たった一台で学校全体を掃除してくれる代物だ。


「昔のアナログ時代はどこに行ったのやら。」


 この世界はさっき見たロボットを見ればわかるだろうが、空飛ぶ車やレーザーガン、AIロボットだろうが大抵の物はなんでもある。


「そんなことよりも早く済ませないと俺の膀胱が爆発しちまう。」


 物々しいロボットと少しの間共に時間を過ごすと、スッキリした顔でトイレを出る。真っ赤な夕日が窓から差し込む蒸し暑くて薄暗い校舎の中を、重たい足を動かしながら下駄箱へと向かっていると、担任の清水と会った。


「あら、まだ帰って無かったの?」


 こいつは今年からこの学校に来た新米教師らしい。そこそこ美人だから男性教師からチヤホヤされているらしく、何故か俺と積極的に関わってくる変なやつだ。


「ちょっと残って勉強してたんですよ。」

 本当は勉強なんてしていなかったけれど。


「そっか、確かに家にいたらお父さんの邪魔しちゃうもんね。」

「それにしても黒輝くんは勉強もスポーツもできてやっぱすごいねぇ〜。先生が高校生の時とは大違いだなぁ。」


「はぁ。」


「そういえば先生最近知ったんだけど、黒輝くんのお父さんってあの有名な清次郎学者何でしょ?先生びっくりしちゃった!」


 清次郎・・・・。その名前を聞くだけでまるで胃を絞られるような不快感がこみ上げてくる。あいつは表向きだけは良いやつだが裏は終わっている。


「まぁそうですけど・・・・。」


 こいつも周りのやつと同じなのだろうか。これを口にした瞬間きっとそれが判明するだろう。


「まさか死後の世界があることを証明しちゃうなんて!やっぱり清次郎さんは人類の希望よね。」


 清次郎、清次郎うるさいんだよ、と呟きたくなる気持ちを抑えて拳をグッと握った。


「先生、実は俺虐待されてますよ。」


 少しの沈黙が流れる。ヒグラシの鳴き声が耳によく響く。


「そんなことあるわけ無いじゃない。特に痣もないし学校でも笑顔できてるし、何よりあなたのお父さんはあの清次郎さんよ。あの人類のために尽くす聖人のような人が虐待なんてちっぽけなことをするわけ無いでしょう。冗談はやめて頂戴・・・・、あっまさかこれが生徒たちの言っていたカマチョってやつかしら?」


 聞いただろうか。世の中はみんなこうである。だからと言って周りを嫌いになることは無いが、聞いていて余りいい気持ちはしない。


「バレちゃいましたか、ちょっとからかって見ようとしただけですよ。」


「でしょうね。教師をからかうのもいい加減にしなさいよ。」


 清水はやれやれといった感じで職員室の中に入っていく。ぽつんと廊下に一人残された俺は下駄箱へと歩を進めた。あたりはもうすっかり暗くなり二人を写し出していた影はもう見ることはできなかった。



 

  外に出ると生ぬるい風が頬を撫でる。いつもの場所へと歩いていると、さっきの清水の言葉がふと頭の中で再生された。

『あなたのお父さんは人類の希望よね。』

 そうだ父さんは人類の希望だ。国もたくさんの金を支援しているらしいし、世界中の学者がその研究に注目している。死んでもまだその先があるというのは多くの人々からしたら安心なんだろう。だから多くの人が希望なんて言うんだ。ただし俺以外の・・・・だが。

 そんなことを考えているとあたりはすっかり暗くなり、道端の街灯が黒色に染まった道を照らしている。


ーガラガラー


「すみません。定員さんいますか?」


「は~い。」


と間延びした声でかったるそうな定員が奥から出てきた。


「何時間ご利用になりますかー?」


「4時間お願いします。」


「はーい。」


「ご料金は3000円になります。」


 ここのネットカフェは料金が安くて財布に優しい。ポケットから野口さんを三枚取り出し定員さんに渡す。

 

 多くのビルがひしめき合い、暑苦しい空気が立ち込める日本の夜は少しずつふけていった。


                  ※


 深夜12時前。俺は徒歩20分ぐらいの所にある自宅へと帰路を辿っていた。そして家の前に着くと外からチラリと見える窓に視線をやった。12時なのにも関わらず、煌々と部屋から光が漏れている。


「はぁ。」


 つい大きなため息を着いてしまった。意を決して家の中にできるだけ音を立てぬようにこっそりと玄関の戸を開け、侵入する。中に入ると玄関は薄暗く廊下に一つだけついているLEDの電球が怪しく熊の置物を照らしている。靴を脱いで家の中に上がると耳をすまし2階に誰も居ないことを確認し、階段の手すりに手をかける。その瞬間、右手につけていた腕時計から”ピー”と、電子音がなった。


「おっ、もう帰ってきてたのか。危うく見過ごすところだったよ。」


 自分の背中にとんでくるその言葉がナイフのように尖ったものであるということを俺は知っている。


「いい加減こんな腕時計をはずさせてくれてもいいんじゃないか?」


 ここを通ると必ず位置を知らせるように電子音がなる。俺を監視するためのものだろう。この腕時計は外すことができず、腕と一体化してしまっている。そう・・父、清次郎によって。


「やっと実験が終わりそうなんだ。最終段階に入った私の成果をお前にも見てほしくてね。」


 そんなことをパソコンでなにか作業をしながら言ってきたので行くことにした。行っても、行かなくてもどっちにしろ凶だ。


「入るぞ。」

 

 それだけ告げて中に入った瞬間”来るっ”と無意識に頭が唱えていた。しかしその時には俺の身体はすでに宙にあった。


「頭が高けぇんだよ、ボケェ‼」


 そんな怒声が遅れて聞こえてくる。ードォンー身体が勢いよく壁にぶち当たり大きな音をたてる。もう何回くらったかわからない。幸運にも俺は運動神経がよかったため5回目くらいで受け身を取ることができたが、最初のころは痛すぎて泣いた。


「毎日殴られて慣れてきちゃったか?」


 殴った張本人は嗜虐的な笑みを浮かべており完璧に悪役と言った所だ。こいつの名前は黒輝豪太、俺の兄。いや正確には兄だったものだ。


「そのへんにしておけ豪。近所に勘づかれるぞ。」


「はい。」


 まるで機械のような口調と動作で清次郎の横に戻る。


「まぁ座りたまえ。」


 そう言い清次郎が指を”パチン”と鳴らすと椅子がガラガラと勝手に転がってくる。”キィ”椅子が俺の前で止まり座るように促してくる。口の中で血の鉄臭い味がした。


「はいよ。」

ドカッと椅子に深く腰掛けると、清次郎は話し始めた。


「この前、私が死後の世界を発見したということは知ってるだろう。研究を進めるとその世界は死んだ場所の風土の由来するらしい。つまり死んだら親しい人と再び再会できるということなんだ。」


 そんな目に見えないものをどう研究しているのか半ば呆れるが父みたいな人なら研究することができるのかもしれない。


「その研究に俺は関係無いだろ。」


「違う!足りないんだよ!確証が無いんだよ!記憶は残るのか、どのような世界が形成されているのかされているのか、そしてなによりも死んだものを連れ帰ってくることはできるのか、わからないんだよ!」


 死んだものは帰ってこないそれが当然の理だ。と言おうと思ったが殴られるのは当たり前なのでその言葉は飲み込んだ。


 シーンとしらけた間があく。もう自室に戻る雰囲気になったので俺は席をたつ。そして去り際、俺の背中にこんな言葉が突き刺さった。


「ばいばい。」


 振り返ると彼はすでに仕事の続きを始めようとしていたが、振り向きざまに一瞬見えた彼の表情は穏やかな微笑だった。光を宿してなかった彼の双眸を除いて。

 ゾワリと鳥肌が立ち悪寒を感じる。俺は苦い味のする唾を飲み込んだ。あたりを照らしていた月は雲に隠れて見えなかった。


                   ※


『来ちゃだめ‼』

 女の声が聞こえる。

『大丈夫さこいつは殺らないよ。道具だからな。』


『鬼!悪魔!外道‼』

汚い言葉の連続。

『なんとでもほざくがいいさ。俺は目的のためだったら何でもする覚悟を持ってるからな。』

冷酷な声。ーザクッー。肉を貫く生々しい音が聞こえる。

『がぁ・・うぅぅ・・はぁ、はぁ。呪ってやるぅーーー!!!!!!!!!!!!』

耳をつんざく悲鳴。

『必要な犠牲だったんだ。俺の計画を完遂するために。』

ーガチャー

扉が閉まる音がする。

『ごめ・・ん・・ね。屈っし・・ない・・で、強く・・生き・・・・なさい。』

血濡れた手が、最後の力をふり絞り自分に手を伸ばす。最後の最後にその手が自分の震える足を握った。真紅の血が足にべったりとこべりついている。

 そして、そして、その手は・・・・、




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